2017年05月19日 (金) | Edit |
(注意)再録も有ります。過去いただいたコメントは未再録です。コメントありがとうございました。

◆公爵夫人の死

コンスタンシア・デ・カスティーリャ。
エドワード3世の三男であるランカスター公爵ジョン・オブ・ゴーントの妻(カスティリア王ペドロ1世の娘)。

彼女が夫に先立って死ななければ、ジョン・オブ・ゴーントが長年の愛人キャサリン・スウィンフォードと再婚することもなく、庶子たちを嫡出子に直すことはできなかった。

嫡出子に直された庶子たちの子孫の存在が、リチャード3世敗北の原因だった、と決めつけたりはしません。
彼・彼女らが嫡出子とされなくても、別の要因がリチャード3世を苦しめ、結局ボズワースでの敗戦に繋がったかもしれないのだから。

けれど、コンスタンシアが夫より長く生きていてくれていたら・・・と思わずにいられません。
女は男より寿命が長いというのに(※)。
コンスタンシアは夫より14歳も年若かったのに。
せめて、あと5年生きていてくれていたら・・・、と。

(※)女は男より寿命が長い
現代の日本の傾向です。
14世紀、イングランドにおける寿命の男女差については知りません。

◆アニヤ・セットン「緑は愛の色」


「緑は愛の色 ランカスター公爵夫人の書」
作者:アニヤ・セットン
訳者:佐藤勉


サブタイトル「キャサリンの愛と苦悩の物語」から見当がつくように、ジョン・オブ・ゴーントの愛人であったキャサリン・スウィンフォードの物語です。

最初に白状しておくと、事情があって完全に読んでいません。
青池保子さんの「アルカサル-王城-」では、スペイン国王ド・ンペドロの娘として、王女として、王冠を取り戻す為に力を尽くしたコンスタンシアがどう描かれているかチェックした程度です。

キャサリン・スウィンフォードの物語である以上、ジョン・オブ・ゴーントの正妻であるコンスタンシアは扱い良くないだろうと予想しておりました。その通りでした。

キャサリン・スウィンフォード → クレオパトラ
ジョン・オブ・ゴーント → カエサル兼アントニウス
コンスタンシア → カルプルニアさま並びにオクタウィアお姉さま

上記の通り置き換えていただければ、各人物の作中での扱われようは察しがつくかと。

歴史上、キャサリン・スウィンフォードは芳しくない人物と見なされていたらしく(ますますクレオパトラとの相似が)、そんな彼女の悪名を覆そうとの意欲は感じられました(この点では作者アニヤ・セットンにクレオパトラ作家との相似が)。

しかし、クレオパトラ作家と同様の手法には、またかいなとうんざりしました。
悪名高いヒロインのイメージを覆す為には、恋敵を徹底的に貶める手法をとらなければならないのでしょうか?

・・・と、憤ったところで気が付きました。
青池保子さんが「公爵夫人の記」で描いたキャサリン・スウィンフォードも、キャラデザ、性格ともに酷かったな、と。

顔は一応「美人」と呼ぶにやぶさかではないけれど70点級。
性格は性悪。
作中の本人のセリフでは「理想的な愛人を務めている」とされていましたが、ジョン・オブ・ゴーントの寵愛を笠に着て、正妻のコンスタンシアをないがしろにする、不愉快極まりない女でした。

こういったキャラに気が付かなかったのではありませんが、「ヒロインの恋敵を貶める」設定になっていることをしかと認識しておりませんでした。
青池さんにしては安っぽいキャラだとは思いましたが。
(ドン・ペドロのライバルであった、アラゴン王とかナヴァール王は、嫌な奴なりに味があって面白かったのに)

数々の名作を生み出したヴェテランにしてこの手法。
「ヒロインの恋敵を貶める」のは、お話作りにおいても、読者の理解を助けるためにも、てっとり早い手法のようです。

青池保子さんのことですから、ページ数があればもう少しキャサリン・スウィンフォードへのフォローも描いてくれたのではと、期待を込めて思います。「アルカサル」本編で、ドン・ペドロの寵愛を失い追放されたアルドンサが、出戻った尼僧院で、王に熱烈に求められ愛されたひと時を幸せの涙とともに振り返ったように。
しかし、「公爵夫人の記」におけるキャサリン・スウィンフォードは、コンスタンシアを見下して、嫌味たらたら傲慢にふるまうだけの役どころでした。
男女の仲は傍目からは測り難しとはいえ、なんでこんな嫌な女を愛人にしてるんだ!?と、ジョン・オブ・ゴーントの人間性にも疑問が湧くぐらいの。

ということで、「緑は愛の色」を読んだおかげで、「公爵夫人の記」に別の視点で感想を抱くことができたという次第でございました。

◆沈黙のエレノア・バトラー

ソールズベリー初代伯爵ジョン・タルボットの娘、エレノア。
「時の娘」(ジョセフィン・ティ)の読者にとっては重要な人物です。
なお、「時の娘」では初婚相手の姓を用いて、エレノア・バトラーと表記されています。

王妃エリザベス・ウッドヴィルとの結婚前、エドワード4世はエレノア・バトラーと結婚していた。
よって、エリザベス・ウッドヴィルとの結婚は重婚の為、無効となり、二人の間に生まれた子供たちも私生児となる。
したがって、王弟グロースター公リチャードの登極にはなんらの横紙破りはない。



以上、わたしが理解した「時の娘」の主張です。

ところが、「時の娘」は夫の死後、いきなり婚姻を無効とされたエリザベス・ウッドヴィルの心情を忖度しないのと同様に、キーパーソンと言えるエレノア・バトラーの内面にも踏み込みません(元々、「行動」を追えという探究方針なのでしかたありませんが)。

しかし、数少ない言及から推測すると、エリザベス・ウッドヴィルとエドワード4世の結婚が公になった時にはエレノア夫人は存命でした。なにゆえ、沈黙を守ったのでしょうか?

臭いものに蓋をすれば臭気が籠り、最悪の臭さになっていきます。
エリザベス・ウッドヴィルとの結婚が公になった時点で、彼女が異議を申し立てておけば、せめて自分との結婚を明らかにしていれば、エドワード4世の死後、リチャードの敗死、プランタジネット王朝の滅亡に至らなかったのでは、と思うと沈黙がはがゆくてなりません。

ええ、もちろん、桶屋が儲かる原因を風に求める無茶な言いがかりだとは自覚しています。

以下、英語Wikiを元にした簡単な説明です。

参考:Wiki「Lady Eleanor Talbot」他、日本語Wiki。

1461年 エドワード4世即位
1464年 国王エドワード4世、エリザベス・ウッドヴィルと秘密結婚
1466年 長女エリザベス・オブ・ヨーク誕生
1468年 エレノア・バトラー死去
1470年 エドワード4世長男エドワード誕生
1473年 エドワード4世次男リチャード誕生
1483年 エドワード4世死去

少なくとも、エレノア夫人は、エドワード王の結婚と長女の誕生は知っていたはず。
なのになぜ沈黙していたのか。

同じく英語版Wikiによれば、

エレノア嬢は1450年頃にサドレイ卿ラルフ・バトラーの息子、トーマス・バトラーと結婚。
夫トーマスが1461年3月以前に逝去した時、結婚時に譲ってもらった二つの荘園のうちの一つを舅がエレノアから奪っていった。
舅サドレイ卿ラルフ・バトラーには、権利の譲渡の為の許可がないにも関わらず。

時、まさに即位したばかりのエドワードは、両所有地を占拠していた。

エレノア夫人が彼女の所有地の返還を求めに行ったとき、エドワードはそちと寝たいと申し出た。
エレノア夫人が拒否すると、彼女と結婚しようと約束した。



・・・?
・・・??

ちょっと待て。

あの、この記述を信用するとすれば、これって、エリザベス・ウッドヴィルの時と同じパターンじゃありませんか?

結局、わたしが知りたいこと、

王と結婚しながら、なにゆえ修道院に入ったのか?
エレノア夫人はなにゆえ沈黙していたのか?

これらは何ひとつわかりませんでした。

想像するに、「空気を読んだ」ってことでしょうか。
いまさらのこのこ異議を唱えても誰得であるから自分さえ黙っておけばと。
あるいは、俗世のことに興味を失っていた。
はたまた、図々しく重婚してのけるエドワードなど、異議をたてる熱意もないほど軽蔑していた。等々。

ところでエドワード4世は美男だったそうですが、王の権力以外で女にもてる要素はあったのでしょうか?
前述のエピソードを信用するとして、エレノア夫人といい、エリザベス・ウッドヴィルといい、弱味につけこんで女と寝ようとするなんて、とうてい、魅力ある男とは言い難いです。
しかも拒絶されたら「結婚」ときたもんだ。

エドワードお兄ちゃんては、王様なのに、肉体関係を拒めば結婚してくれるんだよ!
ちょろいね!!

でも、下半身で結婚を決めてるから、頭が回らず、重婚はイケナイってことをスルーしちゃうんだよ!
困った人だね!!


しかるにリウィアは初代皇帝アウグストゥスにふさわしい、偉大なる貴婦人であった。

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2016年11月17日 (木) | Edit |
旧エントリ「ジョン!ジョーン!!ジョーーン!!!ジョーーーン!!!!」にヨーク公リチャード・プランタジネット(リチャード3世のお父さん)の件を追記しました。


◆ランカスター公ジョン・オブ・ゴーント、あるいは、「ジョン!ジョーン!!ジョーーン!!!ジョーーーン!!!!」

かっこ内の叫びはサブタイトルの一部でもあり、わたしが想像するジョン・オブ・ゴーント殿の心中でもありますw

今回のエントリの元ネタは、英語版wikiさん「John of Gaunt, 1st Duke of Lancaster」内の「7.3 childern」です。
「John」が繰り返し命名されてます。

2014年10月31日 (金) | Edit |
手元に届いたのはいいけれど、なかなか読む気にならなかった、「白薔薇の女王」。

なぜなら、わたしは「時の娘」系リチャード三世贔屓の人間だから。

この小説の主人公は誰あろう、リチャード三世を追い落とし、王位を簒奪したヘンリー・チューダーと結託したウッドヴィル一族をつけあがらせた大元、エドワード四世王妃エリザベス・ウッドヴィルなのです。

2014年10月03日 (金) | Edit |

15世紀のイギリスでは、「妻が幼い場合たとえ結婚しても、14歳になるまでは待つのが当時の習慣であった」一方、「結婚を完成させてめでたく子が生まれれば、その子の命がどんなに短くとも、子の父親は妻の財産を生涯自由に使い享受する権利を得」ることができた。(石井美樹子著「イギリス・ルネサンスの女性たち」

2014年05月27日 (火) | Edit |
「時の娘」系リチャード三世贔屓のわたしが、イギリス関連の一般向け歴史本を読む時、ついチェックしてしまうのが、「リチャード三世についていかなる説を採用しているか」

目安として○、△、×の「リチャード・ポイント」なるものを用いております。
分類の基準はおおざっぱに次の通りです。

○…リチャード三世見直し論(甥殺し等数々の悪行はヘンリー・チューダーらによるプロバガンダである等)の記述と共に、「甥殺しに非ず」の立場をとっている。

△…リチャード三世見直し論を記載しているが、甥殺しを否定していない。

×…チューダー史観そのまんまの「甥殺しの簒奪者」として記述している。


2014年01月25日 (土) | Edit |
前提として、わたしの愛読書のひとつはジョセフィン・ティ「時の娘」であり、したがって、「定説」に反して、リチャード三世の甥殺しを否定する立場に賛同しています。
真犯人については、「時の娘」はヘンリー七世を指していますが、わたしは、ヘンリー七世のみならず、母マーガレット・ボーフォートの関与を疑っています。

以下の人物語りは、一般向け歴史本やらネットやらWikiさんやらから仕入れた情報から仕上がった自分のイメージ語りでもあります。
史実語りでもなければ、人物像の検証でもありません。
それらをお含みおき下さい。

◆エリザベス・オブ・ヨーク
エドワード四世の長女にして、ヘンリー七世妃。行方不明となり、殺されたと伝わる「ロンドン塔の二王子」の姉。

1902年01月21日 (火) | Edit |


英国の薔薇戦争の昔、王位を奪うためいたいけな王子を殺害した極悪非道の王、リチャード三世。(中略)彼は本当に伝説とおりの悪の権化だったのか?(中略)純粋に文献のみから歴史の真相を推理する。安楽椅子探偵ならぬベッド探偵登場!探偵小説史に燦然と輝く歴史ミステリの不朽の名作 「時の娘」裏表紙の紹介文より)



読めばリチャード三世のファンになる(笑)。
そんなミステリです。「時の娘」は。
御多分にもれず、わたしも見事洗脳され、もとい、感銘を受け、リチャード三世贔屓になりました。

肝心のリチャード登極の正当性がいまひとつ理解できなかったにも関わらず…。

1902年01月17日 (金) | Edit |
2012年8月、グレイフライヤーズ修道院跡の駐車場(イングランド、レスターシャー州)から発掘された骨が、イギリスのレスター大学の研究チームによって、リチャード3世の遺骨であることがDNA鑑定で確定されたと発表されました。

日本にリチャード三世ブーム到来!は、無理としても、本国イングランドで、リカーディアン(リチャード三世擁護論者)の活動が盛り上がり、リカーディアン小説がベストセラーになる、同じくドラマ化されて大人気となれば、日本に入ってくる可能性がぐんと高まります。
本国のリカーディアンのがんばりに期待します。

1902年01月05日 (日) | Edit |
【過去固定エントリ】
分割エントリをひとつにまとめています。




●エリザベス・ウッドヴィル(その1)

嫌いになる要素が多いのに、嫌いと言い切れず、かといって、好意をもてる要素があるのに、あまり好意を持てず、わたしはエリザベス・ウッドヴィルへの感情をもてあましています。