2014年11月21日 (金) | Edit |

運命とあらば、これに従わねばならぬ。予のことは、お前たちに一任する。予を殺してローマ人に償いをするなり、生きたまま引き渡すなり、どちらでも好きなようにするがよい。
(国原吉之助訳「ガリア戦記」 7-89)



ハンニバルは生害を遂げた。
クレオパトラは自ら死んだ。
ボゥディッカは自害した(※1)。

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2014年11月17日 (月) | Edit |
「リウィアがアウグストゥスを毒殺した」との破廉恥な風聞がたったのはなぜか?
「アウグストゥスがアグリッパ・ポストゥムスを追放先から呼び戻して支配権を与える様子を見せたから、そうなる前にアウグストゥスを殺したのだ」と動機づけられています。

このこじつけに理があるとして、一人忘れちゃいませんか?
アグリッパ・ポストゥムスの帰還で不利益を被る人間を。

ゲルマニクスです。

2014年11月12日 (水) | Edit |

ローマ史では、皇帝の妻とはいえ、烈女や悪女として扱われる場合が多いという状況において、皇帝の妻の役割を方向付けたのは、元首政を方向付けたのがアウグストゥスであったように、彼の妻リウィアであったろう。
(広瀬三矢子「初代ローマ皇帝アウグストゥスの妻リウィアの研究」より引用)



さすがリウィアさま。
貞節と分別と叡知と夫への忠誠に彩られた一生でもって、後世に「皇帝の妻」の範を垂れました。

そんなリウィアさまに続いた「皇帝の妻」たちは…。
(いずれも皇帝就任時以降の配偶者のみ)

2014年11月08日 (土) | Edit |


Part1  Antony in the East(41B.C. to 40B.C.)

今回は、リウィアの悲惨な結婚生活を紹介します。