2017年01月26日 (木) | Edit |
少々扇情的なタイトルですが、元々は、とある小説の一場面だけを話題にするつもりでした。
けれど、その小説の題名を思い出せないので、思い出せないことを正直に書いて、場面だけをネタにしようと方針を決めたら、次々といろいろ話題が浮かび、浮かぶままに書いていったらこんなエントリが出来上がりました。

なお、不穏当な「種無し」との表現を用いている理由は終盤に記載しています。

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2017年01月17日 (火) | Edit |
1月17日が、二人の結婚記念日と推定されている根拠は、どっかの碑文らしいです。
あいまいな言い方ですみませんが、参考書籍が英文で、注釈に略語ばかりで記述されてて、わたしの英語力では解読不能なもので、あしからず。

閑話休題。

小説は作品全体にその作家の価値観が投影されるため、共感できればいいが、少しでも違和感があると読むに耐えない。小説家が加工した歴史より、歯を食いしばっても学者が調べた事実を読むほうが有益だ、とは、青池保子さん(「『エロイカより愛を込めて』の作り方」)の言です。

2017年01月09日 (月) | Edit |
一部再録有り。

◆韋后と中宗(その1)

二人の囚人が鉄格子の窓から外を眺めたとさ。
一人は泥を見た。一人は星を見た。
(フレデリック・ラングブリッジ「不滅の詩」)(※1)
(※1)「ジョジョの奇妙な冒険」新書判コミックス1巻からの引用



韋皇后
韋皇后(いこうごう、? - 唐隆元年6月20日(710年7月21日))は、唐の中宗の皇后。韋玄貞の娘。京兆万年(現在の陝西省西安)出身。しばしば韋后と呼ばれる。

神龍元年(705年)、武則天より譲位されて中宗が復位すると、武三思らと結託し、従兄の韋温とともに朝政を掌握した。景雲4年(710年)には自らの即位を意図し、娘の安楽公主とともに中宗を毒殺、温王李重茂(殤帝)を皇帝に擁立した。しかし間もなく李隆基(玄宗)が政変を起こし、その父である相王李旦(睿宗)が復位した。韋后は殺害され、その身分も庶人に落とされた。Wiki「韋皇后 (唐中宗)」



俗に言う「韋后の禍」(※2)を惹起した人物であり、「三面記事的悪女」といった役どころです。
失態続きの夫を見限った挙句、色と権力に溺れ、邪魔になった夫を殺しました。