ここはローマ帝国初代皇帝アウグストゥスの妻リウィアのファン・ブログですが、だいたい、まんが感想で成り立っています。
2017年10月18日 (水) | 編集 |
前回は、既刊21冊から感想をピックアップしました。
今回は、22巻から24巻までの分をいくつか追加しています。




MYSTERY sara(ミステリーサラ) 2017年11月号

10周年記念号ってことで、人気シリーズの新作漫画掲載他、特集記事が組まれています。
◆はざまもり「獣医師の事件簿」シリーズ
→現・主人公、森下星也のファミリー・ヒストリー。
◆西尚美「あかりとシロの心霊夜話」シリーズ
→あかりの勤務先「老舗ミステリィ誌『小説 奇談』の謎に迫る!」
「奇談」編集部の人たち、および、執筆している作家たちの紹介。
◆大政喜美子「コンシェルジュ江口鉄平の事件簿」シリーズ
→作者さんが選ぶ「お気に入りのキャラ選手権!!」
メインキャラ部門とゲストキャラ部門に分れています。
◆黒川晋「黒猫貸します」シリーズ
→作者さんへのインタビュー。
◆小池田マヤ「いもうとは秋田犬」
→保護犬・南ちゃんが、小池田先生の「うちの子」になるまで。

「ミステリーサラ」を発行している青泉社は、他に、「ミステリーブラン」、増刊のスペシャルやコレクション、LGAコミックスを出版しています。
LGAコミックスのKindle版は、ほぼKindle Unlimited(読み放題)対象となっています。

外部リンク:【青泉社Kindleコミックス】

先に紹介した人気シリーズのうち、「黒猫貸します」は紙本、Kindleともに、まだコミックス化されていません。
また、「いもうとは秋田犬」シリーズは、現時点では紙本のみです。

 



「小説奇談」の編集者あかりの飼い猫シロは霊感猫。
今日もシロとあかりの元には、さまよう霊が関わってきて・・・。



◆読んでよかったと思えた作品です。

「囚われ人の物語」(20巻)で西王子さんの妹さんが、兄の作品について、
「いつものようにちょっぴり怖くて不思議なお話。でも最後にはあったかい気持ちになるから、お兄ちゃんの作る話は大スキ」
と、語ってました。わたしは本作に同じ感想を抱いています。

いや、「あったかい」とはちょっと違うな。
読後感が良くて、かつ、ストンと収まるところに収まっているような、毎話の安定感のある終わり方が好きです。

ホラーまんがなので、悪霊や、悲しい事情を背負った幽霊が多いにも関わらず、読後感の良い話が多いです。
「懲悪」の原則は外さないしね。

しかし、「懲悪」かつ読後感よろしい幽霊ものは他にもあります。
なのに、なぜ「あかりとシロ」は、自分にとって、手元に残したい作品となったのか?

わたしが本作で好きなとこ、その1.

幽霊ものなのに湿っぽい印象を受けないとこ。

少女まんが風の華もある反面、わりと写実的な絵柄のためかと思ってます。
「無機質な明るさ」のある絵柄です。
明るいといっても、「明朗」ではなくて、あくまでも「無機質な」感じ。
誰もいない早朝のオフィスで灯りをつけた時のような絵柄です(←この譬えで「無機質な明るさ」が伝わるでしょうか?)。

ベタなし頭のキャラに、こまめに髪の毛線を描きこんでおられることに気づいた時は、ちょっとびっくりしました。
ベタなし頭は、文字通り、ベタなしで、通常は頭部を輪郭線でくくって、ささっと髪の毛の線を描いてすませる、作業量の少ない箇所なのに、わざわざ描きこんでおられます。しかも主人公(あかり)だけでなく、脇キャラであっても。
だから、写実性が増しているのかなと思いました。

主役の一人である霊感猫シロもまんがっぽさは皆無でリアルです。
姿形だけでなく、人との関わりにおいても。
超常的な「霊感猫」の設定ですが、人語でしゃべったり、モノローグで言葉を発したりはなく、ずっと猫としてナーオ、ニャーオと鳴くのみです。
そのリアリティが好き。

わたしが本作で好きなとこ、その2.

幽霊も、生きてる人間も、身内、他人に関わらず、他者を労り思いやる気持ちを持ってる人が多いとこ。

たとえば、小説家、関原梢さんはわがまま不倫体質でありましたが、踏切で悪霊に足止めされた時、一緒にいたあかりを巻き込むまいとしました。「行って、あなただけでも」。(10巻「暗黒の警鐘」)

赤の他人である殺人事件被害者の為に、囮になろうとした杉野さん(15巻「怨嗟の鎖」)など、こういう人たちが多くて好きです。

生きている人間たちのみならず、幽霊たちもいい人が多いんだよなあ。
山岸凉子作品(「わたしの人形はよい人形」「千引きの石」等)では、人間としての感情を失い、暗黒の穴のように、怨みの念だけで、生者に害する存在だってのに、本シリーズの幽霊はいい人が多いです。
自分たちは、理不尽に殺されたのに、これ以上犠牲者を出してはいけないからと、生者に警告に現れてくれたりします。

ロ××ン野郎に殺された女の子が、次のターゲットとして狙われた少女に警告しに現れるお話もありました(3巻「紅い雪」)。
ひき逃げされた女の子の霊が、加害者の車に同乗していた女性が罪の意識に苦しんでいるのを知って、助けようとするお話も(7巻「邪な風」)。
いい人すぎるよ、あなたたち・・・。
殺されたのに。
無念だったろうに。
苦しかったろうに。
他人も不幸になればいいと逆恨みすることないなんて。

そこが何とも、もの悲しくもあります。

わたしが本作で好きなとこ、その3.

「継母継子」、「嫁姑」、「女同士」等、通常「いがみあう仲」とされてる関係を仲良い形で描いた作品が多いとこ。

最後の「女同士」はくくりが大きすぎますが、男性や、時に女性からの、「女の敵は女」との決めつけが幅を利かせていることを考えると、女同士の誠実な関わりようを描いてくれてることが嬉しいです。
(某まんがの試し読みを見たら、目次に「女の敵は女」とあって、一気に読む気が失せました。作者は女性でしたが、さすがおっさん雑誌に掲載してるだけのことはある。けっ。)
(わたしは「女の敵は女」とは思わんけど、個人々々では、女の敵となってる女もいると思う。特に、「女の敵は女」と口にして同意を求めてくる女は要注意。「女の敵は女」と口にする男は言うまでもなく。)

たとえば、7巻「魔性の雪」
本話に登場する幽霊は、夫に虐待されて死んだ奥さんですが、夫への恨みの為だけなく、再婚相手に警告する為に現れました。
「この男と結婚してはいけない」と。

いい人だ・・・。
自分は夫に虐待されて死んだのに、赤の他人の為に忠告してくれるなんて。

たとえば、10巻「紅蓮の呪詛」。大好きな一作です。
後藤家に後妻に入った千春さんは、夫の後藤氏とは元々不倫の関係でした。
前妻が火事で死んだ後に求婚され、彼女の恨みの念を怖れ、一度は断ろうとしましたが、残された幼い息子の姿に罪悪感を抱き、この子を愛し育てることで償おうと決意して結婚しました。
8年が経過し、夫は再び浮気をはじめ、姑はいつも嫌味ばかり。
中学生になり、よそよそしさを増した継子の態度に苦慮していた千春は、最近の連続放火は継子の仕業ではないかと不安を抱きます。
いろいろあって、継子は放火とは無関係であり、千春が実母のように失火を起こさないよう案じていたことがわかります。
そして、息子は、事情を斟酌せず、一方的に千春を責める父親と祖母を批難し、千春に告げます。

お継母さん、死なないで。ママのようにならないで、ぼく中学を出たら働くから、二人で家を出よう。
文句ばかり言うおばあちゃんや、浮気ばかりするお父さんなんか捨てちゃおう。



ともすれば「継子いじめ」の色眼鏡でお話にされがちな継母と継子、血のつながりのないその二人こそが、互いを大切に想いあっていたと描かれたとこが好きです。

そして、怨みを残して死んだとばかりに思われていた前妻が、死後、夢のなかで息子に、「八つ当たりして殴ってごめんね。今度のおかあさんは優しい人だから、かわいがってもらうのよ」と言い残していたとこも好きです。

わたしが本作で好きなとこ、その4.

うまく表現できないのですが、保守的な価値観を落としどころにしていないとこです。
「保守的な価値観」なんて、我ながら、読み手に通じるか心もとない単語なんですが、どう表現していいのかわからなくて。

なんと言ったらよいのか。
「女はバカのままが愛される。愛されて若いうちに結婚するのが幸せ。子どもを二人以上産むべき。育児に専念すべき。フルタイムで働いて家計を補助すべき。夫の親の介護をすべき。etc.」
こんなウルトラ保守な価値観を提示されたら、馬鹿にすんな!と憤る女性が殆どだと思いますが、もっとソフトな保守的価値感であればどうでしょう。

「女性は結婚した方がいいわよ~」
「まあまあ、旦那さんを立ててあげなさいよ」
「女なんだからね、いつもニコニコしていないと」
「同じお茶でもやはり女性が入れた方が美味しいものだ」
「女性のやわらかい力、女性ならではの感性を生かそう!」etc.

こういう価値観を提示された場合、抗える女性は少ないのではないでしょうか。
一見正しそうで、かつ、現時点での世の中の動向に合ってる為、こうした方が生き易いのも事実ですから。

TLに流れてくるとある漫画(特定されないよう詳細は語りません)、好評なのですが、わたしは気色悪く感じていました。
毎話、「人情あふれるいい話」として締めくくられているのですが、先に述べた、微妙に保守的な価値観がちらりちらりと顔をのぞかせていて、ものすごく心地悪い作品です。

「あかりとシロ」も、「懲悪」を盛り込み、不幸な幽霊も救われる道を作り、「いい話」として受け入れることのできる作りですが、そういった、微妙に保守的な価値観を垣間見ることはないので、わたしは好きなのだと思います。

たとえば、先に述べた7巻「魔性の雪」
前妻の幽霊のおかげで夫となる男性の本性を知った婚約者は、「条件だけで結婚を決めた」自分の甘さを省みています。主人公あかりのナレーションで、その後の彼女が元気に一人暮らしを続けていることが述べられ、結婚に逃げようとしていた女性が、一歩成長した様子がうかがえます。こんなところが好きです。

同じく先述の10巻「紅蓮の呪詛」
父にとっては息子、祖母にとっては孫からの批難がこたえて、浮気夫と嫌味姑が改心しました、家族仲良く暮らしていきます、めでたしめでたしではなく、継母さんが継子と二人で生きていく為に、離婚も視野にいれて資格取得に励んでいますとの結末が好きです。

わたしが本作で好きなとこ、その5.

作者さんが猫好きなので、猫好きのキャラが多いです。
そして、猫を飼うルートとして言及されているのが、「里親」ばかりである点です。

ただ気になるのが、ところどこであった、エサやりの件。
猫ボラさんが「ノラ猫を地域猫に!」活動をしている描写があったので(9巻「奈落の牙」)、無責任な餌やりを奨励されているとは思わないんですが、気になりますな。

◆そのほか、わたしが好きなお話をいくつかピックアップして紹介します。
全話採りあげたいところですが、しんどいので泣く泣く絞りました。
そして、取捨選択の過程で認識したのですが、どのお話も密度が濃いです。
ちょっとしたセリフがちゃんと伏線乃至は展開を促す役目をはたしていたり、Aの出来事がBの出来事とも意味が重なっていたり。

2巻「業火の宿」

「オレはあれからずっと待っていた。あんたと一緒になれるのを。あんたに取り憑かれて死ぬのを待っていた。
やっとやっと願いが叶う。
オレを一緒に地獄に連れていってくれ」



シリーズ中、一番熱烈な恋愛を見せてくれたお話、だと思います。
だまし(男)だまされた(女)中高年の、推定二十年以上に渡る恋です。

本筋は二人の恋愛ではないのですが、男の情熱的なセリフもあって、強く印象に残ったので。

3巻「骸の家」
父の連れ子と再婚相手の母と言う、「継母継子」もの。
仲の良かった継母(はは)と娘であったが、娘がははの反対を押し切って結婚した頃から、徐々に齟齬が生じていた。
そこを悪霊につけこまれそうになったが、かつての「ともだち」が身を挺して助けてくれた。
その「ともだち」は、貧しかった頃、ははが娘の為に作ったお人形であった・・・。

ごめんなさい。筆力不足で、全然、このお話の良さが伝わってない。読後感の良い、気持ちのいいお話なんです。

このお話、実の母と娘でも成り立つと思うのですが、継母継子の間柄に設定なさった点が興味深いです。

3巻「憑かれた女」
「嫁姑」もの。ですが、世がイメージする「いびり、いびられの仲」ではなく、姑が嫁をかばい、守ろうとしたお話です。

お嫁さんが、蛇に取り憑かれたふりをしている様子、シリアスな場面なのですが、演技と思うと可笑しいなー(笑)。

5巻「鬼女屋敷」
一種の「継母継子」もの。
鬼女屋敷。そう呼ばれるきっかけとなった悲しい事件があった。
落ちぶれた男爵家の娘、志乃は、地方の資産家の後妻に入った。
婚家は志乃に、先妻の残した赤ん坊を指し出し、尊大に言い渡した。
「あなたを後妻にもらうのはこの子の為です。(中略)この子を我が家の跡継ぎにふさわしいように、しっかりと育ててくれると思ったからですよ」

小さくてかわいい赤ん坊を、志乃は愛し慈しんだが、優しく育つ息子に不満な夫と姑は、息子を叱責し、志乃の育て方が悪いのだと責め立てた。
息子の為に、志乃は心を鬼にして、勉強と武道を習得させようとしたが、ある日、剣道をさぼったために物置に閉じ込められた息子は、逃げ出そうとして荷物の下敷きとなって死んでしまった。

夫からも姑からも世間からも責められた志乃の魂は、この屋敷にとどまり、いつしか、ここは「鬼女屋敷」と呼ばれるようになった。

そして、今、そこに、実母とそのヒモに虐待されている男の子が迷い込んできて・・・。

6巻「晩秋のレクイエム」
これも大大大好きな一作。一種の「継母継子」もの。
あらすじを書くのがめんどいので、準レギュラーの小説家・草馬怜司(男)が二人に向けたセリフで、このお話の良さが伝わればと思います。

もったいないと思いませんか。実の親娘のように、いたわりあえる相手がいるのに、くだらない男への未練や憎しみの為に罪を犯し、一生を棒に振るのは。



8巻「あの子が消えた夜」
ワンコが出てくるのですよ、ワンコ、ワンコ。

9巻「殺意の残像」
これは「実の母子」もの。
子どもを蔑ろにしていた、拝金主義の母親が、我が子への愛に目覚めて・・・と言う、あまり好きじゃない展開なんですが、もっていきかたが実に上手かったです。

10巻「冥界からの叫び」
あかりとシロでトリを取らない結末が珍しさもあって面白かったです。
暴君亭主に虐げられていた、家政婦あがりの後妻さんもいい味出していました。
旦那の資産を売っぱらってお金を手にしたのに、自分の今後の「ささやかな生活費」以外は全て寄付してきました~なんですから。
それを慈愛の表情ではなく、曲者といった笑顔でやってのけてくれてるんです。そこがいい(笑)。

11巻「残月の如く」
作者さんが「とても気に入ってる作品」とのこと。わたしも好きです。姉妹愛が主題となったいいお話です。

12巻「知らずの夢」
いつもとは趣向の違う、準レギュラー、草馬怜司のロマンスものです。とはいえ、ちゃんと霊は出てきます。
しかし、本筋は脇において、わたしが本作を好き理由は、登場人物の一人である姑さんの次のセリフゆえです。

「私も息子も千咲がいてくれるだけでいいと思っていたけど、子どもが出来たのはやっぱり嬉しいね」



セリフで察せられると思いますが、「子どもの出来ない夫婦でしたが、赤ちゃんが出来ました~」展開です。
わたしはこの展開は嫌いなんですが、本作はいいなと思いました。

姑さんが、ちゃんと「私も息子も千咲がいてくれるだけでいいと思っていた」と明言しているので。
つまり、「子どもがいれば嬉しい。でも、それは子どもがいなければ不幸であることを意味しない。子どもがいてもいなくても、夫婦ふたりで(さらに姑も加えて)幸せだ」と、ちゃんと示してくれているからです。

「赤ちゃんが出来ました~」エンドでしたが、「仮に子どもが出来なくっても、この人たちは幸せな家族として暮らしていけただろうな」と思わせてくれたところが好きです。
つまりは、「子どもが出来た」エンドであっても、「子どもが出来ることだけが幸福ではない」と示しているように思うのです。

13巻「忘却の地」
取材旅行の帰路、あかり、小説家・関原梢、同僚・東条くんの一行は、僻地の野渡村に迷い込む。そこは、限界集落(住民の高齢化によりやがて無人となることが予想される村々)で・・・。

村が忘れ去られることを受け入れられない死者たちが、あかりたちを襲おうとするお話で、いろいろ良いエピもあるのですが、それは脇に置いて、気になる猫の件について書きます。

野渡村最後の一人、山崎のおばあちゃんのもてなしを受けたあかりたちは、お礼がしたいと申し出ます。
おばあちゃんの望みは、野渡村の名を記憶にとどめて欲しいことと、そして、高齢出産がたたって死んだ猫(タマ)の仔猫たちのもらい手を探してもらうことでした。

ん?高齢出産がたたって・・・?

おばあちゃん、タマが高齢になるまで不妊手術を受けさせなかったんですかい!

まあ、おばあちゃんの世代なら、飼い猫であっても、不妊手術をする考え自体なかったんだろうなあ。
それに、野渡村に獣医さんがいた様子はないし、国道まで自転車で40分、そこからさらに時間をかけて獣医の元へと想像すれば、こんな手間暇かけてのしなければならない不妊手術なんてまーーーったく頭に浮かばなかったんだろうと推測します。

不妊手術を施していないことへの追及はこれくらいにしておいて、タマについてさらに湧き上がる疑問。

高齢出産がたたってなくなったタマのために、忘れ形見の仔猫たちのもらい手を探して欲しいと山崎のおばあちゃんは言いました。

ん?仔猫のたちの父猫は?

女一人で孕むことがないのは、猫だって同じ。
仔猫たちの父猫はどうしたんですか。
先だって死んだのか。それとも、おばあちゃんも把握してない野良猫なのか。
とはいえ、おばあちゃん一人しか住んでないこの村に、他の野良猫が生息できるのか(人間が少ない所、すなわち餌の供給に乏しい所では野良猫は生きにくいと思います)。

仮説その1.
タマが近親繁殖していた。
不妊手術されてないし、猫に近親繁殖はいけないとの倫理はないのですから、発情期がきたら親子兄弟でもオスメスであれば交尾します。

まだ村民も多く、放し飼い猫が他にもいた頃産んだ子や孫らと交わり、細々と繁殖を繰り返していたとしたら?

なお、近親繁殖で生まれた仔猫にはハンディキャップが現れやすいと聞きます。虚弱体質であったりもするそうです。
おばあちゃんの世代であれば、不妊手術をしないことと同様、「不要な仔猫を殺す」こともしていたかもしれません。

仮説その2.
タマはオスの捨て猫と交わった。
僻村なので、飼い主が、野渡村に直接捨て猫しにくる可能性は低いと思います。
しかし、国道に捨てていく人はいるかもしれません。

オス猫を飼ったものの、去勢手術もしないでほったらかした飼い主は、発情期のスプレイ行為に癇癪を起こし、オス猫が帰って来ることがないように車で遠出し、車窓からぽいと投げ捨てた。
そこは、野渡村に至る国道沿いであった。

快適な家猫生活から一転、屋外に放り出されたオス猫は、餓えに苛まれ、餌を求めて野道を進み、野渡村にたどりつき、発情期中のタマに出会い、最後の力で交尾をして息絶えた・・・。

14巻「憎悪の輪禍」
バツイチのシングマルマザー、フリーライター赤崎さん初登場。
しょっぱなはイヤーな人と思いました。
なんせあかりに向けて、
「ねえねえ、子供はまだなの?」
「子供はいいわよ。私みたいに離婚する結果になっても、子供は作っておくべきよ」

あかりは7巻で結婚しましたが、周囲の人たちが「お子さんは?」とか「子どもはまだ?」とか「ぐずぐずしないで早く作らなきゃ」とか、世間でよくある「大きなお世話」な声掛けをしないとこが読んでて快かったのに。

しかしながら、これまた密度の濃い佳品でした。

事件の被害者なのに、世間によってより傷つけられる例が多々あります(特に女性の場合は)。
(巻末、作者さんのコメントより引用)



この理不尽さへの憤りが作品に生かされています。

9年前、18歳フリーターの少女が行方不明となった事件がありました。
その事件をスキャンダラスな記事に仕立てて書いたのが赤崎さんでした。
離婚したばかりで幼い娘を抱えていた赤崎さんは、どうしても仕事が欲しく、編集長の意向通りの記事に仕立てたのです。

そして、その記事によって傷ついた少女の弟に抗議を受け、自分のしたことを恥じた彼女は、いつかこの事件をキチンと調べようと決意していました。

いろいろあって、少女の事件が解決(殺人であった)し、謝罪に訪れた赤崎さんに弟は告げます。

うちも母子家庭で母の苦労を見てきたから、女手ひとつで子どもを育てていたあなたの立場もわかるような気がした。
あなたを許す事でぼくは楽になり力も湧いた。姉の事件の真実を自分でつきとめてみようと決心した、と。

この事件解決と並行して、赤崎さんの娘さんが、部活仲間に逆恨みされて、大けがを負う事態になっていました。加害者を許さないと怒る娘に、少女の弟から許された赤崎さんは彼から聞かされた言葉を告げます。

「恨んだり憎んだりするのは、人として仕方ないことだけど、いつまでも何もかも人のせいにして大切な人生を無駄にしていいの?」
さらに
「ケガをさせたその子たちを嫌うのは仕方ないとしても、理解しようとする気持ちは残しておいてね」

ありふれた諭しだけど、こうもってくる展開がお上手なんです。

わたしは、「憎むのは仕方ないけれど、理解しようとする気持ちは残せ」との言は、殺された少女にも向けられたものかもしれないと思いました。
どんな理由があっても殺人は許されるものではないのですが、本話では、少し、ほんの少し、殺人犯に同情しました。
殺された少女を責める気持ちはありませんが、口は災いの元だってば。
ひょっとして、少女も、殺された恨みは恨みとして、「いつまでも何もかも加害者のせいにしてはいけない」と思ってたのだろうか。いや、こう想像するのは、やはり殺された少女に失礼だな。

15巻「病みの夜の夢」
DV飼い主の元から救い出された犬が幸福になったお話。

早雪は浮気者の夫から言葉によるDVを受けていました。
辛く苦しい毎日であったが、両親を亡くし、頼る者もなく生活する術ももたないからとじっと耐えていました。
そんな早雪の慰めは、近所で飼われている犬のタロウでした。
タロウが幸福な飼い犬だったからではありません。
散歩もなく、ずっと繋がれっぱなし、ご飯もろくに与えられず、飼い主から殴られることもあった不幸な姿が自分と重なったからです。

ある日、飼い主が珍しくタロウを連れて歩いていました。散歩ですか?と聞いた早雪に、飼い主は答えました。
「保健所に連れて行くんだよ、マンションに引っ越すので、もう番犬はいらないから」
早雪は、自分でも思いがけない言葉を口にしました。
「わたしが飼います」。

それをきっかけに、早雪は勇気を出して踏み出すことを決意し、離婚しました。

離婚した夫が逆恨みして、早雪に危害を加えようとし、彼女を守ろうとしたタロウが瀕死の重傷を負い、そんな状況にあっても、早雪とタロウが自分の命よりも相手を助けよう、助けたいと願っていたところが好きです。

ちょうどこの頃、友人が保護犬(殺処分されそうになっていたのをボランティア団体に保護された)の成犬を引き取り、そういう犬猫達の話を聞いたもので・・・。
(巻末、作者さんのコメントより引用)



ここでおっしゃっている、友人と保護犬って、たぶん、こちらのこと↓。

成毛厚子「ずっと犬が飼いたかった」

これも良い本です。

関連エントリ:
【片野ゆか「保健所犬の飼い主になる前に知っておきたいこと」、成毛厚子「ずっと犬が飼いたかった」、小池田マヤ「いもうとは秋田犬」他】
(お蔵に戻している為リンク切れ。)
(エントリ再掲載時に、リンクをつなぎます。)


17巻「謀略の里」
これまた、一種の「継母継子」もの。正確には、「継母継子」プラス「継祖母継孫」もの。

19巻「灰色の足跡」
これも、一種の「継母継子」もの、ぷらす「女の友情」。
親友の忘れ形見の子どもと猫を引き取って、ってお話です。
作者さんと同じく、わたしも、ラスト、シロがケーキを踏みつぶすとこが好きです(笑)。

21巻「そして彼女は微笑む」
本話はちょっとした仕掛けがあって、種明かしには、そうだったのかと、してやられた爽快感がありました。
それに、凉子さんがわたし好みのキャラデザだったので(本作では数少ない黒髪、そしてひっつめ髪、落ち着いた知的な容姿と所作、全部わたし好み)。

22巻「幻のさえずり」
万引きしようとしていた少年のそばには、セキセイインコの霊の気配が!?
猫以外の小動物(鳥類)が題材になってて珍しいなと。
父の解雇で経済的に苦しくなり、ギスギスした雰囲気となった家庭の中で、道を踏み外しそうになった少年と家族が、昔のセキセイインコとの関わりをきっかけに立ち直る、読後感良い話です。

22巻「水の記憶」
「幻のさえずり」がセキセイインコならば、こちらは金魚が題材です。
そして継母継子ものです。

23巻「今宵またベルが鳴る」
コードがつながっていないのにベルが鳴り、話声が聞こえてくる・・・、ホラーの定番ですわね。
本話も、女同士の信頼もの、と言えるかも。

24巻「静寂を切り裂くように」

(前略)親の介護の為に離職する人が多いと知って・・・。感謝してくれる親御さんばかりではないでしょうし・・・・。
(巻末、作者さんのコメントより引用)


コメント通り、親の介護の為に離職したものの、親から罵倒され搾取され続けた果てに、親を殺し自殺した娘さんが成仏できないまま、別の家族に祟るお話です。
祟られた家族の方は、継母継子の母子家庭でした。
シロの活躍で悪霊となった娘さんは退けられ、父(継母にとっては夫)の死後、ぎくしゃくしていた継母継子は、家族として生きていこうと思い直すのでした。

介護問題を扱った一作。
そして、血縁の親子であっても、踏みつけあい、罵倒しあい、殺し合う一方で、血のつながりのない継母継子が、互いを思いやり、愛情をもって生きていっている。その対照が秀逸だと思いました。

24巻「不実な雨に濡れ」
前話「静寂を切り裂くように」で、シロに退けられ浮遊してしまった、介護殺人・自殺の娘さんの霊が成仏するお話です。
前話では悪霊だったのに、本話ではちょっといい人(霊)になって悪者退治をして、被害者をいたわった後、成仏の為にあかりさんちの庭にやってきました。

24巻「置き去りの闇」「影の報酬」
小説家、草馬氏の妹さんメインの回。
この二話は、幽霊話よりも、「置き去りの闇」で相馬氏妹とゲストキャラ(男)が恋愛→結婚に進展するか?と思わせておいて、次話「影の報酬」でそうならなかったとこが好きです。
恋愛展開が嫌いなわけじゃないですが、女と男が出会ったら恋の花が咲く展開ばっかりってのも、うんざりなので。
男女が出会っても、恋愛に進むだけが人生じゃないわ。
恋愛以外でも、友人として信頼しあえる関係は作れるんだから。



番外編、「シロは知ってる」シリーズも面白いです。
シロがひとりで、たぶん、テリトリーを見回ってるうちに、いろいろな霊や事件に遭遇して解決していくストーリーです。番外編でもシロのリアリティは保たれています。人語を喋ったりしません。猫らしい動作と鳴き声のままです。
番外編は、既刊21巻の時点で、15巻、19巻、21巻に収録。

◆ところで、このシリーズ、いわゆる過激な性描写は皆無です。
大人読者対象なので、性描写がまったくないとは言いませんが、ストーリーに必要だからという使われ方で、既刊全巻通して、5ページ分もあったかどうか。

14巻「憎悪の輪禍」の赤崎さんに続いて、また出てきたぞ、妖怪「お子さんはまだ?」ばばあ(じじいもいるけれど、今回登場したのは女性なので)。
18巻「懺悔の残り香」にて、登場、道代おばさん(あかりから見て、舅の従兄の奥さん)。

初登場の「懺悔の残り香」にて、あかりとは、初顔合わせとなったのですが、簡単な挨拶がすんだら、いきなり「お子さんはまだ?」。
さらに、子どものいない息子夫婦を、主に嫁をこきおろし。
息子が浮気しているようだと知ったら、喜々として、畑を変えれば種は実る!とばかりに、離婚を勧めにくる。

息子による怒りの生霊攻撃をくらって、おとなしくなりましたが、反省したのかしらねえ?

そして、本話、せっかく、お義父さんが、結婚後もなかなか子どもができないことを気に病むあかりに、
「いろんな形の夫婦がいていいんだ。大切なのは一緒にいて幸せと思えることなんだ」と語りかけ、間接的に「子どものない夫婦であっても幸福である」と示して下さったのに、「道代の息子夫婦に赤ちゃんができました」エンドになり、「子どものない夫婦像」を否定されたようで、わたしにとっては、後味の悪いものになりました。

なお、道代おばさんは、話の発端を作る、使い勝手がいいキャラであるらしく、本話の後も何度か登場します。
その後は、「子どもはまだ?」口撃ありません。

心底嫌味な女なら、息子夫婦に子どもが出来たことで調子に乗って、子なしのあかりに無神経に「子どもはまだ?」口撃を繰り出すかと思いますが、ないところをみると、一応、反省してるのかなあ・・・。

ところで、子どものことであかりばっかり気に病んでる描写があったけど、
(1) 不妊の原因は女だけとは限らない。
(2) 男性が不妊の原因を有している場合もある。
(3) 男女双方に原因はなくても、子どもが授からない場合もある。

だから、あかりばっかりが気に病むことはないんだぜ!

さっき、本作で好きなとこのひとつに「保守的な価値観を落としどころにしていないとこ」と書いたばっかりでなんですが、子どもが出来ないことを、あかりばっかりが、そして、自分に非があると思い込む形で悩んでいる点、さらに、紹介では触れてませんが、料理、それも手をかけた料理を是としている点などは、従来の「女性の役割」意識から逃れられておらず、これらの根強さを思いました。

しかるにリウィアは初代皇帝アウグストゥスにふさわしい、偉大なる貴婦人であった。
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2017年10月09日 (月) | 編集 |
講談社から単行本で発売されましたが、長らく中古品のみの取り扱いになっていた「千の命」が、文庫(小学館)として蘇りました。電書(Kindle)化もされています。


「千の命」
作者:植松三十里


江戸時代の産科医、賀川玄悦を主人公とした小説です。
参考までに、日本語wikiにリンクを貼っときます。
外部リンク:【賀川玄悦】