1902年01月15日 (水) | Edit |
【過去固定エントリ】

◎歴史ものまんがと参考文献(その1)

歴史ものまんがに参考文献記載を望みます!

たとえ、総領冬実さんの「チェーザレ」のように、参考文献の1/3くらいが洋書で、日本人読者にとってハードルが高くあっても、読もうとする人はいると思います。
歴史もの好きは、調べる事、読む事が好きな人が少なくありませんから。

だから、うちでも本館に「◆Library of Livia(サイト作成の参考にした書籍)」を設けているのは、著作権違反を言い立てられない用心の為だけでなく、古代ローマに興味を持ってお越しになった人の役に立てばと思うからです。

わたしが知る範囲、と断った上ですが、歴史ものまんがでは参考文献を記載しない人が圧倒的に多いです。

◆参考文献を記載していない歴史ものまんが(作者名略・順不同)
「コルティジャーナ・オネスタ」
「アスクレピオス」
「サラディナーサ」
「火輪」
「花巡礼」
「風の城砦」
「碧のミレニアム」
「煌如星」シリーズ
「王家の紋章」
「天は赤い河のほとり」
「夢語り」シリーズ
「バビロンまで何マイル?」
「花の都に捧げる」
「ヴァレンツィーノ」シリーズ
「夢の碑」シリーズ
「時をかけた少女たち」シリーズ
etc.

◆逆に記載してあるのは次の通り。
「ベルサイユのばら」
「チェーザレ-破壊の創造者-」
「アルカサル-王城-」
「修道士ファルコ」
「シノワズリ・アドベンチャー」シリーズ
「玄奘西域記」
「拳闘暗黒伝セスタス」
etc.

「コルティジャーナ・オネスタ」なんて、巻末10ページも余っているのに、全部作者のコミックスの宣伝に費やしています。
つくづく、参考文献を記載する意識が薄いのだなぁと思います。

お断り:
記載している、記載していないについてはわたしが確認できた範囲で分けました。
再版、文庫化など発行時期による記載の有無の違いがあるかもしれません。
修正があれば、穏当に指摘をお願いします。

◎歴史ものまんがと参考文献(その2)

なぜ歴史ものまんがで参考文献を記載しないのか?

勝手に原因を考えてみました。

その1.
作者本人および出版社側に参考文献を記載するという意識が薄い。

その2.
読者側に参考文献でなく、おまけ漫画やフリートークを期待する気持ちが強い。

その3.
実は参考文献から「参考」の範囲を超えて、セリフや人物設定を拝借したので、パクリがばれないように伏せている。

まんがではありませんが、こんな例があります。
中華の大地に君臨した唯一無二の女性の天子、武則天の評伝「則天武后」を著した林語堂氏は自著について、「『旧唐書』、『新唐書』に依拠した『忠実な伝記』」と述べる一方で、同じ史書である司馬光の「資治通鑑」については一切触れていないらしく、大著「武則天」の著者原百代氏から次の指摘があります。

林氏の著作は「資治通鑑」のひき写しであり、人物解釈においても、批評においても、何ら独自の思考も解釈も想像もなく、「資治通鑑」の作者、司馬光の解釈、意見のコピーに過ぎないことは、「資治通鑑」を一読した者には、極めて明瞭にわかることである。
(原百代著「武則天」1巻)



つまり、林語堂氏は、「資治通鑑」からの引き写しがバレないように、「資治通鑑」を参考史料として明記しなかった…、ってことですね。原さんは林語堂氏に辛いからどこまで真に受けていいかわかりませんが、一例として挙げておきます。

その4.
余白ページが限られているので参考にした書籍をすべて記載できない。
記載する書籍の取捨選択に迷うので、いっそ公平に一切記載しない事にした。

また、書籍だけが「参考」とは限らない。
関係者の話、ネットでの情報収集もあり、どこまでを「参考」として挙げていいか判断しにくい。

その5.
まんがで仰々しく「参考文献」を記載すると、「生意気だ!」バッシングされるから。


勝手に原因を考えたついでに、勝手に解決策も考えてみました。

2.と4.は後回しにします。

1.については、作者、出版社側の意識の変化を求めるしかありません。

3.は、これまた著者の「良心」をあてにするしかないです。

5.は、まさかと思うんだけど、そんな侮蔑に負けずに頑張ってほしいです。
むしろ、たたいてくる側を見返すためにも、ちゃんと記載して。
まんがを見下している小説家(※)もいるので、まんがだからって思いつきだけでいい加減に描いているんじゃない!と見せつける為にもです。

で、2.の件ですが、読者側の意識の変化も必要ですが、読者の期待を外さない形で解決する方法もあります。
これは、4.にも関連していて、記載資料の取捨選択は著者にお任せするとして、記載ページが十分でない場合の解決ともなります。

ひとつは、奥付に併記する方法。
某「O奥」は5巻目にしていきなり、この手段で「参考文献」を記載し始めました。
奥付の隅っこに間借りするような形なので字も小さくたいへん見づらいのですが、本編ページがいっぱいなのでしかたないでしょう。
大和和紀さんの「イシュタルの娘」もこの奥付記載方式です。

もうひとつは、カラーカバーを外した、本体表紙、裏表紙に記載する方法。
TONOさんの「カルバニア物語」12巻が、この方法で「あとがき・おまけまんが」を掲載しています。
この方法であれば、奥付利用と違って十分にスペースがあるのではないでしょうか。

わたしは、まんがに参考文献の記載があればいいなと思っています。
なくっても、ぶーぶー文句はたれないけどね。

(※)まんがを見下している小説家
わたしが知ってる限りでは、塩野七生さんと原百代さんです。
前者は、「男たちへ」収録のエッセイ(タイトル失念)で、自身の原作を著しく損なわれた恨みをもって、少女漫画の作者も読者も精神が未熟であるかのように上から目線で見下していました。
後者は、「武則天」のあとがきで池田理代子作画による「女帝エカテリーナ」と作者をたたいていました。
両者から、小説家特有のまんがへの侮蔑の念を感じました。
小説がナンボのもんや言うねん!悔しい!

しかるにリウィアは初代皇帝アウグストゥスにふさわしい、偉大なる貴婦人であった。

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