Livia would still bear him a son of his own.
Mary Muddさんの「I, Livia: The Counterfeit Criminal」を相変わらずナナメ読み中です。
この人、ホントにリウィアが好きでしかたないように思えます。(カエサルLOVEの想いに満ちた「ルビコン以前・以後」を執筆した塩野七生のレベルかも)
そして、塩野さんが、セルウィリア&カエサルのカップリングに萌えであるように(※1)、Mary Muddさんはアウグストゥス→リウィアのカップリングがお好きらしい(と、思う)。

 ※1・
 塩野七生女史の本音は、七生&カエサルのカップリングなんだろうとは思いますが。


「Assessing Livia’s Criminality(リウィアの犯罪行為のみきわめ)」中、Marcellusに目を通しました。

マルケルスとティベリウスが幼少時からローテイン頃までは、アウグストゥスから平等な待遇を受けいたこと。
そのうち、マルケルスの出世がティベリウスに先んじるようになったこと。
ユリアとの結婚によって、マルケルスに「第一人者」を継がせる意図があったこと。

しかし、ならばなぜマルケルスを「養子」にしなかったかと問題提起し、「元首政」の世襲がローマ社会にとって時期尚早であることと、おそらくユリウス・カエサルがしたように、遺言による養子縁組を計画していたのだろうと示し、さらに、次の想像で段落を結んでおられます。

The emperor may also have been holding out hope that Livia, who was only in her 30’s, would still bear him a son of his own.
「さらに、皇帝は、リウィアが30代の頃は、彼女が彼自身の息子を産む希望を諦めていなかったのかもしれない」。

ちなみに、リウィアに思い入れもなさそうな塩野さんは、ユリアとマルケルスの結婚を、甥を後継者にする意図と同時に、自分の血を引く「孫の誕生」を期待したと記述されています。
作者の思い入れによって、同じ物事の解釈も変わってくる好例です。

受胎に関しては未知数の14歳の生娘。
十代後半から二十代前半にかけて、二人の子を産むも、死産後は一度も妊娠の兆候を見せない33歳の妻。

どっちに期待するべきかというと、悔しいけど、やっぱ14歳の方か。

ただし、わたしもリウィア贔屓なので、リウィアちゃんによる実子誕生をあきらめていなかったという想像は、彼女へのプレッシャーは別にして、捨てがたいものがあります。(だって、妊娠があり得るってことは、夫婦関係があるってことだもんね。)

それに、Mary Muddさんの皇帝夫婦贔屓の空想と切り捨てられないでしょう。
スエトニウスだって、たんに「リウィアからは子をもうけなかった」とは記さず、「リウィアから熱烈に望んでいたのに一人の子ももうけなかった」と、わざわざ「熱烈に望んでいた」との一句を挿入したくらいだから、アウグストゥスには、きっと、そう思わせる言動があったのでしょう。

蛇足コメント.
英語は苦手です。苦手です。
長文もダメですが、短文も。
引用箇所は比較的平易な文ですが、悩みに悩んだ、「only」の意味。よく知ってる単語なのに、文中での意味がよくわからん。強調の副詞か?
「n her 30’s」も不明。たぶん、「30代のうち」という意味だと思うけど。

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