1902年01月13日 (月) | Edit |
【過去固定エントリ】

「いきなり男子(おのこ)を産めなどと、わたしは道具ではありません!」
(お江さんのセリフ 「江 姫たちの戦国」第30話より)



大河ドラマ「江 姫たちの戦国」は、冒頭のセリフからうかがえるように「女は子を産む機械」、もとい、「女は男子を産む道具」との考えを否定するだけでなく、政略結婚も側室制度も悪とみなし、「戦はいやでございます」と平和主義を掲げ、差別されていた女に言いたいことを言わせる、現代的価値観に沿ったドラマと評されています。

しかし、こんだけ「現代的価値観」をてんこ盛りにしながら、「子どもを持たないという生き方」ってのは採りあげないのね。

お初さんには、「子どもがいない」という史実があるんだから、いっそ、「わたしは子どもは産みません。だって妊娠や出産など犬猫妾にもできること。跡取り作りは妾に任せますわ。京極家の家刀自としてわたしにしかできない勤めを果たしてまいります!」と、「子どもを持たない生き方」を肯定する役割を負わせることもできたのに。

ただ、怪我の功名的に第30話「愛しき人よ」に登場のお初さんはよかった、というか、「子のできない妻」としてはマシなキャラ立ちでした。私的には。
夫の高次が側室のとの間に子を儲けた事を、まるきり現代の価値観で「浮気」ととらえて、怒り心頭でしたが、

子どものない女は卑屈
子どものない女は哀れ
子どものない女は惨め

そんな描写に比べればマシだと思います。

同じ大河ドラマ「おんな太閤記」のねねさんなんて、長浜城主夫人の時代に、夫の側室に子ができたことを知って打ちのめされ、「子のないわたしがいつまでもここにいてはいけない」と、こっそり身を引こうとしていましたよ。
出奔しかけたところで、姑のなかさんに出くわして、取りやめになったんですが。

同じく大河ドラマの「秀吉」のねねさんは、流産して子どもを産めなくったことを、夫に知られたら他に妻を求められてしまうからと伏せていました。卑屈極まりないことに。

時代考証的には「おんな太閤記」や「秀吉」のねねさんの描写が適切かもしれませんが、「子どもの産めない妻って、自分から身をひかなきゃならないんだ、夫に捨てられるかもしれないしね~、惨めで、哀れで、かわいそ~」との印象を植え付ける演出に比べれば、夫の浮気にいきり立つも卑屈にならず、妹相手にひとしきり愚痴をこぼして、「どんどん産んで一人、子をくれ」と独り決めの挙句、恋しい夫の元に帰っていく能天気なお初さんの方がマシです。
「初はお笑い担当」との位置づけが生んだ、怪我の功名的な展開だと思いますが。

さて、なにゆえに、「子どもを持たないという生き方」は認められないのか。
なにゆえに、「子どもがない=不妊=惨め、哀れ、かわいそ~」との印象が蔓延しているのか。

幸福な人間は幸福であるがゆえにサイレントだから。

一方、少数派とはいえ不妊の人たちは、野田聖子とか向井亜紀とか、Sクリニックで実母を代理母にして「出産」した女性の例でもわかるように、不幸ゆえにノイジィ(騒々しい)だから。

どっちが目立つかと言えば、自明の理ですよね。

他の人がやすやすと産んでいる子どもがわたしには授からない!
なんでなんで?どうしてよ!!なにがなんでも妊娠したい!出産したい!
と、ないものねだりの騒々しさゆえに目立つから、「子どもがない=不妊=可哀そう」との図式が浸透しているのであろうと思います。

「自分の意志で子どもを持たないという生き方」をしている人もいるのに。

わたしが知ってるとある夫妻は、「子どもは作らない、持たない」主義のご夫婦で、当初は「お子さんはまだ?」とか問われるたびに、「うちは子どもをつくらないことに決めてます」と正直に返答していたところ、批難、お説教、嫌悪の反応ばかりで煩わしくなり、ついに「欲しいけどできないんです~」と嘘に変えたとたん、「まあ、お気の毒に」とそれ以上踏み込まれなくなったとか。

「自分の意志で子どもを持たないという生き方」があるなど認めない。
「子どもを持たない幸せ」なんてものがあるなんて信じられない。
欲しいけれど子どものできない「お可哀そう」な人たちであれば容認してやろう。
これが世間の現実なのでしょう。

で、あるならば、「姫たちの戦国」が「現代的価値観」をてんこ盛りにしながら、「子どもを持たない生き方」をスルーしているのも当然か。

お断り:
野田聖子と向井亜紀とSクリニックで実母を代理母とした女性は、三者三様の「妊娠・出産」であり、まったく同一ではありませんが、本来不可能である「妊娠出産」を実現すべく、わたしには理解不能の執念で挑んだ姿に同種の嫌悪を感じますので、例としてひとくくりしました。
なお、文章の感じで伝わる通り、野田聖子とか、向井亜紀とか、彼女たちに類する人たちのやりようって大嫌いです。

不妊に対して「思いやりが足りない」文章であることは認識しています。
不妊と代理母をいっしょくたにしていることもわかってます。
まず生理的嫌悪、生理的拒否感ありきで語っていることはわきまえています。


↑率直に言って、「タイトル詐欺」本
ページをめくってみれば、「子どもを持てない」人たちの談話がほとんどです。

著書中でほぼ1名の「子どもを持たない生き方」の方がお気の毒です。
おそらく「子どもを持たない生き方」についての本だと思って、聞き取りに応じたんでしょうに、出来上がった本の他のメンバーは「子どもを持てない人」ばっかり。
だまされた!怒ってもいいと思うよ。

著者も含めて、子供が欲しいのに持てないのはお辛いでしょうけれど、タイトル詐欺はあかんでしょ。
正しくは、「子どもを持てない生き方」です。
「タイトル詐欺」ってことで、評価はマイナス☆5つ。

しかし、「タイトル詐欺」の意図はなく、言葉を大切に扱わなければならない著述業の人にしてからが、「子どもを持たない」と「子どもを持てない」の区別がついていないとしたら、気持ち悪いなぁ…。

しかるにリウィアは初代皇帝アウグストゥスにふさわしい、理想的な伴侶であった。

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