2014年11月12日 (水) | Edit |

ローマ史では、皇帝の妻とはいえ、烈女や悪女として扱われる場合が多いという状況において、皇帝の妻の役割を方向付けたのは、元首政を方向付けたのがアウグストゥスであったように、彼の妻リウィアであったろう。
(広瀬三矢子「初代ローマ皇帝アウグストゥスの妻リウィアの研究」より引用)



さすがリウィアさま。
貞節と分別と叡知と夫への忠誠に彩られた一生でもって、後世に「皇帝の妻」の範を垂れました。

そんなリウィアさまに続いた「皇帝の妻」たちは…。
(いずれも皇帝就任時以降の配偶者のみ)

第二代ティベリウス
配偶者なし

第三代カリグラ
1. リウィア・オレスティラ(数日間で離婚)
2. ロリア・パウリナ(あっという間に離婚)
3. カエソニア(前者二人に比べれば長持ちしたけれど浪費と好色で悪名高し)

第四代クラウディウス
1. メッサリーナ(奢侈と性的放埓で有名)
2. 小アグリッピナ(一般的には権勢欲旺盛な夫殺しで知られる)

第五代ネロ
1. オクタウィア(影が薄い悲劇の皇女)
2. ポッパエア(贅沢大好き美貌オタク)(←美容オタクではなく、美貌オタクだ)

「皇帝の妻」の責任を果たした女がおらへんやん!!

広瀬三矢子さんによる「ローマ史では、皇帝の妻とはいえ、烈女や悪女として扱われる場合が多いという状況」とのご指摘ですが、扱われるもなにも、ユリ・クラ朝に限れば、皇后の責任を果たした女は事実上、リウィアさま一人では…(泣)!?
華麗なるバカ女でなければ、いるかいないかわからない影の薄い存在。
これでは、もう一人目立っている小アグリッピナが悪名高いこともあいまって、皇帝の妻が烈女、悪女扱いされるのはごく当然の帰結であったのでは(^_^;)。

まともな「皇帝の妻」の後継者がいなかったから、リウィアさまの功績が正当に評価されず、「悪貨は良貨を駆逐する」の原則通り、他の「悪女」皇后の巻き添えをくって、悪名をかぶされたのではないかと思いました。

しかるにリウィアは初代皇帝アウグストゥスにふさわしい、偉大なる貴婦人であった。

構成が下手くそですまないけれど追記。
リウィアの死はAD29年。
その後、皇后不在のティベリウスの治世を経て、カリグラの三人妻、クラウディウスのメッサリーナと続いたのですから、「リウィアの伝統を引き継ぎ、(中略)近年の相似醜聞のせいで失われていた皇威に幾分かの威信を回復させるにふさわしい、ローマ人が夢見て望んでいた皇妃」(※)を、元老院とローマ人が求めたのも当然ならば、皇帝家の一員である小アグリッピナに期待がかかったのも十分に有り得ます。

(※)グリエルモ・フェレーロ「古代ローマ一千年史」より

↓「日本ブログ村」に参加しています。記事がお気に召したらクリックを!励みになります。
にほんブログ村 歴史ブログへ にほんブログ村 漫画ブログへ
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック