1902年01月22日 (水) | Edit |


宋美玄監修「踊る産科女医」
「なんも知らずにセックスすんな」「妊娠・出産は思いどおりにいくことばっかりやない!!」「出産は危険も伴うってことを忘れたらアカンよ」―漫画家・吉川景都(出産経験ナシ)が、“モノ言う”産科女医・宋美玄さんに弟子入り!女性でも実はちゃんと知らない“妊娠・出産”“女性の体”について、わかりやすく紹介・解説するコミックルポエッセイ。
(内容「BOOKデータベース」より)



「BOOKデータベース」の紹介に偽りなし。
妊娠、出産は当然のこと、その前段階からいい加減さ、無知さをふりまく人たちが後を絶たない状況に、手厳しい言葉も炸裂していますが、それもこれも、赤ちゃん、そして、赤ちゃんをこの世に産み出す女性たちの命への強い愛情と責任ゆえ。
女性が自分の体を知るってことは、生きる姿勢を見つめなおすことでもあるのでしょう。

全体にたいへん面白く読めたのですが、ここでは、強く印象に残ったある一件を採りあげます。

宋美玄さんが、不妊治療を専門にされている医師から聞いた患者さん(以下Aさん)のエピソードです。(第10回「女医は見た!!ツワモノ患者列伝」)

医師 「よかったですね、無事に妊娠してますよ」
Aさん「妊娠できるってわかったからもういいです。堕ろして下さい」
医師 「…は?」



語り手の宋美玄さんは「これにはあまりのことに言葉を失ったそう…」と結んでおられます。

宋美玄さんの口調からすると、「良くない患者例」として挙げておられるように感じるのですが、たいへん興味深い実例です。

ど顰蹙を買いそうですが、わたし、女が子どもを産む動機って、「愛」だけじゃないよな~と思ってます。
「打算」で産むことだってできます。

歴オタやってると「打算」の妊娠出産例に触れる機会は珍しくもないのですが、現代の実例を二件紹介します。

(1) 以前、四股をかけているという男性に会ったことがある。(中略)その四股男のすごいところは、「僕四股かけてまーす」と、それぞれの女性に告げていたということだ。で、そう言われた女性たちはどうしたか。なんと、四人で妊娠合戦を繰り広げたのだそうだ。(中略)で、見事トップで妊娠を勝ち取った女性は、四股男と結婚することになったとか。
(和久井香菜子「少女マンガで読み解く 乙女心のツボ」p67より引用)
(後日談を付け加えると、結句、離婚に至ったそうです。)
(ところで、「妊娠」で結婚に追い込まれる男に、プレイボーイを名乗る資格なし、と思いまするよ♪)

(2) B子さんはだんなさんとの結婚を「永久就職」ととらえていました。だから「解雇」されない保証として、「子ども」を産みました。
(参照:石坂晴海「×一(バツイチ)の男たち 彼が離婚した理由」中、「愛されたかった」より要約)
(だんなさんもB子さんと同じ「世間体」が整っていればいいさぁとの考え方の人でした。だからうまくいってたのですが、ある日「ちゃんと夫婦で向き合い、互いに心から愛し合いたい」と覚醒してしまわれて、まったく考え方の変わらないB子さんとは、すったもんだの末離婚となりました。)



前者は「恋敵を蹴落として、男との結婚にこぎつける」為、後者は「夫に一生養ってもらう」為が、妊娠出産の動機です。

さらに、「不妊の女でない証明」の為に、妊娠を欲する女もいるんじゃないかな~とわたしは思っていました。
ぶっちゃけ、「女の世界の階級制度」(※)内で最下位なのは、「夫も子どももいない女」じゃなくて、「不妊の女」だと思います。

(※)「女の世界の階級制度」
第1位  夫も子どももいる女
第2位? 夫なし、子ども有り女
第3位? 夫有り、子どもなし女
第4位  夫も子どももいない女
こういう階級意識ってのが、世間に染み通ってるんじゃないかなと思ってます。

酒井順子さんが「高齢独身、子どもなし」のご自分を「負け犬」に例えることができたのも、「わたしは妊娠できる身体ですよ、でも、産みません~、結婚しません~」との余裕があるからこそではないでしょうか。
「子どものできない体だから結婚できない」との劣等感がある女には、とうていああいう本を書くことはできなかったのでは…。

単なる憶測でなくって、酒井さんの著作である「少子」、こちらは読んだことがありまして、その上での推測です。


「産まなくってすみませ~ん」調で、「産まない理由」を語っておられるのですが、全然、詫びる気持ちがないのがあからさまに伝わってきます(笑)

表紙の「少子」の字体からして、「少子化少子化と、この世の終わりのように騒ぐなんざぁ笑止せんばーん」と、「少子」を笑い飛ばしているかのよう。

不妊の女にはこういう余裕はないだろうと愚考いたします。
だって、最下位ですもの。
差別される側ですもの。
憐みを受ける側ですもの。

だから、差別する側から差別する側へ、憐みを受ける側から憐れむ側への下剋上を強烈に欲している。
いやもう少し穏当に、差別される側でいたくない、憐れまれる側でいたくないと、望んでいる。
彼女たちのランクアップをかなえてくれるのが「子ども」です。
子どもを産みさえすれば、まさに逆転サヨナラホームラン、しかも最下位から一気に優勝です。

くだんのAさんのエピソードはいい裏付けになり得ます。

たった3コマなので、自分の推測も多々ありますが、Aさんにとって大事であったのは、自分が、「不妊の女」=「最下位の女」ではないという証明であって、「子ども」ではなかった。
そう考えれば、「赤ちゃんができました → 堕ろして下さい」との流れもスムーズに理解できます。
本人がおっしゃっていますもの。
「妊娠できるってわかったからもういいです」と。

それにしても、「不妊の女でない証明」を欲して不妊治療に挑む女は十分あり得ると考えていましたが、堕胎はやや意外でした。

だって、堕胎したなら、今後もAさんは世間的には「子どものない女」のままじゃないですか。
子どものないことで受ける不利益はそのまんまです。
他者からの憐み、詮索、侮辱、蔑み、差別etc.
なのに、あえて堕胎するとは。

Aさんにとっては、世間的な不利益よりもなによりも、自分が「不妊の女ではない」と納得できることが大事であったと伝わってきます。

Aさんが、「子どものないことで被る不利益」を承知のうえで、あえて堕胎を選んだほど、「不妊の女ではないという証明」を欲していたのであれば、そして、証明によってその後の人生を強く生きることができるのであれば、不妊治療は妊娠の時点で役割を終えていたことになるのではないでしょうか。

宋美玄さんらは、Aさんに否定的ですが、「不妊治療の意義」を問う、かっこうの実例であると思います。

赤ちゃんの誕生はめでたいことだから、不妊治療の「成功」例は、民間人を轢き殺して進軍する戦車なみの暴挙であっても、「めでたい」と思考停止している傾向があるけれど、赤ちゃんの誕生と、妊娠出産を欲する親の側の欲望・妄執は切り離してとらえていただきたいものです。

先に述べたように、女が妊娠出産を欲する動機は愛する男や生まれてくる子どもなど、「他者への愛」のためでなく、「自分のため」という「打算」であることも少なくないのですから。

とはいえ、わたしは、「自分のため」という「打算」であってもいいと思ってますよ、妊娠出産の動機は。
皆が皆、「生命の不可逆性」「母の胎内で受精がなされ、生命が芽生えたその瞬間から『死』に向かうという事実」「人一人、この世に産み出す責任の重さ」に囚われていては、種の保存など覚束ないでしょうから。
ただ、妊娠出産が下劣な動機でもなされるという事実に目を向けず、なんでもかんでも「美談」としてもてはやす風潮がたいへん気色悪いのです。

Aさんは、「不妊の女ではない証明」を得たことで納得し、満足しました。
けれど、それだけでは足りず、世間にアピールできるステイタスとして「子ども」を欲し、「出産」に至る女性も存在するでしょう。

書きつつ気づいたのだけど、不妊治療は、「不妊の女」の最下位性をなんら改善していません。
だって、「不妊でなくする」のが不妊治療なんだから。
女の世界の階級制度はそのまんま残ってるんだから。

では、わたしがほぼ唯一首肯できる「不妊」に関する言でこのエントリを終わります。

「子どもに恵まれない人がいるとすれば、子どものない人生を生きる精神の強さを引き出すものでしょう。それを、できない子どもを与えようとは、人間の弱さを助長する邪道です」
藤田あつ子「煌如星シリーズ 楊柳春」より、一部省略して引用)



しかるにリウィアは初代皇帝アウグストゥスにふさわしい、理想的な伴侶であった。

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