1902年01月05日 (日) | Edit |
【過去固定エントリ】
分割エントリをひとつにまとめています。




●エリザベス・ウッドヴィル(その1)

嫌いになる要素が多いのに、嫌いと言い切れず、かといって、好意をもてる要素があるのに、あまり好意を持てず、わたしはエリザベス・ウッドヴィルへの感情をもてあましています。

ほっときゃいいのですが、気になる存在で、なんで彼女にこだわるかと言うと、人となりや人生に興味があるから・・・、ではありません。
わたしは小説「時の娘」が好きで、流れとして自然にリチャード三世びいきなのですが、この小説が採用しているリチャードの王位継承の正当性がいまひとつ腑に落ちず、その腑に落ちない部分でエリザベス・ウッドヴィルの心中に興味があるからです。

わたしが理解した範囲での、「時の娘」が主張するリチャード三世登極の正当性は…
「国王エドワード四世はエリザベス・ウッドヴィルとの結婚以前に、エリノア・バトラーと秘密裡に結婚していた。
だからエリザベス・ウッドヴィルとの婚姻は無効であり、彼女との間に儲けた子供たちも非嫡出子となる。
したがって、エリザベス・ウッドヴィルの子供たちに王位継承権はない。
ゆえに、王弟グロースター公リチャードが第一位王位継承者としてくりあがった。」

エリザベス・ウッドヴィルがエドワード四世と結婚したのは1464年。
娘が誕生した後、長男エドワードを産んだのが1471年。
夫エドワード四世の急逝が1483年。

約20年の結婚生活であり、その間、エリザベス・ウッドヴィルは「英国王妃」だったのです。

それが、夫の死後になっていきなり「お前は愚かな重婚の妻。いや、妻ですらなかった。お前の子供たちも私生児にすぎない」との扱いを受けて、平静でいられますか!?
一歩どころか、百歩譲って自分の立場はあきらめたとしても、子供たちは?
英国王を約束されていた息子が、国王どころか、一転して、蔑まれる「私生児」とされることを唯々諾々と受け入れる母がいますか?

彼女の立場であれば、王太子であった息子を含む子供たちの権利を守る為にも、反リチャードの陰謀をめぐらして当然ではないかと思います。既得権を死守しようとするウッドヴィル一族ともども。

ところが、「時の娘」では、その頃のエリザベス・ウッドヴィルを、リチャードになにひとつ含むところがないように言及しています。
「時の娘」が語るところの彼女の行動を追えば、「国王エドワードの死後、子供たちを連れてウェストミンスターの聖域に逃げ込んでいた」、「しかしすぐに聖域から出てくると、リチャードの登極後も、何事もなかったように平然としていた」、「反リチャードの陰謀にいそしむ息子の一人に、リチャードと仲良くするよう勧める手紙を書いている」

「反リチャードの陰謀をめぐらして当然」というのは、わたしの意見なので、エリザベス・ウッドヴィルがその通りに考えて行動する義務はないのですが、「時の娘」が描くエリザベス・ウッドヴィル像は子供の権利を奪われた母として、また、20年近く、れっきとした「妻」であり、「王妃」であった人間の行動として、腑に落ちません。

●エリザベス・ウッドヴィル(その2)

「時の娘」の見解は次の通り。
(1) 国王エドワード4世はエリザベス・ウッドヴィルとの結婚前にエレノア・バトラーと結婚していた。
(2) ゆえに、エリザベス・ウッドヴィルとの結婚は無効であり、二人の間に生まれた子どもたちは婚外子となる為、王位継承権はない。
(3) だから、王弟グロースター公リチャードの登極は理に叶ったものである。
(4) したがって、「私生児」と認定され、王位継承権を有しない子どもたちをリチャードが警戒する理由はない。
子どもたちは実際にはリチャードの指示によって、安全に保護されていた痕跡がある。

そして、「時の娘」では、エリザベス・ウッドヴィルは、登極したリチャードに対して何一つ意を含まなかったかのように言及されています。

いや、ちょっと待ってよ

エリザベス・ウッドヴィルの略歴を記すと…。
1437年頃誕生
1464年 国王エドワード4世と秘密結婚
1466年 長女エリザベス・オブ・ヨーク誕生
1470年 長男エドワード誕生
1473年 次男リチャード誕生
1483年 夫エドワード4世死去

二人の男児を産み、およそ20年英国王妃であった女性です。
それが、夫の死後、いきなり
「お前は愚かな重婚の妻。いや、妻ですらなかった。お前の子供たちも私生児にすぎない」と、告げられて納得できますか?

エリザベス・ウッドヴィルは、女好きであったエドワードの並み居る愛人を押しのけて、鮮やかな一本釣りで王妃の座を射止めたほど、聡明でしたたかな女性です。
また、王妃となるやいなや、一族郎党を次々と有力貴族に縁付け、要職につかせた身内贔屓の性分です。
であれば、腹を痛めた我が子ならなおさら大事でしょう。
王位を奪い返すために、反リチャードの陰謀を巡らしても不思議はありません。

しかし、しかし。
その結果が、リッチモンド伯ヘンリー・チューダー(以下、分かり易くヘンリー7世と表記)のイングランド侵攻ってのがワケわかりません。
何があった?

ヘンリー7世を引っ張りこんだら、リチャードを追い落としても、ヘンリー7世という新たなライバルを作るだけじゃないですか。
いったい全体何があった!?

ここから先は、何一つ裏付けのない思いつきです。

思いつきその1.
エリザベス・ウッドヴィル何としても息子を復位させたかった。
実はヘンリー7世は、自分が王位についた暁には、エリザベス・ウッドヴィルの息子たちを後継者にすると約束して、彼女の援助をとりつけた。

馬鹿げていると思いますが、チェーザレ・ボルジアだって、あてにならないローヴェレ枢機卿との約束を信じました。
エリザベス・ウッドヴィルが、馬鹿げた約束を信じなかったと誰に言えましょう。

思いつきその2.
エリザベス・ウッドヴィル何としても息子を復位させたかった。
ここまではその1と同じですが、エリザベス・ウッドヴィルはヘンリー7世の野心を見抜いていなかった。

傍系も傍系、王位継承権があるかないかも不明なヘンリーに、王位を狙う野心があるとは想像もしていなかった。
自分の娘と結婚させて、王の兄の立場に立たせてやるエサを投げてやれば食いついて満足し、それ以上の野心はないと思い込んでいた。

思いつきその3.
エリザベス・ウッドヴィルには息子の復位までの野心はなく、娘をイギリス王妃とすることで満足していた。
自分に野心がない以上、ヘンリーが息子たちに猜疑心を抱いて排除にかかるとは予想しなかった。

思いつきその4.
エリザベス・ウッドヴィルにはリチャードに対する敵愾心はなかったが、ウッドヴィル一族はリチャードを排除して、利権を取り戻したかった。
彼らにとっては、自分たちに利得をもたらしてくれるのであれば、ヘンリーでも、エリザベス・ウッドヴィルの息子たちでも誰でもよかった。
息子たちが「私生児」認定で利用できないので、ヘンリーと手を組んだ。
ヘンリー登極後、エリザベス・ウッドヴィルの息子たちがどうなろうと知ったこっちゃなかった。

もし、思いつきその1.、思いつきその2.、思いつきその3.であるならば、エリザベス・ウッドヴィルは自分の手で、息子の死刑執行人を呼び寄せたことになります。

もし、思いつきその4.であれば、さまざまな特権を享受させてきた一族に裏切られたことになります。

どの思いつきパターンでも、エリザベス・ウッドヴィルは「可哀そう」なのです。
図らずも、母である彼女が、息子が殺される一因を作ってしまったのですから。

とはいえ、全て思いつきであって、何一つ裏付けも根拠もないので、勝手に他人を憐れんでいる居心地の悪さだけが残り、そこらへんが、エリザベス・ウッドヴィルにこだわる理由です。

あー、もう、このへんの彼女の気持ちと行動に関するスッキリした説明ってないのかな。

皮肉なことにチューダー史観(エリザベス・ウッドヴィルの息子たちは、リチャード3世に殺された)に従えば、彼女の気持ちも行動もすんなり筋が通ります。
息子たちを殺された母として、復讐心を滾らせたエリザベス・ウッドヴィルは、長女との結婚を条件にヘンリー7世を後押しし、リチャードを敗死に追い込んだのだと。

●エリザベス・ウッドヴィル(その3)

好意的な関心というなら、リチャード三世の奥さんアン・ネヴィルとか、お姉さんのマーガレット・オブ・ヨークの方にこそあるってのに、いったい全体なんだって、別に好きでもないこの女のことを何度も題材にしてるんだ、わたしは。

それは、ジョセフィン・ティの歴史ミステリ「時の娘」がエリザベス・ウッドヴィルに好意的だから。

「時の娘」は、「甥殺しの簒奪者」として悪逆非道のレッテルを貼られてきたリチャード三世が兄王への忠誠心厚く、誠実で清廉潔白な人物であったことを解明してみせたミステリです。
そして、ジョセフィン・ティ本人もリチャード三世に深い敬意を抱いていたと言われています。

リチャード三世擁護派であるジョセフィン・ティがなんだって、エリザベス・ウッドヴィルに好意的なのか?

エリザベス・ウッドヴィルの近親依怙贔屓によって、ウッドヴィル一族はイングランドの顕位顕職を貪り、甘い汁を吸い、挙句の果てには、簒奪者、リッチモンド伯ヘンリー・チューダー(後のヘンリー七世)と結託し、リチャード三世を敗死に追い込んだというのに。
リチャード三世の悲劇の元凶のひとつは、エリザベス・ウッドヴィルであると指摘してもいいのでは。

なのに、ジョセフィン・ティの「時の娘」はエリザベス・ウッドヴィルに好意的です。

かの金の髪を持つ不滅の有徳の美女は、その救いがたい近親えこひいき癖を除けば、じつに立派な王妃ぶりを示し、エドワードのためには二人の息子を含む立派な一群の子供たちを産んだ。

ウッドヴィルとの縁組は誰もあてにしなかったほど、幸福にうまく行っていた。エリザベスは実に愛すべき妻だった。

彼女はこの世をよそに幽閉された。あの、金めっきの髪を持った、不滅の貞淑の美女は。
(中略)自分の一族に対する彼女の親切心がイギリスにまったく新しい党派を作らせ、リチャードの平和的相続を妨げた。

(以上は「時の娘」より引用)



「不滅の有徳の美女」、「実に愛すべき妻だった」
…リウィアさまだって、こんな賞賛を受けてないぞ(笑)。

しかも「自分の一族に対する彼女の親切心」ときたもんだ。
この書き方だと、欠点とみなされがちな身内贔屓も、権勢欲の発露であるごり押しではなく、身内からの懇願を斥けることができなかった人の良い善良な性質の表れのように読めるじゃないか。

リチャード三世が好きだからといって、エリザベス・ウッドヴィル嫌いになる必然はないし、他人の心中は測り難しなので、ジョセフィン・ティが彼女に好意的となる動機については追及しませんが、エリザベス・ウッドヴィルが「立派な王妃」であったかについては気になっておりました。

この時代に関する一般向け歴史本を何冊か読んだところ…

(1) クィーンズ・コレッジ(Queen’s College)への援助
エリザベス・ウッドヴィルは王妃の財産から、先王ヘンリー6世妃マーガレットが創設した大学を援助した。
よって、この大学は創立と発展に貢献した二人の王妃にちなみ、Queens’ Collegeに改められた。

(思いつきですが、当時ランカスター派の領袖として悪名にさらされていたマーガレット王妃の功績を、大学の名称の中にきちんと存続させたのはエリザベス・ウッドヴィルの意向なのでしょうか?)

(2) マーガレット王妃時代の半分の歳入で王妃の宮廷費を賄い、つつましく暮らすことをこころがけた。

(ただし、マーガレット王妃の宮廷費は6600ポンド、後には7000ポンドに値上げされ、当時の慣例4500ポンドを上回るものだったそうですから、半分にしたといってもたいしたことないんじゃないかと思いきや、計算すれば、3300から3500ポンド。慣例の額を下回ってるので、やっぱり「功」とみなしてよいでしょう。)

(3) 夫エドワード四世との間に三男七女を儲けた。

世継ぎがしっかりと定まっていることは王権の安定につながります。
エリザベス・ウッドヴィルは、その意味でまさしく王妃の義務を果たしました。

ところで、ランカスター派の騎士の未亡人、身分低きエリザベス・ウッドヴィルとの結婚に反対の意を表する母シセリィ・ネヴィルにエドワード四世は次のように答えたエピが残っています。

「母上、わたしたちの結婚をどうぞ祝福して下さい。(中略)エリザベスは未亡人であり、何人かの子を持っています。わたしは独身ですが何人かの子どもを持っております。多くの子の親になれることは、嬉しくも素晴らしいことです」



要するに、俺は種無しじゃないことを証明済みだし、先夫によって妊娠能力の証明された女と結婚するんだから、世継ぎの誕生は間違いないよ!石女かもしれない処女と結婚するより確実だよ!!ってことかい。

下半身で結婚を決めたwwのかと思いきや、「世継ぎの誕生」という国家的大義に沿う動機はあったのね、エド兄ちゃん。
…事を済ませて、頭がすっきりしたから思いついた言い訳っぽいけど(笑)。

参考:石井美樹子著「イギリス 王妃たちの物語」および、「イギリス・ルネサンスの女たち - 華麗なる女の時代」

う~ん、美貌だけが取り柄の考えなしの女ではないのでしょうが、「時の娘」で好意的に言及されているほどの気立てのよい賢王妃とも思えないなぁ。

身内びいきの欠点で相殺されているっていうか、もたらした災いの方が大きいんじゃないかと。
(中国の王朝だと「身内の登用を控える」「身内だからこそ重用しない」のが、賢后として賞賛される条件のひとつですよね。イングランドは中国じゃないから事情は異なるかもしれませんが)

ということで、エリザベス・ウッドヴィルについては「気立てのよい賢王妃」であったか否か、結論がでないままですが、ネタもなくなったし、彼女についてはこれで終しまい。

しかるにリウィアは初代皇帝アウグストゥスにふさわしい、偉大なる貴婦人であった。

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