1902年01月24日 (金) | Edit |
過去固定エントリにつき、以前いただいたコメントは消しています。ご了承ください。コメントありがとうございました。

昔々に読みました。
「産むことに執着せず、育てることを実践する女性」が登場するまんがを。
悔しいことにタイトルすら忘れてしまったけれど。
作者は万里村奈加さん。
おそらくmimi系のコミックス。

「この世には、こういう女性を描いてくれる大人がいるんだ!」と感激したにも関わらず、ブクオフ価格すら、おこづかいに響く年頃で、立ち読みのままで書棚に戻しました。
今となっては悔いる・・・!

あらすじは、
施設で育つ少年Aに引き取り手が現れた。
新たな養い親は、婚約者もいる女性医師のB子。
二人は紆余曲折を経て親子の絆を育んでいく。

画期的なのは、B子が「受胎可能な体を有し」かつ、「能動的に」「自分の意志で」「産むよりも、育てることを実践」する女性であったことです。

と、言ってもちゃんと理解してくれる人がいるかなぁ…。

日本人て、大前提として、「女は子どもを産みたがる」との決めつけてるじゃないですか。
そんな人たちに、「子どもを産まない生き方を選択する女」もいると通じるのやら。

「今どきの女は体の線が崩れるのを嫌がって子どもを産まんだと!?けしからん!!」との手前勝手に怒るのはまだマシで、「本当は不妊症なのに負け惜しみで『産めないんじゃなく産まない』と言ってるのよ、まー、カワイソ」と決めつけてくるのが大半だと予想できますので、うんざりします。

気を取り直して語ると、こういう「血のつながらない親子が、絆を育んで、本当の親子のようになる」ストーリーって、「養子を迎える」きっかけはたいてい受動的です。

「子どもができなかったので」とか、松山ケンイチ主演の「うさぎドロップ」のように、本人が望まないのにひょんなことでとか。

しかし、B子は、(年齢も若く、婚約者もあり、受胎可能の体であるのに)、「実子を産むことに執着はせず、血のつながりのない『子ども』を育てる」ことを、自主的に、能動的に選んだのです。

万里村さんの経歴、および、他の著作の発行年から推測するに、おそらく、1970年後半から1980年前半の作品です。

30年早すぎた女性像でしょうか。

否。
「実子、実子」あるいは、「(場合によっては他人の卵子を用いても)妊娠、妊娠」と目の色をかえて執着する女が少なくない現実を見るにつけても、そして、そんな彼女たちを「実子を求めるのは当然」「妊娠を望むのは女の本能」と容認し、さらに高度化する医療が、欲望を叶えてくれるようになった現在ではなおさらのこと、受け入れられない、理解されない女性像ではないかと思います。

追記1:
万里村奈加さんは、ミステリ等エンターテイメントに徹したストーリーの中で、自主自立の精神を持って生きる女性を描いておられました。
「プライド」「白の条件」「悪女の日曜日」等、佳品がたくさんあるのに文庫化されない現状が口惜しいです。

追記2:
単独で記事立てする機会がないのでここで書いときます。
これまた昔々、レディコミの読者投稿欄ですっごく痛快な経験談が掲載されていました。
(細部は覚えていないので、大意をくみつつ紹介)

C子さんは連れ子のある男性と結婚し、継子たちを育てています。
自身は流産後、実子に恵まれていません。
ある日、ご近所の女性が言いました。「継子じゃねぇ。自分の子どもじゃないから残念だわねぇ」。
C子さんは堂々と応じました。
「あら、あなたこそ、他人の子を育てる経験なんてお持ちでないでしょ?自分の子どもしか育てていないでしょ?なにを偉そうになさるの」

あっぱれ、C子さん!!

「他人の子を育てる経験なんてお持ちでないでしょ?」
「自分の子どもしか育てていないでしょ?」
まったくです(笑)。
わたしだって母がいます。
ありがたいと感謝してます、わたしみたいな我儘娘を育ててくれて。
子育て中の友人もいます。「自分の子どもを育てる」のが大変だってのはお察しします。
でも、「自分の子ども」を育てていることだけが価値あるものだと思い上がり、他の生き方を見下す思い込みしか身に着けなかったのであれば、軽蔑されたってしかたないでしょう。

それにしても、C子さんの痛快さ。
実子がいないことに引け目を抱いている女性、あるいは不妊に劣等感を抱いている女性であれば、
「こんなひどいことを言われました!もっと思いやりをもって接して下さい、理解して下さい」と、「ください」「ください」の泣き言になるでしょうに。
「わたしは子どもが産めない」と、自己卑下にがんじがらめになってる石女と違って、なんという爽快さ。
自分を卑下しないで生きている人って気持ちいいです。

野田聖子や、向井亜紀や、Sクリニックで実母を代理母にして「出産」した、ああいう浅ましく騒々しい女たちじゃなく、C子さんみたいな女こそ、大きく採りあげられればいいのに。

追記3:
ところで思いっきり余談と言うか、愚痴と言うか、吐き出し。
随分前のことの上、もう閉鎖したらしいので書いちゃいます。
以前、「子どもを持たない生き方」をテーマにした、SNS的な有志のみのネットコミュニティに入っていました。

入会して驚きました。
既存メンバーは「子どもが欲しいのにできない」と悩んでいる不妊女性ばっかり。

ええええええええ?????
ここって、「子どもを持たない生き方」の人が集うとこじゃないの!?
日本語わかってるの??
あんたらの生き方って、「子どもを持てない」じゃないの、詐欺だ、こんなの…。

と、がっかりきたのですが、「礼儀」というものは残る。
それに、他人をやみくもに否定してはいけない。
メンバーたち自身は、一応テーマに沿った「子どもを持たない生き方」を志している様子であったので、違う考え方感じ方を知るいい機会だと自分にいい聞かせ、即退会はせず失望は胸に秘めたまま残留しました。

結局、半年後だったか、一年後だったか、イヤになって退会しました。
(退会は穏当にしました。「一身上の都合で退会します。お世話になりました。ありがとうございます。」と)
なので、その後のことは知りませんが、検索してもひっかかってこないので、多分解散か閉鎖になったんでしょう。

わたしが「石女の地獄」とは、妊娠・出産にしか自分の価値を見いだせない視野狭窄の状態を指すのではないかと思うのは、あの時の経験からもあります。

追記4:
吉田ルイ子「自分をさがして旅に生きてます」

この本の中に、「産むよりも育てることを主張する人々」のタイトルで、アメリカ子育て事情のレポが収録されていました。
出版年からして、1980年前半以前のアメリカの状況でしょう。
タイトルは「主張」でしたが、産むよりも育てることを「実践」している人々のレポでした。

しかるにリウィアは初代皇帝アウグストゥスにふさわしい、偉大なる貴婦人であった。

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