2014年01月17日 (金) | Edit |
ここしばらく漫画話ばっかりでしたが、1月17日はアウグストゥスとリウィアの結婚記念日でもあるので、初心に返って二人の話題を。

それからすべての人を遠ざけ(中略)にわかにこと切れた。リウィアの両腕に抱かれてこう言いながら。
「リウィアよ、我々の結婚生活を、忘れずに、生きてくれ、さようなら」
(スエトニウス「ローマ皇帝伝」アウグストゥス-99)



歴史読本ではアウグストゥスの臨終のセリフとして、自分の人生を喜劇に例えた言葉ばかりが紹介され、無視される傾向にあるのですが、歴としたアウグストゥスの最期の言葉のひとつです。
しかもスエトニウスの記述からすれば、正真正銘の最期の言葉です。

胸がときめく言葉です(笑)。

とはいえ、ふと、「愛情の吐露だけではないかも」と思いつきました。

結婚生活を通じて、でしゃばらず貞淑な妻であったのと同様に、息子の治世になってもしゃしゃりでるなよ、政治に口を出すなよという、アウグストゥスなりの「注意喚起」だったのかもしれないな、と。

アウグストゥスは遺言状のなかで、ティベリウスとともにリウィアにも「アウグストゥス」の使用を認めました。
この尊称を名乗ることが、無形の後押しとなり、ユリウス・クラウディウス家内部での、すなわちローマ帝国内部でのリウィアの重要さ、存在感を増すことになると、十分わかっていた人だと思うからです。

しかしながら、クレオパトラへの牽制もあり、女性の国政への関与を嫌ったアウグストゥスが、なぜ、リウィアにまで「アウグストゥス」の称号を許したのでしょう。

塩野さんは、リウィアの孫にもあたるゲルマニクスへの帝位継承を保証する為のような事を述べていらっしゃいましたが(参考:「ローマ人の物語 悪名高き皇帝たち」より)、自分の回答はまだ出ていません。

しかるにリウィアは初代皇帝アウグストゥスにふさわしい、偉大なる貴婦人であった。

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コメント
この記事へのコメント
おおお!!
アウグストゥス様のリウィア様に残した最期の言葉は、本当に心に染みます!

内助の功とはリウィア様の為にあるような言葉。とはいうものの、男は所詮歳を食っても、心はやんちゃ坊主のまんまですから、相当甘えてたと思います。

なるほど!確かにリウィア様への「注意喚起」にも聞こえなくもないですね!それなのに、なぜ、アウグスタを名乗らせたのか。たしかに気になりますね。もしカエサルの暗殺を踏まえてということであれば、改めて皇族としてのスタンダードを築き、それによって他の氏族を牽制していたような気がします。

アラ・パキスを見て思ったんですが、とても印象的だったのが、アグリッパにアウグルの格好をさせていたんですよね。最初、アウグストゥスかと思ったんですが、博物館で確かめたら、やっぱりアグリッパだったんです。下のサイトにユリクラ関連の家族全員が刻まれているレリーフがあります。アウさんはどうやら、左のほうのバラバラになっているとこにいるらしいです。

http://stephendanko.com/blog/wp-content/uploads/2011/10/Ara-Pacis-Augustae-South-Model.jpg

エジプトにある神殿のレリーフには、アウさんはしっかりとファラオとし刻まれていたので問題なかったのかもしれませんが、こと、ローマではやっぱりそうもいかなかったのかもしれませんね。

話は変わるのですが、ムッソリーニの影響が残っている事にはびっくりしました。アラ・パキスの発掘、ネルヴァやトライヤヌス、アウグストゥスのブロンズの立像など。友人の住んでいるファーノにアウグストゥスの凱旋門があったのですが、そのすぐ側に、ムッソリーニが建てさせたアウグストゥスのブロンズの立像が残ってました。
2014/01/17(Fri) 12:50 | URL  | Josh #-[ 編集]
Re: おおお!!
>Joshさま

こんばんは。
日本全国が哀悼の意を表する中、古代ローマ史クラスタにとっては、アウグストゥスとリウィアの結婚記念日です。

甘えてるアウグストゥスさん、見たいですね~(笑)。
長寿に恵まれ、内乱の100年に終止符を打ち、「帝政」樹立も着々と果たしたとはいえ、アグリッパの死あたりから、いろいろ意に添わぬ出来事もふりかかっていましたから、そんな中、心許せる数少ない存在が、リウィアさまであって欲しいです。

> なるほど!確かにリウィア様への「注意喚起」にも聞こえなくもないですね!それなのに、なぜ、アウグスタを名乗らせたのか。たしかに気になりますね。もしカエサルの暗殺を踏まえてということであれば、改めて皇族としてのスタンダードを築き、それによって他の氏族を牽制していたような気がします。

Joshさまの見解をありがとうございます。
他の氏族への牽制、ありそうです。
「帝位」というか、「第一人者」の地位をユリ・クラ朝のものとすることで、再び内乱に陥ることを防ごうとしたのかもしれないですね、アウグストゥスのことですから。

> http://stephendanko.com/blog/wp-content/uploads/2011/10/Ara-Pacis-Augustae-South-Model.jpg
> エジプトにある神殿のレリーフには、アウさんはしっかりとファラオとし刻まれていたので問題なかったのかもしれませんが、こと、ローマではやっぱりそうもいかなかったのかもしれませんね。

一面写真のリンクをありがとうございます。
小さい子に裾をつかまれているアグリッパですね。アップで見ると、額にしわが刻まれて、あきらかに老いがうかがわれる肖像で。

アウグストゥスはローマではあくまでも「市民の第一人者」でしたから。
韜晦の術に長けておられます。


> 話は変わるのですが、ムッソリーニの影響が残っている事にはびっくりしました。

そういえば、栄光のローマを取り戻せ!と言わんばかりに、古代ローマの素晴らしをプッシュしまくってたんでしたっけ、ムッソリーニは。
今では、ファシストとして悪人扱いですが、ローマ史に貢献してくれたことはありがたいですw
2014/01/18(Sat) 19:19 | URL  | サラ #ndrEhoxc[ 編集]
おおお!!
>アウグストゥスとリウィアの結婚記念日です。
おお!おめでとうございます!なんと喜ばしい日なんでしょうか!アウグストゥス様とリウィア様の末永い愛情が、多くの方々の魂を癒されることを心から願います。

>甘えてるアウグストゥスさん、見たいですね~(笑)。 心許せる数少ない存在が、リウィアさまであって欲しいです。
僕も見たいです(≧∇≦)アウグストゥスがどんな風に甘えるのか?そんな時、リウィア様はどんな想いだったのか。離婚せずにあれだけ長くいられたのですから、二人にしか分からない絆があったはずです。

>再び内乱に陥ることを防ごうとしたのかもしれないですね、アウグストゥスのことですから。 アウグストゥスはローマではあくまでも「市民の第一人者」でしたから。
韜晦の術に長けておられます。
本当ですね。アラ・パキス美術館の前にも、アウグストゥスが拒否した賞賛や称号のリストがズラリと並んでましたが、その長さに驚きました。ドムスも小さかったですし、徹底して内乱を防ぐための努力というか、平和に対する気概を改めて感じました。

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/6c/8161_-_Roma_-_Testo_Monumentum_Ancyranum_presso_Ara_Pacis_-_Foto_Giovanni_Dall'Orto,_29-Mar-2008.jpg

> そういえば、栄光のローマを取り戻せ!と言わんばかりに、古代ローマの素晴らしをプッシュしまくってたんでしたっけ、ムッソリーニは。
ですね。古代ローマのテーマパークを作ろうと考えたり、カリグラが湖に沈めた巨船を発掘させたり。特にアウグストゥスへの憧れが強かったそうですね。それで真似て無茶してエジプトに突入して失敗したとかしないとか。ナチスのアーリア人進化論にも、アウグストゥスとヴェルギリウスの名前を出して、山奥で火を焚いていた人間の末裔の戯言と一笑してます。

> 今では、ファシストとして悪人扱いですが、ローマ史に貢献してくれたことはありがたいですw
そうなんですよね。是非ともムッソリーニが考えてた古代ローマテーマパークwは、完成して欲しかったです。
2014/01/20(Mon) 20:55 | URL  | Josh #r13xZNus[ 編集]
こんばんは。
>Joshさま

> おお!おめでとうございます!なんと喜ばしい日なんでしょうか!アウグストゥス様とリウィア様の末永い愛
情が、多くの方々の魂を癒されることを心から願います。

ありがとうございます!
1995年以降、日本では鎮魂の日ともなってしまいましたが、二人の結婚記念日です。
少数でも、二人を思い、魂を癒される人がいることを願います(その少数の一人はわたしw)。

> 僕も見たいです(≧∇≦)アウグストゥスがどんな風に甘えるのか?そんな時、リウィア様はどんな想いだったのか。離婚せずにあれだけ長くいられたのですから、二人にしか分からない絆があったはずです。

海外の小説では、たまに、いちゃいちゃ、もとい、アウグストゥスがリウィアに甘えている描写があるんですけどねえ・・・。
そういえば、日本語本、さかもと未明さんの「マンガ ローマ帝国の歴史2」で、アウグストゥスがリウィアに甘えている場面がありました。ティベリウスが去り、ユリアを追放し、孤独感を深まる中で、リウィアだけを理解者として、そばにいてくれと甘えてました。

> 本当ですね。アラ・パキス美術館の前にも、アウグストゥスが拒否した賞賛や称号のリストがズラリと並んでましたが、その長さに驚きました。ドムスも小さかったですし、徹底して内乱を防ぐための努力というか、平和に対する気概を改めて感じました。

本人も内乱時代を経験していますから、殺し合いがない世界の実現は、理念ではなく、実体験として身に染みていたと思います。

> 古代ローマのテーマパークを作ろうと考えたり、カリグラが湖に沈めた巨船を発掘させたり。特にアウグストゥスへの憧れが強かったそうですね。それで真似て無茶してエジプトに突入して失敗したとかしないとか。ナチスのアーリア人進化論にも、アウグストゥスとヴェルギリウスの名前を出して、山奥で火を焚いていた人間の末裔の戯言と一笑してます。

古代ローマのテーマパーク!
実現して欲しかった!!
東京ディズニーランドいみたいに、遊園地も併設、もちろんスパ施設を充実させて、一代レジャーランド化させて、と、夢は限りなく大きく広がりますが、イタリア経済を思うと、いまさらもう無理ですね(^_^;)。

2014/01/21(Tue) 20:38 | URL  | サラ #ndrEhoxc[ 編集]
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