2014年01月25日 (土) | Edit |
前提として、わたしの愛読書のひとつはジョセフィン・ティ「時の娘」であり、したがって、「定説」に反して、リチャード三世の甥殺しを否定する立場に賛同しています。
真犯人については、「時の娘」はヘンリー七世を指していますが、わたしは、ヘンリー七世のみならず、母マーガレット・ボーフォートの関与を疑っています。

以下の人物語りは、一般向け歴史本やらネットやらWikiさんやらから仕入れた情報から仕上がった自分のイメージ語りでもあります。
史実語りでもなければ、人物像の検証でもありません。
それらをお含みおき下さい。

◆エリザベス・オブ・ヨーク
エドワード四世の長女にして、ヘンリー七世妃。行方不明となり、殺されたと伝わる「ロンドン塔の二王子」の姉。

彼女の夫のヘンリー七世は王位継承の根拠が弱く、ために、自身の王位を脅かす可能性のある者を次々と合法的に葬っていきました。
スペイン大使をして次のように言わしめるほどに。
「ヘンリー七世とその子供以外、王家の血は一滴たりとも、命あるものには流れていない」

厳密には、王妃のエリザベス・オブ・ヨークも「王家の血を引くにも関わらず」殺されずにすんだ一人なのですが、「時の娘」の見解はさておいても、彼女の身内、血縁をことごとく抹殺する男を夫にしてエリザベス・オブ・ヨークは幸せだったのでしょうか。
また、夫婦仲はどうだったのでしょう。

森護さん、石井美樹子さんの著作では仲睦まじかったとされています。
一方で、「エリザベス・オブ・ヨークは夫に愛されなかった。」「ヘンリー七世は妻を尊重していなかった」との見解もあります。
後者は主にリカーディアン(リチャード三世擁護論者)系のサイトで拝見しました。

わたしはリカーディアンでないけれど、「時の娘」系リチャードさん贔屓の身としては、後者に与したいです。

エリザベス・オブ・ヨークが不幸であって欲しいのではありません。
リチャード三世を敗死に追いやった簒奪者と結婚したからといって、それゆえに彼女が不幸であればいい気味だとは思いません。

ただ、ヘンリー七世が妻と仲睦まじい幸福を手に入れるのは首肯できない。
そして、ヘンリー七世はやはり「ワル」であって欲しい。
妻のエリザベス・オブ・ヨークには愛情はなく、王位継承者を産ませる道具としての価値しか見出していない無情な人物であって欲しい。
こやつに、妻を愛したり、自身の「悪行」に後ろめたさを感じるような人間味があって欲しくない。

だから、ヘンリー七世はエリザベス・オブ・ヨークを愛していなかった。エリザベス・オブ・ヨークは王位継承者を産む道具として扱っていたのでれば望ましいです。

女王とは名のみで、彼女(エリザベス・オブ・ヨーク)には王妃としての力はほとんど無く、宮廷の諸事万端はすべて彼女の母親マーガレット・ボーフォートが取り仕切っていたのである。
(ダイクストラ好子「王妃たちの闘い」p36より引用)



そして、たとえ、夫からは子どもを産む道具扱いされていても、エリザベス・オブ・ヨーク自身は、ヨーク家の生き残りとして、また弟を殺した男の子どもを産まなければならない身として、「産んでヨークの血を残す」事が己の使命だと心に期した生き方をしていたらいいなと。

アーサー王太子が亡くなった時、母として悲しみの底に落とされながらも、「わたしにはまだ妊娠する力があります」(当時36歳)と夫を慰め、事実その言葉通りに妊娠してのけた心底にあったのは、夫への愛ではなく、「わたしがヨーク家の血をつながねば」との、生き残った者の悲壮な使命感ではなかったかと想像しています。

◆マーガレット・オブ・ヨーク
エドワード四世の妹、リチャード三世の姉。
ブルゴーニュ大公シャルル突進公の妻。実子なし。

弟リチャードの敗死後、ヨーク家の残党を支援して反チューダーの活動を繰り広げたけれど志ならずであるのは周知の通り。

わたしはリチャードさん贔屓なので、マーガレット姉さんの反チューダー活動の肩を持ちたいところですが、ランバート・シムネルやパーキン・ウォーベックを「甥」と認めるなんてやや浅はかに思えます。
こう思ってしまうのは、後世の人間の傲慢でしょうか。

だって、この二人、ヘンリー・チューダーに輪をかけて出自の怪しい人間ですよ。
ヘンリー・チューダーを追い落としても、周辺諸国からそこをつかれて、結局イングランドが喰い物にされていたのでは?
最悪、後代のポーランド分割のような悲劇も有り得たかも。

もしかすると、ランバート・シムネルを神輿に担ぎ上げて、最終的にはジョン・ドゥ・ラ・ポールに継承させるつもりだったのかもしれないけど。
してみると、ジョン・ドゥ・ラ・ポールの戦死は大きな痛手でした。

ところで、マーガレット・オブ・ヨークは子どもに恵まれませんでした。
1503年まで生きていた彼女は、姪のエリザベス・オブ・ヨークがヘンリー・チューダーの子を次々と産み、新興チューダー朝の安定に貢献しているのをどう考えていたのでしょう。

◆シセリィ・ネヴィル
リチャード三世母。息子の死後なお10年生きる。享年80歳。

素朴な疑問なのですが、「簒奪者」リチャード三世の母として、ヘンリー七世からなんらかの迫害を受けることはなかったのでしょうか。
息子のリチャード敗死後は、宗教活動に専念していたと記述されているのですが、生活費を断たれて困窮したりはしなかったんでしょうか。

あのヘンリー七世は、相手が老婦人だからといって、情けをかけるほど甘くないと思うんですが。

しかるにリウィアは初代皇帝アウグストゥスにふさわしい、偉大なる貴婦人であった。

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