2014年03月27日 (木) | Edit |
(注意1)ネタばれ、史実ばれに配慮していません。
(注意2)改訂にあたって、以前いただいたコメントは消しています。ありがとうございました。








掲載誌の表紙を飾った二回分と、コミックス1巻の表紙を並べました。
毎回、リチャードとヘンリー六世のツーショットです。
「二度会うは偶然、三度会うは運命」との言がありまして、だとすれば、本作のリチャードとヘンリー六世は運命的に結ばれているのでしょう(笑)。

軽口はさておき、本作は、リチャードとヘンリー六世の関わりを深く描いていかれるご様子です。
ヘンリー六世は、完全にランカスター側、リチャードが属するヨーク家と敵対する側との刷り込みがあったので、予想外でした。
二人の間に三十は年齢差があることは、知らないふりをいたしますw。

◆わたしは、参考文献大好き人間なので、それらが記載されていなかったのが残念です。
「誠のくに」では、最終頁に一覧がありましたのに。
しかし「誠のくに」は全一巻なので、「薔薇王」は今後に期待します。最終巻でまとめてかもしれませんし。

◆第1話、1コマ目の、後ろ姿の人物はだあれ?
今更ですが、誰なんでしょう。
赤薔薇(ランカスター)家の人物ですから、ヘンリー六世かと思いますが、状況がよくわからない。
「互いが敵である徽章(しるし)としよう」と、物騒なこと言ってます。

◆雑誌掲載時からいくつか修正されてます。

目立つとこのひとつめは、第1話で、父を迎える時のリチャードの正装。
雑誌掲載時は、中二病的な、もとい、棘々しい手甲付の鎧だったのに、いつもの黒一色の服装に同色の胸当てを着け、簡素な姿になってます。
そして、左胸には白薔薇を。

ジョージ兄ちゃんまで、胸に白薔薇なので、二人並んだ場面は、まるで祝賀会の出席者みたいw。

目立つとこのふたつめは、第4話の「ヘンリー六世、ヨーク公リチャードに王位を簒奪される」場面の描き足しです。

リチャード二世がヘリフォード伯ヘンリー(ヘンリー四世)に王位を奪われた場面を彷彿とさせます。
61年前は、ヘンリーがリチャードを跪かせ、王位を奪い、そしてこの度は、リチャード(ヨーク公)がヘンリーを跪かせ、王位を奪ったのですね。

◆リチャードは、「男」として育てられている「女」じゃないのか?

「両性偶有」の設定に、真っ向から異議を立ててなんですが、まとめて読み直していて、唐突に思い浮かびました。
本作内においてリチャードの体に秘密があることが何度かほのめかされていますが、性別については、第1話で、
「あんたは男じゃない、かといって女でもない」
と、ジャンヌ・ダルクの亡霊の口から語られたのみです。

このセリフは、「男」として育てられている「女」にも適用可能かと思います。

「女」だから「男」になりきれない。即ち「男」でない。
そして、「男」として振る舞うことを求められているので、「女」でもない。

じゃあ、なぜ女児を男として育てたか。
身体に秘密があることはたしかです。
ただ、細っこくても、見る、話す、聞く、理解する、判断する、動く等、挙措動作に不自由な点は見受けられない(※)ので、身体及び精神の機能に障害を負ってるようには見えません。
だから、直接身体の障害とはならない、例えば、「666」あるいは悪魔の形の痣があったとか、人面疽とか(わたしの想像力はこの程度)。

(※)外見で「不自由はない」「障害はない」と見えても、例えば、「音として認識はできるけど、意味のある言葉として人声を聞き取るのが非常に困難」「視力が極端に悪く慣れた自分の家の中以外では何も判別できない」といった状態もあります。
現実には外見だけで人が抱えている障害を断定することは出来ませんが、創作中の人物なので大雑把に断定します。

身体に人目をはばかる痣を刻印された娘を不憫に思い、女子として生きるよりも、男子である方が自力で人生を切り開くことが出来て生き易かろうと、男子として育てることにした・・・、これでは、無理がありすぎるか。

あるいは、双児。
第3話の表紙絵は二人リチャードでした。
男女の双児で生まれたけれど、女児のみ生き残って・・・、これだと、「身体の秘密」の理由がつけられないし、男子として育てる動機付けもできないな。

双子は双子でも、結合双生児であれば、両方をクリアできるうえに、当時の感覚であれば、尋常ならざる者として忌み嫌うのも有り得ると思う。卓絶した技量の医師のおかげで、誕生時に切り離しに成功したけれど、男児は死亡、女児のみ生き延びて・・・、あ、だめだ、結合双生児で性別が異なるってことは有り得ない。

実はパパさん、ちょっと精神に変調をきたしていて、生まれた娘を息子と思い込んで、ずっとそのままでいてるとか・・・、だんだん辻褄合わない想像になってきてるので、切り上げますが、一応「リチャードは女」説を、明確に否定できるまで、心の引き出しに保管しておきます。

リチャードにつきまとってる幽霊、ジャンヌ・ダルクが、「男装の罪で処刑された」女であることと、感想で何度か触れた通り、「15世紀の医学で、新生児の両性具有がわかるのか?」という疑問がひっかかっているんですよ。

ただ、本作のジャンヌ・ダルクはかなりユニセックスなキャラデザなので、この子も「女」ではなく、「両性偶有」設定かもしれません。

◆「両性偶有」って、第1話表紙の煽りと、毎号の人物紹介欄と、コミックス1巻の帯にしかない文言です。
本編の内容のみでは、両性偶有と断定できないので、大胆なネタばれだわ。

こういう箇所は担当さんが考えると聞いたことがあるのですが、打ち合わせの上だろうから作者さんの意向に添ってるんだろうと思います。
だから、わたしの「リチャードは女」説も思いつきの枠をでないものです。

◆・・・と、ここまで書いて、「新生児 性別」でぐぐってみたら、今では「両性偶有」ではなく、「性分化疾患」と表現するとのこと。
そして、「染色体やホルモンの異常により、外見で男女の区別が難しい新生児が約2000人に1人の割合で生まれているとされる。」

本作のリチャードも誕生した時、「外見上で男女の区別が難しい新生児」だったのでしょうか。
しかし、「外見上で男女の区別が難しい」赤ちゃんだっただけで、ああまで忌み嫌うものなんでしょうか、シセリィお母さま。
それに、お産の手伝いをした侍女たちの様子も、尋常ならざるものを見た驚愕の表情だったのも解せません。

やっぱりよくわかりません。

◆本編を読んでる限りでは、両性偶有だと断定できないと思うんです。
なんでわざわざ、第1話の表紙煽りで、人物紹介で、コミックスの帯でばらすかなあと訝しいのですが、もしかして、読者が「男装ヒロインもの」と思い込まないようにでしょうか。
「両性偶有」の四文字がなければ、第2話で、「男装ヒロインきたーーーー」になりかねんし、そうなると、読者の期待も当然、男キャラとの恋愛に向かいかねんし。

◆雑誌掲載時にはなかった断り書きが目次に記載されています。
お約束の「この作品はすべてフィクションです。(後略)」の他、「作品内の全ての表現において作者に差別の意図はございません」。

歴史ものだと「史実を元にしたフィクションです」となるのが通常ですが、「差別の意図はございません」ですか。
いろいろ思う所はありますが、コミックス出版に際しての慣用句ということで、ここでは感想を控えます。

シェイクスピア版悪王リチャードであるなら、シセリィお母さまの不貞と、不義の子ネタもありかなあ。
悪王版リチャードは王位簒奪の為に、母の不貞を言い立て、エドワード兄さんとジョージ兄ちゃんを不義の子呼ばわりし、自分だけがヨーク公の正統な息子であり、したがって王位を継ぐ権利を有するのも自分だけであると主張しました。

「不義の子」ネタを用いて、リチャードの父がヨーク公でなく、シセリィお母さまが、暴漢に襲われて妊娠した子であるとすれば、お母さまがリチャードに抱く嫌悪と、一方で「この子を産んだわたしの責任」を痛感するのも筋が通る!?
パパさんは、妻に非はない、子にも非はないと寛大な気持ちで受け入れたという展開で・・・、といっても、これじゃあ、お母さまが忌み嫌う「身体の秘密」は説明できないですね、はい、たわごとです。

◆差し伸べられた手を拒絶するのは、自分に自信がないから。

ヘンリー六世とアン・ネヴィル、二人が見せたリチャードへの好意と、仲良くなりたいという意志を拒絶したリチャードを見て思ったことです。

たぶん、怖いのだと思います。

自分に自信がない。
自分を愛していない。
自己評価が著しく低いから、「今、好意を寄せてくれていても、本当の自分を知ったら、嫌われてしまう。がっかりして離れていってしまう」との恐怖がある。
だから、去られてしまう前に、自分から拒絶してしまう。

自分に自信がない、愛せない根源は何かというと、まだ明確になっていない「身体の秘密」なんですよねえ。
そして、「身体の秘密」ゆえに母に拒絶されていることと。

◆パパさんのこと。

リチャードを愛するいい父親なんですが、息子(便宜上「男」と見なします)が抱えている身体の秘密への劣等感をどうとらえていたのやら。

リチャードといる時は、いつもこだわりのない愛情ふれる表情だったのですが、あの顔を見てると、例えば、足を切断して苦しむ子ども前で「お前が足を失っても、パパはいつまでも愛してるぞ!」と言うだけで、片足でも生活できる工夫や、医師とのやりとりといった現実的な対処はうっちゃらかし、何よりも、苦悩する子どもの心に寄り添い理解しないで励ましているだけの父親像が浮かんできます。

あるいは、男性向けドラマでよくあるパターンの、姉妹や恋人が強姦されて、怒り、復讐の為に起ちあがる、でも、被害を負った姉妹(或いは恋人)の心身のケアはほったらかしのヒーローが。

生きたパパさんの出番は1巻かぎりでしょうが、リチャードにとっては希望の光であったことと、ジャンヌ・ダルクとの因縁(第2話冒頭)も明かされていないので、今後も回想で出番はあるでしょう。
わたしがパパさんに抱く批難が覆される事実が明かされると期待します。

◆「この子を産んでしまったわたしの償いなのです」

読者の目からは、シセリィお母さまは「ひどい親」なんですが、リチャードはシセリィお母さまの子であると同時に、パパさんの子でもあります。
なのに、お母さま一人が「我が子の問題」抱え込んでしまってる。

パパさん、息子だけでなく、妻の心中の苦悩もほったらしか、と思ってしまいます。

ヘンリーさんちみたいに、夫婦仲が悪いわけでもないのに、なぜ、こうもリチャードに対する気持ちと態度がかけ離れているのでしょう。

この点の解明も今後の展開待ちです。

◆ヘンリー六世とアン・ネヴィル

リチャードに好意を寄せ、手を差し伸べた二人ですが、第4話の時点では明暗が分かれています。

どちらの手もリチャードは振り払ってしまったのですが、龍の逆鱗、否、怒りを呼ぶ逆鱗ではなく、悲哀と辛苦を呼び覚ます傷口に触れてしまったアンは拒絶されてしまいましたTwitterで言う所のブロック、ブログで言えばアク禁、携帯では着拒状態になってるのかもしれない。

一方で、ヘンリー六世は拒絶されていません。
リチャードも本心ではヘンリー六世を受け入れたい、いえ、むしろ、縋り付きたい気持ちでいるように見受けられます。
が、先に書いた、自分の「本当の姿」を知られることへの恐怖から、どうしても受け入れることができない。

わたしは「リチャード=男」の刷り込みがある上に、アン・ネヴィルが好きなので、リチャ&アンの関係に注目していましが、本作のリチャ&ヘンリーの動向を見守りたいと思います。
ヘンリー六世、リチャードに手ひどく振られてもぜんっぜん、めげてないようだし(違)。

アン・ネヴィルにもめげずに健闘して欲しい(笑)。

◆マーガレット王妃の過去の不貞と、エドワード王太子が不義の子である可能性がほのめかされましたが(「王は羊飼い(ヨセフ)だからさ」)、わたしにはそうは見えないんです。

愛しい男には蕩けそうな表情になるマーガレット王妃の、エドワード王太子に対する態度も表情も尋常で、恋しい男の忘れ形見に対するものじゃないなあと。

それと、エドワード王太子はまつ毛ビシバシで、ヘンリー六世に似てるじゃんとも思います。

◆画面に表れた限りでは、ヘンリー六世の息子に対する感情が読み取れません。

エドワード王太子に目線を向けたことありましたっけ?声をかけたことありましたっけ?

画面外で、息子ときちんと関わってる場面があるのかもしれないですが、画面に表れた限りでは、エドワード王太子の存在に気が付いていないかのよう。

ヘンリー六世は人間くさい他のキャラと異なって、浮世離れした妖精さんみたいな人だから、世の常の父とは異なる態度になるのかもしれないですが、なんか不安を感じます。

息子のエドワード王太子に対する態度だけに限らず、他のキャラクターたちが、ちゃんと自分以外の他人の存在を認識していて、愛情であれ憎悪であれ、他人と関わって生きているのに、ヘンリー六世はまるで一人きりの夢の世界に生きているよう。

その夢の世界に土足で踏み込み、荒々しく蹂躙し、無理やり現実世界にひっぱり出そうとしているのが、マーガレット王妃で、夢の世界で共に生きてくれそうなのがリチャードなのかしら。

それにしても、父は妖精さん、母は鬼、もとい、厳母、この二人の元で育ったにしては、委縮する事もなく、捻くれる事もなく、まっとうに育ってるなあ、エドワード王太子は。

◆「あなたってなんだか他の人と違うんだもの」

このセリフ、何度も読み直すんだけど、流れを汲んだら怒りを呼ぶ言葉じゃない。
「普通」の人にとっては。
(「普通」って言い方は失礼なんだけど、他に適切な単語が思い浮かばないので)

自惚れの強い人なら、例えば、お調子者のジョージ兄さんなら、
「そーだろ、そーだろ、俺ってやっぱり、他人と違うだろ?あーんな凡人どもと違うってか?王になる器ってか?ほら、俺ってトクベツだからさ~♪」
こんな感じで、「凡人どもとは違う、一頭抜きんでてる素晴らしいオレ」と解釈しちゃうでしょう。

ジョージ兄さんほどお調子者でなくても、「平凡なその他大勢とは異なる、特別な魅力や能力を持った者」への賛辞として受け留めると思うんだけどなあ。

結句、リチャードが自分に抱く自信のなさ、即ち身体への劣等感が、「『普通』の人間ではない、迫害されてしまう異常な者」を指す言葉として響いてしまうのでしょう。

なんだか「破戒」の丑松を思い出します。
おそらく丑松も、志保から「あなたってなんだか他の人と違うんだもの」と言われたら、賞賛の流れでの言葉であっても、「差別を受ける己の出生」に意識を向けてしまい、喜びよりは怖れを強く感じるのではないでしょうか。

◆リチャードを「女」と思い込み、コメディリリーフのような役どころも負ったエドワード王太子ですが、興味深いです。

リチャードは、彼にとって憎悪すべき「敵」であった。
それなのに、思い込みですが、「女」であると知ったとたん、リチャードは「敵」でありつつも、「気にかかる女の子」となりました。
今後、どちらの比重が大きくなるかはわかりませんが、今のとこ、「敵」であることを棚上げしてるみたいです。

リチャード本人は何も変わっていないのに、エドワード王太子がリチャードに抱く性別認識が変わっただけで、リチャードの存在価値も大きく変わったのです。

本作が男装ヒロインものならば、「恋愛フラグきたーーーー」なんですが、本作のリチャードは「両性偶有」で、それゆえに劣等感を抱いているのですから、「他人が性別を勝手に認識する」「性別によって他人の見る目が変わる」のは、むしろ、厭わしいことだと思うのですが・・・、ごめんなさい、考えがまとまりません。

エドワード王太子だけでなく、わたしも「男装ヒロインならば」と、性別で物語への認識を変えてます。

◆元々、リチャードが「悪魔」呼ばわりされていることを知って、裸にひんむこうとした、もとい、体を検めようとした事も、エドワード王太子の頭からこぼれちゃってる様子です。

リチャードは「敵」どころか「悪魔」疑惑の持ち主ですよ。
それなのに、「女」と認識したとたん、「気にかかる女の子」ですよ。

リチャードの身体の、まだあばかれていない箇所に「666」の刻印があるかもしれんのに(ねーよ)(←セルフつっこみ)。

◆リチャードを女として見た場合、失礼ながら、可愛らしさ、美しさ、優しげな雰囲気にかなり欠けています。
そんなリチャードでも、「女」と認識したとたん、頬を染めるって、どんだけ女に免疫ないんですか、エドワード王太子www。

最初から女と思っていたら、ただ「陰気で棒切れみたいな女だな」ですむところだったけれど、「男と思っていたら女だった!」意外性がもたらす衝撃ゆえか。

あるいは乳か、初めて(←推測)女の乳房に触れた衝撃ゆえか(笑)。
すっごい微乳なんだけどな!

◆わたしの心配は、リチャードを勝手に「女」と思い込んだエドワード王太子が、「両性偶有」と知ったとたん、自分の思いこみを棚に上げて、「だましたなあっ!」と、一方的にリチャードを責めて、傷つける言葉を吐く展開になることです。

男の人にはたまにいるんです、「女に勝手な思い込みを抱いて、その思い込みから外れたら騙されたと被害者づらするタイプ」が。
「髪を染めてないから身持ちが堅いと思ってたのに、合コンに参加した過去があるなんて!ボクを騙したな!」
「看護婦だから優しいと思ったのに、風邪をひいたボクの面倒をみてくれずに仕事に行くなんて!ボクを騙したな!!」

エドワード王太子、こんな見苦しい男にはなるなよ!

◆エドワード王太子にとってリチャードは「女」ですが、ヘンリー六世にとっては「男」です。

これまた唐突な思いつきなのですが、ヘンリー六世、リチャードが「男」だから心許してるんじゃないでしょうか。

「王は超敬虔なクリスチャンだぞ」
「王は女がお嫌いなのだ」
(いずれも第3話)

細っこくて、まだ性的に成熟していない外見の「男」だから、好意を寄せることが出来てるんじゃないかとも思います。

エドワード王太子にとっては、リチャードが「女」だから敵であっても気にかかる存在であるように、ヘンリー六世にとっては、リチャードが「男」だから心許せる存在である、と。

◆超敬虔なヘンリー六世は結婚後も性関係を拒んでいた。しかし、「世継ぎを作らなければならないのですっ」と、鬼の形相のマーガレット王妃に押し倒されて、出来た子がエドワード。
その事がトラウマになって、ますます女性を忌み嫌うようになったヘンリー六世、とのネタが浮かびました。

もしかすると女性に対して超潔癖なヘンリー六世の為に、女官の数を極端に少なくしてて、かつ、雇うのは性的魅力に乏しい女ばかりにしたので、結果的に、エドワード王太子は女に免疫を持てない環境で育つはめになり、微乳リチャードに頬を染めることになった!?

◆作中設定はわかりませんが、史実ではエドワード王太子とリチャードは1歳違いです。
息子と同じ年頃の少年に縋り付くヘンリー六世、じゃなくて、リチャードには心を開いてるのに、息子をスルーな様子のヘンリー六世がなんだかなあです。

もしかするとヘンリー六世は「子ども」なのかも。

「いやだ、わたしはもう闘いたくない」と蹲る。
「リチャード、君に会いたいよ」と、体育座りで涙ぐむ。
こういう所作を見ていると、作者さんは意識的に彼を「子ども」として描かれておられるのかな?と思う時があります。

ヘンリー六世を「子ども」だと見ると、「僕の名はヘンリー、僕と友達になってくれないか」も、実に、子どもらしい仕草に見えてきます。

ていうか、ヘンリー六世も、母に捨てられた「子ども」なんだよなあ。

「子ども」であるとすれば、「父」である自覚に乏しいのもむべなるかな。

◆出番は少なかったですが、キングメーカー、ウォリック伯(この人もリチャードw)の策謀家らしい雰囲気がよいです。

◆キーパソンかもしれない、ケイツビーくん。
この人も1巻での出番は少なかったけれど、父母、乳母と共に、リチャードの身体の秘密を知る人物なので、重要な役どころかと思います。

ケイツビーくんも、パパさんと同様に「リチャードの秘密を知った上で、リチャードを受け入れている」人物なのですが、リチャードはケイツビーには少々情が薄いような。
全く嫌ってはいないし、弱音を吐くほどには心を許している様子ですが、臣下相手だから、対等の愛情や信頼を寄せる相手とは見てないのかなあ。

◆ヘンリー六世が重要人物であるなら、タイトル「薔薇王の葬列」は、リチャードだけでなく、ヘンリー六世にも捧げられるのでしょうか。

◆マーガレット王妃のお乳は大きい。
第1話のラスト、胸乳を強調する衣装とはいえ、おっぱい大きいねえ。
これを目にする機会に恵まれているのに、なぜ微乳に頬を染めるんだ、エドワード王太子(笑)。

やっぱり、初めて(←推測)、実際の乳に触れた衝撃ゆえか。

戦場に出るくらいのお年頃で、王太子の立場で、美形とくれば、女もよってくるでしょうに、女の乳に触れることもなく(←推測)生きてきたってことは、やはりこの子は、異性に対して超潔癖なヘンリー六世の御子息であろうと思います(笑)。
(父の対異性超潔癖症は、エドワード王太子には薄まって伝わっていて、今まで女には興味ない程度であったのでは)

◆それにしても、マーガレット王妃、なんであんな乳が半分も見える衣装を着てたんだ。
第1話、しかもトリなので読者サービスで派手に決めたか、異性に対して超潔癖な夫への嫌がらせか(笑)。

◆リチャードは肌を露出しない。
指先まで手袋で覆ってるぜ!手にも何か秘密が!?と注視しましたが、第2話で手首から先が露出したところ、特に変わった点はないみたいでした。
(あと、第1話のチビリチャ時代、パパさんに抱きつく時、手袋なしでしたが、こっちも目立つ点はなし)

しかし、他のキャラが、「手袋を着用する時もある」程度であるに比べ、リチャードの身体隠ぺい率はかなり高いです。
顔と頭以外は露出させてない。

◆リチャードは鬼太郎ヘアである。
左眼を頑なに隠しているのかと思いきや、けっこう他人にさらしてる様子。
てことは、この左眼は他人に見られても大丈夫ってことなんでしょうか。
家族以外でも、この左眼を見て、驚いた様子を見せてないし。

そしてこの左眼はなに?
オッドアイ?義眼?

わたしはネタばれ及び史実ばれに配慮せずに書いています。ここから先の感想は、物語の終わりに触れるので行を開けます。
「以下、さらなる史実ばれ有り」「一部反転有り」

















よろしいのですか?物語の終幕に関わる史実ばれですよ?














いいんですね?では、どうぞ。







◆リッチモンド伯ヘンリー・チューダーも、「ヘンリー」です。
リチャードにとって、「口に出すのも嫌な名」ですよ(第3話)。
ヘンリー・チューダーの名を聞く頃には、耳に入るのも嫌な名になってるかもしれない・・・。
ヘンリー再びってことで。
以下、少し反転。

つまり、ヘンリー(六世)殺しのリチャードを、ヘンリーの名を持つ者が追い詰めるってことになる!?
今話を引っ張ってる主要人物たちが、ばんばん退場していくので、その後、誰でどう話を動かすか心配でしたが、リッチモンド伯ヘンリー・チューダーが意外と目立つかもしれません。


◆ボズワースの平野に立つリチャードを見た。

第2話中ほど、1巻70p目、最後のコマ、
「臆病者たち!王は退かぬ」
と、独白している後ろ姿は、ボズワースに立つリチャードであろうと思いました。

作者さんは巧妙に、「臆病者たち!王は退かぬ」と宣言するリチャードと、次ページの「最後まで戦い抜くのです。父上!」と叱咤するリチャードを、読者が同一と見なすように描いておられますが、言葉の指すところが異なっていること、また、「臆病者たち!王は退かぬ」のリチャードは、戦闘用の鎧を着用していることから、「王は退かぬ」の姿は、今のリチャードが垣間見た未来の自分、即ち、ボズワースの平野に立つリチャードではないでしょうか。

「臆病者たち!王は退かぬ」

ランカスター派との決戦の地となったボズワースの平野で、自軍が崩れ、味方が逃走し、劣勢に陥っても国王リチャード三世は退かなかった。
なぜなら、父が自分に誓ってくれたから。
「王となった今、二度と戦場で退かぬと」
自分へのその誓いの通り、劣勢の戦にも退かず、戦死したから。

父の名をもらい、父の志を継ぎ、王となった自分が退くことはできなかった。
父が自分に誓ったように、自分も父の誓いを破るわけにはいかなかった。

◆ここから先はリチャードの最期に関わるので、反転仕様です。

フォロワーさんが第4話のパパさんの最期を指して、ボズワースでのリチャードを彷彿とさせるとおっしゃいました。

リチャードの最期は、シェイクスピア版では、リッチモンド伯ヘンリー・チューダーとの一騎打ちでの敗死であり、史実では、少数の従者を連れ、リッチモンド伯ヘンリー・チューダーの軍に突撃するも、ヘンリーに一太刀も浴びせることなく、雑兵たちの刃に斃れました。ヘンリーの旗持ちを倒すとこまで肉薄したんだけど。

パパさんは、宿敵マーガレット王妃を視界に捉えながら、衆寡敵せず、雑兵に足を斬りつけられ身動きできない状態となり、槍衾となりました。

もしかすると、リチャードの最期は、史実ヴァージョンで、パパさんのリフレインになるかもしれません。


以上、第1巻では、このように、リチャードの最期への伏線がいろいろ張り巡らされておりました。

しかるにリウィアは初代皇帝アウグストゥスにふさわしい、偉大なる貴婦人であった。

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