2014年07月06日 (日) | Edit |
あるいは、「歴史創作は作者が自由に作っていい」

ネットしてて、好きな歴史上の人物を悪しざまに書かれて憤慨している人々の意見を拝見する機会がありました。
まんま転載はできませんので言いたい点を挙げれば、
「フィクションだからといってここまで悪しざまに創作していいのだろうか(いやよくない!)」
「ちゃんと史実に沿って書いて欲しい」
「もっと、実在の人物に敬意をもって書いて欲しい」
といったところです。

わたしも好きな人物をさんざん貶めてた小説、まんがを読んだことがあるので、この方々が悲憤慷慨する気持ちはよくわかります。
わかるんだけど、必ずしも首肯できません。

「フィクションだからといってここまで悪しざまに創作していいのだろうか」

いいと思います。だってフィクションってそういうものだもの。
第一「悪しざまな創作」がいけないんなら、「美化する創作」もいけないことになる、とわたしは思います。
「悪しざまな創作」を否定することは、結果的には、創作に手枷足枷を増やすことになるのでは。

「ちゃんと史実に沿って書いて欲しい」

「史実」に沿うだけでは創作はできますまい。
そもそも作家が目指すのは「史実の再現」じゃなくて、「読者を魅了する創作」ではないでしょうか。
それに「史実」自体、頻繁とは言わずとも、研究が進んで塗り替わる事があるじゃないですか。

「もっと、実在の人物に敬意をもって書いて欲しい」

「創作としての面白さ」と「実在人物への敬意」を秤にかけて、作家が前者を選んだとしても間違ってると思いません。わたしは。

わたしは、「歴史創作は作者の自由にやっていい」と考えています。
信念に由来するものであれ、好き嫌いの発露であれ、考察の結果であれ、何をどう書こうと作者の自由です。

ええ。
オクタウィアヌスを陰険で小狡いだけの無能な下種と人物設定しようが作家の自由です。
リウィアが、息子ティベリウスを帝位につける為に、マルケルス、大アグリッパ、ガイウス、ルキウス、アウグストゥス、アグリッパ・ポストゥムスをことごとく葬り去ったと物語ろうが、作家の自由です。
創作はそれが許されていると思います。

ん?
普段、好き嫌いが激しいくせに、寛大なことを言ってるじゃないかって?

いえいえ、寛大でもなんでもありません。好き嫌いが激しいからこそです。
なぜならば、作家に創作の自由があればこそ、読者の側にも、自分の感想を表明する自由が許されると思うからです。
大好き!と賞賛することと同様、不快な創作に対して辛辣な嫌悪を表明することも。

わたしは、「作品は作者のものであるが、感想は読者のもの」であると考えております。

読者が作品をどうこうできないんです。
どれほどに、不愉快なキャラが登場しようが、腹立たしい展開になろうが、作者が必要と判断したのであれば、そうすることを止められません。
逆に、好ましいキャラが現れようが、嬉しい展開になろうが、それとても、同様に、作者から受け取るのみです。

「受け取るのみ」と言っても、「だから、どんな展開になっても黙ってろ」とは思いません。

「感想は読者のもの」なのですから、作者、および、作者や作品の信者、もとい、ファンとは関わりなく、自分の感想を表明していいと思います。
幸い、現代では、こうしてネット上でささやかに自分の感想を述べる場があります。

そして、わたしは、他人に節度を求めるならば、当然自分も節度ある振る舞いをしなければならないと考えます。

創作側に節度を求めて、不快な創作にかちあった時、怒りと嫌悪をぐっと我慢する羽目になるよりは、創作者の自由を尊重し、面白い作品には喜び、腹立たしい歴史創作に対しては自分の怒りのままに手厳しく感想を表明する立場を有していたいと思います。

て言うか、歴史創作への好き嫌いは、青池保子さんがいみじくも指摘される通り、しょせんは個人の感じ方に端を発する「共感」だと思います。
すなわち、
「共感できればいい作品」
「共感できなければ悪い作品」

「史実」だ「敬意」だのを持ち出すのは、不平不満を正当にみせる為の口実で。
だから他人にだけ偉そうに節度を求めるよりは、お互い自由にしていたいと思います。

歴史小説は(中略)作品全体にその作家の価値観が投影されるため、共感できればいいが、少しでも違和感があると読むに耐えない。ことに自分が好きで詳しく調べた分野が、妙な脚色でとんでもないことになっていたら、書店でその小説をみかけるだけでストレス指数が上がる。
青池保子「『エロイカより愛をこめて』の創りかた」第13章)より引用



関連後エントリ:【作家は面の皮が厚くなければ生きていけない(その2)】

他関連エントリ:【「気に入らなければ読まねばよい」にもの申す(その1)】

しかるにリウィアは初代皇帝アウグストゥスにふさわしい、偉大なる貴婦人であった。

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コメント
この記事へのコメント
大いに賛同!
お久しぶりです、とても興味深い内容でしたので、ついつい筆をとりました。

なるほど、今は結構厳しい人がいるんですね。好きだからこそ思いれが強い分、その人物を美化したくなる気持ちって分かるような気がしますが、それに憤慨されて、自分達の望通りに描け!と訴える人がいるんですね。幸か不幸か、そういった読者とまだ知り合った事はありませんので分かりませんが、正に神格化されてしまっているんですね。

やっぱり僕もアグリッピナファンだから、言わずにいられない部分ってありますね(苦笑)最近、ヤマザキマリさんの新作『プリニウス』を読んでいたら、何故かネロがハドリアヌスに並みにイケメンで筋骨隆々に描かれて、やっぱり母親のアグリッピナは妬み恨みで血だらけの亡霊として出てきました(悲)。また亡霊演出かよ!って。そういった意味で、「NERO ザ・ダーク・エンペラー」でのアグリッピナの描き方は、子を守るために必死だった母性を感じられて良かったです。

確かに「悪しざまな創作」を認めないのなら、「美化する創作」だけを望むのは勝手ですね。美化された人物が無双状態で在って欲しいなら、それこそ無双ゲームだけで愉しんだ方が健全かもしれませんね。でも人の魅力は完全無欠よりも、どこかに弱さがあったり欠点があるからこそ、面白いんだと思います。

大工のあんちゃんを書き始めた頃に、チェリーボーイの設定をどうするか?真剣に考えていました(苦笑)。色々と人に相談した所、良くないんじゃない?という意見が圧倒的でしたが、漠然とでしたけど、敢えてそのまま描き続けていたんです。ふたを開けてみたら、非難どころか面白いと。幼馴染は「チェリーだからこそ説得力がある!」などと言ってました。そして物語もチェリーのおかげか、キャラクター同士で連鎖反応が起きて、完全無欠の筈だったヨハネのアニキでさえも弱い部分が出てきたり、ユダの妬みや恨みなどがリアルに描けたり、作者が想像だにしていなかった展開が生まれたりするんだな~って思いました。

「作家は面の皮が厚くなければ生きていけない」確かにそうですね。物語を面白くさせる為に、度胸も嘘もつかないと駄目かもしれません(爆笑)。それと同時に、だからこそ、素晴らしいアイディアの前では奴隷でありたいという願いもあります。

「作品は作者のものであるが、感想は読者のもの」
ある意味、書きあげてしまった後は、自分の手を離れてしまっているので、自分が書いたという自負や経験が残っている感じです。
2014/07/22(Tue) 12:22 | URL  | Josh #r13xZNus[ 編集]
Re: 大いに賛同!
>Joshさま

こんばんは。
コメントありがとうございます。

> なるほど、今は結構厳しい人がいるんですね。好きだからこそ思いれが強い分、その人物を美化したくなる気持ちって分かるような気がしますが、それに憤慨されて、自分達の望通りに描け!と訴える人がいるんですね。

「訴える」と言っても、自分のブログの中とか、同じ感じ方の人が集うコミュニティ内部での感想なので、制限されるものではないかと思いますが、たまに、作者さんに直接訴えてしまう人もいるみたいです。

> やっぱり僕もアグリッピナファンだから、言わずにいられない部分ってありますね(苦笑)最近、ヤマザキマリさんの新作『プリニウス』を読んでいたら、何故かネロがハドリアヌスに並みにイケメンで筋骨隆々に描かれて、やっぱり母親のアグリッピナは妬み恨みで血だらけの亡霊として出てきました(悲)。また亡霊演出かよ!って。そういった意味で、「NERO ザ・ダーク・エンペラー」でのアグリッピナの描き方は、子を守るために必死だった母性を感じられて良かったです。

アグリッピナ様擁護派Joshさまならではの感じ方ですねw
「プリニウス」はまだ読んでないのですよ。
アグリッピナ&ネロ母子が幽霊で登場とは風のうわさで聞いていましたが。
妬み恨みの血だらけ亡霊でしたか。。。

「NERO ザ・ダーク・エンペラー」は一度見たはずなのに詳細を覚えていない(情けない)。
オクタウィアにせよ、アティアにせよ、アグリッピナにせよ、女たちが堂々としてて逞しかったような?
ラストでネロが民衆に責められてあさっり自害してしまって、弱さが際立っていただけに、よけいに女たちが強く見えたような印象です。

「セスタス」だけはかろうじて覚えています。
アグリッピナさまの出番がここんとこありませんが、強くもあり弱くもあり、人間くさいキャラクター造形で好感が持てました。

> 確かに「悪しざまな創作」を認めないのなら、「美化する創作」だけを望むのは勝手ですね。美化された人物が無双状態で在って欲しいなら、それこそ無双ゲームだけで愉しんだ方が健全かもしれませんね。でも人の魅力は完全無欠よりも、どこかに弱さがあったり欠点があるからこそ、面白いんだと思います。

そうなんです。
「悪しざまになる」のも創作の一手段なら、「美化される」のも一手段。
一方だけを否定されるのは首肯できません。

> 大工のあんちゃんを書き始めた頃に、チェリーボーイの設定をどうするか?真剣に考えていました(苦笑)。

面白いです。
相談した人々の意見よりも、インスピレーションに従った方がいい作品になったのが。
まさに、作者がキャラを作るけれど、作られたキャラが命を持って動きだすという現象ですね。

> 「作家は面の皮が厚くなければ生きていけない」確かにそうですね。物語を面白くさせる為に、度胸も嘘もつかないと駄目かもしれません(爆笑)。それと同時に、だからこそ、素晴らしいアイディアの前では奴隷でありたいという願いもあります。

好きな作家さんであっても、「面の皮の厚さ」はひしひしと感じます(笑)。
嘘も虚構も我が身から絞り出す、作品を産み出す人というのは、とてつもないエネルギーをお持ちだとお思います。

> 「作品は作者のものであるが、感想は読者のもの」
> ある意味、書きあげてしまった後は、自分の手を離れてしまっているので、自分が書いたという自負や経験が残っている感じです。

生まれてしまった子どもは、我が子であっても、自分の手の届かない別個の人格であり、産みだした親である自負はあっても、意のままにすることは出来ないようなものでしょうか。

作品は作者さんのもの、とことん書きたい事を追及して書きつくしていただいて、感想は読者の意のままにさせていただきますw
2014/07/23(Wed) 20:40 | URL  | サラ #ndrEhoxc[ 編集]
No title
ご返事ありがとうございます!!

> たまに、作者さんに直接訴えてしまう人もいるみたいです。
すごいですね!直接、作者に訴えてしまうんですか。でも思いれがあるからこそ、成せる技なのかもしれませんね。

> アグリッピナ様擁護派Joshさまならではの感じ方ですねw
お恥ずかしい話ですが。でも、複雑なんです。あんまり美化されてしまっても、アグリッピナらしくないな~って感じもするんですよ(苦笑)。たとえばヘンデルの楽曲のアグリッピナとかは、かわいすぎる感じがしますし。

> アグリッピナ&ネロ母子が幽霊で登場とは風のうわさで聞いていましたが。 妬み恨みの血だらけ亡霊でしたか。。。
ヤマザキさんには悪意は無いのでしょうけど、ルキウスの妻リウィアに然り、アグリッピナに然り、どこか男を駄目にする駄目な女にされている気がしないでもないです。それなのにポッパエアはテルマエに出てきたさつきのような容姿で、イケメンのネロの前では猫を被り裏では策略をしているけど、それはあくまでも夫に尽くす良い女に描かれてて。こらこら!アグリッピナだけを悪女にするなんてずるいぞ!って思いましたw


>オクタウィアにせよ、アティアにせよ、アグリッピナにせよ、女たちが堂々としてて逞しかったような?
ラストでネロが民衆に責められてあさっり自害してしまって、弱さが際立っていただけに、よけいに女たちが強く見えたような印象です。
そうなんですよ。「ダーク・エンペラー」では、女性が添えものではなかった所がすごく良かったです。「紺青のユリ」でも多分に影響は受けています。ポッパエアを演じたイタリア女優さんも美しかったですし、メッサリナを演じたSonia Aquinoは大ファンになっちゃいました。


> 「セスタス」だけはかろうじて覚えています。 アグリッピナさまの出番がここんとこありませんが、強くもあり弱くもあり、人間くさいキャラクター造形で好感が持てました。
僕も同感です!あの泣き上戸なアグリッピナは、とっても好感が持てました!ちょっとネロを突き放しているところも。最近出番が無いのは、ネロとアグリッピナのキャラが強烈すぎて、正直主人公よりも際立ってしまっているからですかね?

> 相談した人々の意見よりも、インスピレーションに従った方がいい作品になったのが。
まさに、作者がキャラを作るけれど、作られたキャラが命を持って動きだすという現象ですね。
やっぱり最初はすごく不安なんですよね。大丈夫かな~って。でも、僕は物語を進めながら、キャラクターの性格付けや味付けをしていくので、やはりインスピレーションに従ってうまくいくと、本当に良かった!って思えます。

> 嘘も虚構も我が身から絞り出す、作品を産み出す人というのは、とてつもないエネルギーをお持ちだとお思います。
多かれ少なかれ、多分、何かを生み出す殆どの人が、それが架空のキャラクターであれ、史実のキャラクターであれ、本当に実在しているんだって思い込んでいるんだと思います。だから、物語が終わった後に読み返すと、びっくりする事がたくさんあったりするんですよ。あ、こんなこと書いていたんだ~とか、こんな風に思ってたんだ~とか。


> 作品は作者さんのもの、とことん書きたい事を追及して書きつくしていただいて、感想は読者の意のままにさせていただきますw
やっぱりそれが良いですよね!読者の感想があるから、作者はさらに刺激を受けて高見を目指して行きたくなりますし。紺青の中で一番反響があったのが、アグリッピナがネロを産む前に長女を産んでる設定だったんです。お叱りを受けるかなって思ってたら、逆に結構多くの方から「あの長女はアクテですよね?」とか、「ネロとアクテを引き離すアグリッピナの理由は、アクテが実の娘だったからなんですね?」とか頂きました。まぁ、ちょっと先のプロットがばれちゃったんですけど、意外な反応でびっくりしました。やっぱり作者と読者って泥棒と刑事だと思うんですよ。色々な仕掛けを用意したり、起伏をこさえたりしながら、読者をミスリードしたりするんですけど、その中でも自分が飽きないように、必死に自分も愉しませないとやっぱり面白くないんですよね。だから読者からの感想って、作者にはとっても刺激になるんです!「くっそー!見破られた!次はそうはいかないからな!はっひふへほー!」と思いつつ、でも心の中では感想に感謝しているんです。
2014/07/25(Fri) 10:56 | URL  | Josh #r13xZNus[ 編集]
>Joshさま

こんばんは~。

> すごいですね!直接、作者に訴えてしまうんですか。でも思いれがあるからこそ、成せる技なのかもしれませんね。

今はネットがあって、作者と読者の距離も近くなっていますから、訴えやすいんでしょう。好意的な感想ばかりでなく、批判も。
自分が中学生の頃にネットが今みたいに普及してなくてよかったです。
あの頃ネットにアクセスできていれば、中学生特有の正義感とか独りよがりの精神で、あちこちの作家さんに偉そうにコメントを書き散らしていたかも・・・(汗。

> お恥ずかしい話ですが。でも、複雑なんです。あんまり美化されてしまっても、アグリッピナらしくないな~って感じもするんですよ(苦笑)。たとえばヘンデルの楽曲のアグリッピナとかは、かわいすぎる感じがしますし。

あまり貶められるのはいや、でも美化されすぎるのもいや、ファン心理は複雑です(笑)。
アグリッピナさまはネロの母でもあって、わりかし採りあげられ易い人物だから、いろんな作家さんの描き方を比べる楽しさが良い点だと思います。

> それなのにポッパエアはテルマエに出てきたさつきのような容姿で、イケメンのネロの前では猫を被り裏では策略をしているけど、それはあくまでも夫に尽くす良い女に描かれてて。こらこら!アグリッピナだけを悪女にするなんてずるいぞ!って思いましたw

ポッパエアまで登場とは!
だったら、ティトゥスの悲恋の相手、ベレニケ王女も出てくるのかしら・・・。

それにしても、「夫に尽くす良い女」としてのポッパエアって珍しい。それなりに、既存イメージを打破してオリジナル・ポッパエアを描こうという野心をお持ちなのでしょうか。
その野心をほんの少しでもアグリッピナの描き方に割いて下さっても良かったのにw


> そうなんですよ。「ダーク・エンペラー」では、女性が添えものではなかった所がすごく良かったです。「紺青のユリ」でも多分に影響は受けています。ポッパエアを演じたイタリア女優さんも美しかったですし、メッサリナを演じたSonia Aquinoは大ファンになっちゃいました。

メッサリナも出てたんですね(忘れてた)。
わりかし、背の高い女優さんも多くて(男優さんと並んでもそん色ないくらい)、その点でも「堂々としている」ように見えました。
あー、また見たくなっちゃったなー(笑)。

> 僕も同感です!あの泣き上戸なアグリッピナは、とっても好感が持てました!ちょっとネロを突き放しているところも。最近出番が無いのは、ネロとアグリッピナのキャラが強烈すぎて、正直主人公よりも際立ってしまっているからですかね?

泣き上戸アグリッピナ、愛らしい(似合わない誉め言葉)ですね。
本当に、オリジナルサイドも重要なんでしょうけれど、史実サイドにももっとスポットを!
ネロりん、まだ母殺しに至ってない・・・。あと何年かかるんでしょう。

> 多かれ少なかれ、多分、何かを生み出す殆どの人が、それが架空のキャラクターであれ、史実のキャラクターであれ、本当に実在しているんだって思い込んでいるんだと思います。だから、物語が終わった後に読み返すと、びっくりする事がたくさんあったりするんですよ。あ、こんなこと書いていたんだ~とか、こんな風に思ってたんだ~とか。

作り出す側が産みの苦しみと引き換えに得られる、一種の「快感」でしょうか。あるいはもっと深い「感動」。
自分の血肉を削って作り出してるんですから、ある意味、本当に「実在」しているのかもしれないです。作者と読者の心の中に。

作者さんが感想に感激なさるとの同様に、読者も感想に感激していただいて嬉しく思うものです。
Joshさん執筆がんばってください。応援してます!
2014/07/27(Sun) 19:35 | URL  | サラ #ndrEhoxc[ 編集]
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