2014年08月15日 (金) | Edit |
(注意)ネタばれに配慮していません。
また、文中で何度か「やりまくる」等、露骨な表現を用いています。


ソーニャ文庫のさんのいいところは、他の乙女系文庫に比べて、書店で購入し易いタイトルであるとこだと思うのですが、「変態」ですって。
自分のブログに「変態」の文字を掲げることになるとは・・・w。


「変態侯爵の理想の奥様」
作者:秋野真珠
イラスト:gamu


一応、作者さん買い+ヒロインのキャラ設定買いです。

「一応」と断っているのは、作者さんの前作「旦那さまの異常な愛情」はわたしの好みにドンピシャでしたが、こたびは新作。当然ながらキャラも設定も一新され、本作は世の多数派である「男性が年上のカプ」ってことで、やや気乗りしませんでした。
しかし、「旦那さま」ではとても楽しませてもらったしな~と思いチェックしたところ、ヒロインは早死にした母に代わって家政の切り盛りと幼い弟の育児に忙殺された為、作中の世界観では嫁き遅れとなる25歳ということで買いました。
いえ、ポイントは「嫁き遅れ」ではなくて、25歳の大人の女性であり、無為に過ごして徒に年を重ねたのではない、家政の束ねを経験した、分別のある、しっかりしたヒロインであることが購入の決め手です。

だから作者さん買いではあるけれど、ヒロインのキャラが購入動機として大きいです。
幼稚系ヒロインだったら買ってません。
幼稚系ヒロインであっても、ヒーローが同レベルで共に成長していく物語は好きです。
読みたくないのは、幼稚系ヒロインが大人ヒーローに従うストーリーです。

◆常識的で分別のあるしっかり者、夫からの愛情に戸惑い、結果的にややクールに対応してしまうヒロイン。
空気読めない、他人の思惑を気にかけない、己の欲望に忠実で、ヒロインの迷惑も省みず熱愛するヒーロー。
二人の会話は最後までかみ合わず。

この二人、わたしのお気に入りの前作「旦那さま」のジャニス&マリスとイメージがかぶるところがあり(特にヒロインとジャニスが)、邪道な読み方になりますが、パラレルワールドのジャニス&マリスの物語として楽しませていただきました。

ヒーローが、ヒロインより8歳年上の33歳とはいえ、非常に幼稚で、全然年上らしさが感じられなかったのもイメージかぶりの要因です。

しかし、マリスはジャニスより10歳年下の17歳なので、あの困ったちゃんぶりも苦笑いで済みましたが、本作のヒーローは33歳の年齢と幼稚な精神が釣り合わず、あまり好ましく思えませんでした(詳細は後述)
わたしは「男がリードし、女が従う」パターンは好きじゃないので、その意味では、悪くないヒーローだったんですけどねえ・・・。決してヒロインより優れている人物ではなかったのですから(閨のテクを除く)。

マリス同様ヒロインより年下で、作中現在で十代であれば、あの幼稚さも受け入れられたんですが。
かといって、年齢相応に「大人」で、ヒロインをリードする展開は好みじゃないし。
痛し痒しです。

◆前作「旦那さま」と同じ作画者さんです。
前作のササラ、本作のビーナなど、「美しくも愛らしい少女」も描けるけれど、ヒロインを幼稚な外見にせず、ちゃんと大人の女性として描いて下さってるのが嬉しいです。

またこの話で恐縮ですが、某ラノベ、文章ではこれでもかっというくらい絶世の美女としてヒロインを描写しながら、添えられたイラストが幼稚なデカ目美少女であった、あの残念さ。

本作は、豊満な乳房とふっくら艶やかな唇といった、ヒロインの魅力をイラストでもちゃんと描いて下さってます。

例えば、表紙カラーでのヒロインのポーズ。乙女系で大事な「ヒロインは受け身」の見せ方を守りつつ、彼女の豊満な乳房を誇示するかのような姿勢です。
首元まで覆うドレスで胸乳をほぼ隠しているのに、主役二人の容貌よりも、ヒロインの乳房の豊満さが目立ってるw

そして作中のイラスト、全て、ヒロインの唇を艶トーンで強調されてるんですよ。あ、残念、最後の一枚には艶トーンが無かった。惜しい。

結婚翌日の、ヒロイン、ヒーロー、家令スリーショットのイラストが好きです。
本作のイメージが凝縮されていると同時に、各キャラの立ち位置が一目でわかります(笑)。

表紙カラーも落ち着いた色合いで好きです。
ちょっと生意気な言い方になって恐縮ですが、本作では適宜黒ベタが使用され、前作のように「ベタが極端に少なく、似た感じのトーンが多くて見づらい」印象がなくなり、見ててすっきりする作りになっています。

◆前作に比べ、文章が格段にいろどりに富む印象になってます。
色彩描写が増えたという意味じゃなく、前作、大好きなのですが、またテンション高くテンポのいい文章であるのは変わりないのですが、本作と比べるならモノクロのような感じです。
頭の中にある言いたいことが上手く表現できなくてもどかしい・・・。

例えば侍女たち。
前作では、ジャニス仕えたルツァという侍女がいたのですが、構成上、本筋には関わりないまま、最初と最後に少し登場しただけでした。名前のある侍女キャラであり、「侍女の鏡」と賞賛されるほどにジャニスに忠実であっただけに少々設定負けのような扱われようでした。
本作では侍女たちには名はなく、たんに「侍女」であるにも関わらず、要所々々でいい存在感を出してます。

例えばストーリーの起伏。
前作では、基本的にやってるだけで話が進んで、最後に正妃暗殺を巡る陰謀にジャニスが巻き込まれて、と、わりかし単調に進んだのですが、本作では、盗賊問題、ビーナの横恋慕と二度ヤマ場があり、何よりも、合間々々の二人が心を通わせていく過程の描写も細やかでした。
そういえば、ヒーロー視点が前作より書き込まれてました。
前作では、八章立ての物語の中で、第二章と第六章の一部のみがヒーローであるマリス視点で、マリスの気持ちをもっと知りたいわたしとしては、少々物足りない構成でした。偏っててバランスが悪いなとも感じました。

本作は前作ほど熱心に読み込んでないので少々無責任な言になりますが、前作のようにひっかかる単語使いも見当たりません(「旦那さまの異常な愛情 感想(その3)」参照)(リンクは末尾)
(強いて言えば、帯の文「早く子どもが作りたい」がヘン。「が」が助詞「を」の働きをすることは知ってますが、この一文だけならば、「を」を用いた方がおさまりがいいのでは?)

偉そうな言い方を許してもらえば、「小説として格段に上手になってる」印象です。

それでもわたしの前作への愛は変わりませんぞw
欲を言えば、本作の筆力で「旦那さま」を読みたかったなあ・・・と。

◆単語使いと言うならば、結婚翌日のヒロインによる「謀られた!」が良かったです。

「騙された」ではなく、「謀られた」と感じたところに、ヒロインの人柄の良さがうかがえます。

◆侯爵の「変態」っぷりについて。

辛口感想もありますが(詳細は後述)、深く考えずに物語のスパイスとして読めば、傍の目を省みない侯爵の「変態」っぷりと周囲の困惑、両者のギャップがリズミカルに描写されていてとても楽しく、本作の魅力のひとつと思います。

田舎貴族で若くもないわたしをなぜ花嫁に!?と面喰うヒロイン

結婚式での親族の尋常ならぬ喜びよう

さらに戸惑うヒロイン

結婚祝いへのお礼状に対して返ってくる感謝状

さらにさらに困惑するヒロイン

結婚式前後以外でも、両者のギャップは、終始リズミカルな流れで繰り広げられ、とても楽しかったです。
このリズムの良さは、「ミュージカル」のようです。

この物語は「お芝居」ととらえてもいいのかも。
変態侯爵は「ボケ」役。
ヒロインはじめ常識人の周囲は「ツッコミ」役。
そして、読者はそういった作劇上のお約束を呑込んだ「観客」で。

乙女系というジャンル自体が、「作劇上の約束」を呑込んで読む「お芝居」かもしれないです。
でなくて、コンセプトのひとつに「凌×」なんてのが挙がるはずもないわ。

◆わたしは、ヒーローである侯爵について、本感想の後半で、さんざんな評価を下しているのですが、ロマンスもののヒーローとしての美点もふたつ、しっかり備えていることに思い至りました。

ひとつ。
欲情するのはヒロインに対してだけ。
官能小説にふさわしい言い方をさせてもらうと、「挿れたい対象はヒロインだけ」、あるいは「勃つ対象はヒロインだけ」。

↑これはロマンスものヒーローとして必須条件かと思いますが・・・、

ふたつ。
ヒロイン以外の女を性欲処理の道具として使っていない(推測)。

↑この条件はロマンスものであっても必須ではないように見受けられます。だから備えていれば、わたしの価値感では、ヒーローとしての値打ちがランクアップします。

推量ですが、侯爵は「セカンド・ヴァージン」ではないかと。
少年時代に「大人は汚い」病に罹患し、男盛りの33歳にして、ヒロインを相手にするまでは「枯れた」自覚(p163)があったことから推し量りました。

だから、侯爵は「いい年」した男性ですが、少年時代以降、性交経験はなく、したがって性欲処理の為に女を使うことはなかったと思います。いや、思いたい。
でないと、侯爵の数少ない美点が消えてしまう(笑)。

忘れてた読書記憶を思い出しまして、以前、ハーレのヒストリカル・ホット・ロマンスものを三冊ほど読んだことがあります。

なんで忘れてたと言うと、非常に不快な作りであったから。
なんで不快であったかと言うと、わたし目線では、ヒーローが非常にモラルの低い人物造形であったから。

このてのロマンスのお約束として、ヒロインがヴァージンで、ヒーローが経験済みの精力絶倫テクニシャンなのはまあ仕方ない。
しかし、選んだ本が悪かったのか、揃いも揃って、「性欲処理の為」の愛人を抱えたヒーローばかりでした。
作中であからさまに「性欲処理」と記述されてはいませんでしたが、扱いがまさにそれ。
その愛人たち(女中だったり、娼婦だったり、奔放な未亡人だったり)を捨てて、ヒロインにぞっこんになる展開だったんですけどね。

ヒロインを超いい気持ちにさせるテクは性欲処理用の愛人で磨いたもの、という合理的な説明なんでしょう。
そして、当て馬女とは別格のヒロインの素晴らしさ(性欲処理用女の対比だから、たぶん「純潔」「貞節」)を強調する意味合いもあるのでしょう。
けれど、わたしはこういう設定が大嫌いです。

ヒロインに本気でぞっこんだからいいじゃないかとは思いません。
女に「性欲処理用」とのレッテル貼り、その女を足下に踏みつけにして、ヒロインに「本気の愛」とやらを囁くヒーロー及び、それをうっとり受け入れるヒロインなど、二人そろってコキュートスで氷漬けになっちまえ!

ヒロインを苛めるライバル女が登場するのはいい。
ヒーローがヒロインの為に、ライバル女をこてんぱんにするのもいい。
けれど、「性欲処理に使ってよい女がいる」、そんな考え方を肯定する物語なんて軽蔑します。
ちょい脱線しますが、ヒーローによる「ヒロイン以外の女はどうでもいい存在である。そして、どうでもいい存在である女たちに『性欲処理用』のレッテルを貼り、使用する」という考え方、ネットで見かけるミソジニー男性による「女性蔑視であると同時に女とやりたい欲望で満々」思考にそっくりです。
ロマンスものヒーローとミソジニー男性に共通点があったとは!
よっしゃ、このてのヒーローを「ミソジニー型ロマンス・ヒーロー」と名付けよう。

話を元に戻して。

女中だから性欲処理に使ってOK?
娼婦だから性欲処理に使ってOK?
奔放な未亡人だから性欲処理に使ってOK?
断固としてNOです。
誰であれ、どんな女に対してであれ、「性欲処理の為に使っていい女」とレッテルを貼る権利はありません。
「性欲処理の為に女を使う」、そんなモラルの低いヒーローは軽蔑します。
そんなヒーローを受け入れるヒロインも軽蔑します。

そんなヒロイン&ヒーローを受け入れる読者も(自粛)。
くだんのヒストリカル・ホット・ロマンス、本国では人気作家の人気作品で、同系列作品の邦訳も続々入ってきてるらしく、彼我を問わず、「性欲処理用当て馬女を捨てて、ヒーローがヒロインにぞっこんになる」展開を歓迎する女性読者も多くいるということなんですかねえ・・・。

閑話休題。

侯爵の場合は、モラルの高さゆえに身を律したのではなく、いわば「怪我の功名」ですが、とにかく、トラウマゆえとはいえ、セカンド・ヴァージン(推測)となるまで過ごし、結果的にですが「性欲処理の為に女を使う」ことがなかった(推測)のは、美点として指摘したいです。

そういえば侯爵は、初めての性体験に溺れたとはいえ、また、少年らしい純情さとはいえ、てほどきの娼婦のことも、決して「道具」扱いはしてなかったです。

ちなみに前作のマリスは・・・。
ジャニスの為にテクを磨きたいと娼館通いをしましたが、だからこそ、娼婦のおねえさまたちに対しても、「道具」として接したのではなく、「師匠」として相対したと思いますよ♪
何よりも「最後の一線」はジャニスの為に守り通してますから(笑)。
ちょい脱線。
「貞操は愛する女性に捧げるんだ。だから挿入はしない。でも、彼女を喜ばせる、あらゆる手管を教えて欲しい」と乞われたおねえさま方の、びっくりな胸中を想像すると楽しいですw 盛り上がる話題の種になってたことでしょう、娼館でwww

脱線ついでに。
わたしが読んだソーニャ作品の中で、ヴァージン(←男にも適用可能な単語)であるのがはっきりしているヒーローは前作のマリスと「君と初めて恋をする」(水月青著)のクラウスです。(ヴァージンと推測できるのがもう一人。しかし決定打がない・・・)
二人とも好きなヒーローでありますが、理由のひとつに「ヴァージン」があります。処×厨ならぬ童×厨じゃなくて、同じくヴァージンであるヒロインとの対等性と、ヴァージンであるなら、「性欲処理の為に女を使った経験がない」ことも大きいです。
しかも、ロマンスもののヒーローなので、その後もヒロイン以外と交わることはないでしょうから、結果的には、「過去にも未来にも、決して女を性欲処理の為に使うことがない」ヒーローたちでもあると思います。
「君と初めて」については本感想後半で少し触れます。

関連エントリ:【ミソジニー型ロマンス・ヒーロー】

◆「旦那さま」が良かったので、他のソーニャ文庫作品も読みまして(詳細は後述)、この乙女系というジャンル、性描写はなんでもありだなあ(お察しください)と知ったのですが、さすがにス××ロ、本格SM、妊娠中Hは除外かと思ってたら、本作ではありました。妊娠中H。

もしかしてソーニャさん初?あるいは乙女系全体でもかなり珍しいのでは。
ソーニャさんを全部読んだわけでなし、また他の乙女系文庫は読んでないからなんとなくそう思う程度です。思い違いであれば指摘乞う。

前者ふたつが避けられているのは、対象読者である女性が強い嫌悪を抱くと推測されるので。
後者は、「妊娠」自体が、乙女系が提供する「夢の世界」にふさわしくない「現実」に思えたからです。
妊娠は女性にしか起こりません。
女性にとっては、「セックスしたら妊娠する可能性がある」ってこと自体が、かなり重い現実です。
だから、乙女系は避妊せずにやりまくっても、言葉責めで「孕め」とプレイしても、赤ちゃん誕生を意識しても、決して妊娠はしないまま終わるものだと思ってました。いわば、「女が避妊せずにセックスしても都合よく妊娠はせずに快楽だけを貪れる」世界、これが乙女系。

なので本作で「妊娠」と「妊娠中H」が実現したくだりでは、「ほう」と思いました。
「都合よく」妊娠しないのと同様、ヒロイン&ヒーローにとっては「都合よく」妊娠が実現したのですから、乙女系の筋は通してるとも言えます。
あの場面、「おめでた」が発覚しなければ、二人の喧嘩は収拾がつかなかったでしょうから。

二人の妊娠中Hについては、可も無し不可も無しの印象です。
魅力がなかったという意味ではなく、他の性愛描写と同様、不快感なく受け入れることが出来たという意味です。
ただわたしの好みを言えば、身重の妻の体を労りたいのでHしたいけれどできないでいる、侯爵の苦悶がもっとあれば好ましかったです。

◆ヒロイン弟と奥さんのカプが気になりますw。
ヒロイン弟と、彼がしっかりしたところを好ましく思い娶った3歳年上の奥さんとのカプが。ジャニス&マリスの10歳差に比べれば、同い年みたいなものですがw。

スピンオフがあれば嬉しいですけれど、ソーニャ文庫さんのヒーローは、大絶倫が条件みたいなので、ひょろりとした印象(←姉であるヒロイン視点)の弟さんでは無理ですかしら(笑)。

それに、ヒロインが育てたのだから、弟さんはきっと常識人だろうしねー(笑)。

ここから先はヒーローである侯爵について、辛口感想になりますので少し改行します。

改行前に、ここで読み終える方(笑)の為に、お気に入りの前作「旦那さまの異常な愛情」の感想にリンクを貼っときます。

「旦那さま」と「奥様」、「異常」と「変態」で前作と対になってるのかしら・・・。

関連エントリ:
【秋野真珠「旦那さまの異常な愛情」(その1)】
【秋野真珠「旦那さまの異常な愛情」(その2)】
【秋野真珠「旦那さまの異常な愛情」(その3)】


他関連エントリ:
【秋野真珠「愛玩王子と姫さま」&桜井さくや「執事の狂愛」】





















わたしは本作が娯楽小説であるのを理解しています。
本作が幼児教育をテーマにした小説ではないことを理解しています。
ヒロイン&ヒーローの官能的な交わりと、二人の心が結ばれるまでの紆余曲折を楽しむ作品であるのを理解しています。
侯爵の「変態」っぷりも、いわば物語のスパイスであろうことを理解しています。
スパイスなのだから、傍の困惑も省みない侯爵の幼子愛好ぶりと、それを危惧して振り回されている周囲のギャップを楽しんで読むものなのだと理解しています。
この物語をわたしは楽しく読みました。


けれど、楽しんだこととは別に、侯爵の幼子好みについて思ったことを書いておきます。
なお、わたしは侯爵が幼女趣味であるとは思いません。対象は男女を問わない、幼子好みであると解釈しています。

この侯爵、親族たちの危惧とは別の意味で、子どもにとっては危険な人であろうとわたしも思います。

なぜなら侯爵が愛しているのは「幼子」ではないから。
侯爵が愛しているのは自分の夢だから。
侯爵が愛しているのは「子どもは純粋無垢である」という夢です。

分別のある大人であれば、「子どもだからといって、純粋無垢とは限らない」と知っています。
どんなに幼い子どもにあっても、妬み、嫉み、憎しみの感情は発生するのですから。
そして、「純粋無垢とは限らない」と知ったうえで、子どもたち一人々々の美点を伸ばし、子どもたちが負の感情を乗り越えて、他人を責めず、自分を責めず、生きていく道を示してやるのが、子どもと関わる大人のあり方ではなかと思います。

しかし、侯爵は、どうやら「子どもは純粋無垢である」という夢に浸って、甘やかし放題にしていたみたいなんですよねえ・・・。

おそらく侯爵の元に集う子どもたちは、侯爵の夢の通り「純粋無垢」な子どもたちばかりだったのでしょう。

ここで、ダークな想像が浮かびました。

侯爵を良く知る有能な家令ファノリス・バッツが、侯爵の夢にふさわしくない子ども、意地が悪い、盗癖がある、乱暴すぎる等、いわゆる問題児、および、侯爵の愛情の利己主義を見抜く聡明な子どもらを始末していたのではないかと。

始末といっても殺害ではなく、不適切な子どもの場合は、親に金をやるなり、仕事を世話するなりして、侯爵の託児所に来させないように因果を含めたのではないかと。

託児所はここ数年のこととはいえ、侯爵の幼子愛好は18年の長きに渡っていたのです。
侯爵が関わった子どもたちの問題行動として、ビーナ(※)が初めての例だとは思えません。

(※)ビーナ
侯爵の託児所で育った少女。愛らしい容姿の16歳。すでに託児所は卒業し、お針子として働いている。
侯爵への慕情が、侯爵夫人になる野心へと醜く(←侯爵視点)変貌し、正妻であるヒロインを殺害しようとした為、修道院入りの処罰を受けた。



侯爵が幼子を愛でて暮らした18年の間には、ビーナのように、愛人の座を狙った女の子たちが他にもいたでしょう(或いは、純粋に侯爵に恋心を抱き、身分違いに諦めた娘さんもいたでしょう)。
侯爵の財産と権力に欲心を抱き、恩恵にあずかろうと下心を抱いた男の子もいたでしょう。
男女問わず、いわゆる「問題児」とされる子どもたちもいたでしょう。
男女問わず、侯爵の「醜さ」「愚かさ」を見抜く聡明な子どももいたでしょう。

家令によって、それらは全て排除されていたのでは。

勘ぐれば、ビーナがお針子として働き始めたのも、家令の差し金かもしれません。
今まではそのまま排除できていたのに、何も知らぬヒロインが関わってしまい、刃傷沙汰になったのは誤算でしょうが。

家令の暗躍はわたしの想像に過ぎませんが、子ども本人ではなく、「子どもは純粋無垢である」という夢を愛する侯爵は、子どもにとって良い存在とは思えません。

なぜなら、侯爵は「大人」を否定しています。
そもそも幼子の純粋さを愛するようになった動機が、大人の醜さを知ったからで。

でもね、子どもは大人になるのです。
子どもは成長するのです。身も心も。
やがて大人になることもひっくるめて子どもなのです。

大人を否定することは、子どもを否定することでもあります。
大人が醜いのであれば、良き大人になるよう導いてやればいい。
けれど、侯爵はそうしなかった。

侯爵が見ているのは、「子どもは純粋無垢である」という夢であって、子ども本人ではないから、子どもたちが大人になる手助けなんて考えもしなかったんでしょう。

「子どもは純粋無垢である」という自分の夢の園で生きている男、そういう意味では、好きになれない、むしろ拒否感を抱くヒーローであります。

なんていうか、ヒロインが大人で好ましいだけに、彼女に不釣り合いな幼稚な男という印象が最後まで払拭できなくて、なんでこんなのとくっつくんだという苛立ちが残りましてねえ・・・。

◆ヒロイン&ヒーローを見てて頭に浮かんだ川柳。子育て中のママさんによる、

「産んだはずのない夫が長男」

現実の子どもを理解しようとせず、自分の夢である「子どもの純粋さ」に浸りきっている侯爵の姿は、まるで子どものようで、夫には見えませんでした。

17歳のマリスですら、ジャニスの夫に見えたのに。
おそらく、マリスには、「ジャニスにふさわしい夫になりたい!」という強い意志があったからでしょう。

そういえば、マリスは子どもよりも何よりもジャニスが一番でしたね。いや、一番と言うより、唯一大事な存在がジャニスでした。

ヒロインは侯爵に満足していましたが、彼は夫と言うより、年を重ねただけの幼稚な息子・・・。

先に書いた通り、わたしは本作が娯楽小説であると理解しています。
幼児教育をテーマにした物語ではないことを理解しています。
侯爵について否定的なことを述べましたが、深くとらえず、スパイスと見なせば、滑稽でもあり可笑しくもあり、本作の魅力のひとつになっていると思います。


ついでに、侯爵の年齢をまだ十代だと脳内変換すれば、あの幼稚さも許せます。
邪道極まりないですが、そういう形で読ませてもらいました。

ああっ、だめだっ。これで33歳だなんて腹が立つ!状態だったので。

最終的には侯爵はヒロインに感化され、子どもを甘やかしてばかりではだめであると理解し、子どもたちの将来も視野に入れた教育にも力を注ぐようになったので、幼稚なままではなかったと言えないでもないですが。
夫の成長物語、とも言えるかな?

しかし、本来の33歳という設定を意識すると、やはり、ヒロインの夫と言うより、幼稚な「産んだはずのない」長男に見えてしまいます。

ヒロインが大人で好ましいだけに、彼女に不釣り合いな幼稚な男という印象が最後まで払拭できなくて(繰り返しにつき以下略)。

◆わたしのブログなので、わたしの好みで言いますが、ヒーローのこのキャラであれば、前作と同じく年下である方が好感を持てました。

しつこく言いますが、侯爵って33歳にもなって、本当に大人げない。幼稚。

だけど、まだ十代なら許せます。

「大人は汚い!」と中二病(笑)を患った十代年下ヒーローが、「跡取り作り」の大義名分の元、「毒をもって毒を制す」と言わんばかりにあてがわれた、妖艶な容姿と聖母の包容力を見込まれて選ばれた妻である年上ヒロインに魅かれ、彼女にふさわしくなろうと精神を成長させるパターンの方が好ましかったなあ。

乙女系というジャンル、「女が受け身のまま性愛の快楽をたっぷり味わう」だけなく、精神的な面でも、なるべく「男がリードする」パターンを踏襲しなければならないのか?と推測できるので、ヒロインがヒーローの導き役みたいな立場になってはならないんでしょうねえ。

それに年下ヒーローにすると、「また年下www」と、ワンパターン扱いされかねないし。
「男が年上」であれば、何度繰り返してもワンパターンなどと陰口をたたかれないのにね。

今、「中二病」って単語が頭に浮かんだのでそのまま書きましたが、うん、侯爵って、33歳にしてまだ中二病に罹患したままの、非常にみっともない男なんですよね・・・。

ヒロインが大人で好ましいだけに、彼女に不釣り合いな幼稚な男という印象が最後まで払拭できなくて(繰り返しにつき以下略)。

◆今回、「幼稚」って単語が頻出してる。

「旦那さま」が面白かったので、ソーニャ文庫さんを、ひい、ふう、みいの12冊ほど読みました。こういう乙女系(ティーンズラブとも言うらしい)は初めての為、作家さんたちについて詳しくないので、公式さんのあらすじの他、密林のレビューも参考にして良さげな作品を選んで。
ソーニャ文庫さんが属する乙女系ジャンル、内容は完全にR18だと思うんですが、ティーンズラブとも言うだけに、わたしが読んだ範囲では、十代ヒロインが多く、二十代ヒロインは本作を含めて三作品でした(「旦那さまの異常な愛情」、「変態侯爵の理想の奥様」、タイトルは伏せますがもう一冊)(なお、年齢が明らかでない作品もありました)。

やはりヒロインを幼稚な女の子に留める必要があるんでしょうか、このジャンル。
二十代ヒロインを幼稚系にしては若作りの痛々しいキャラになるので、十代にする必要があるのかと。

良さげな作品を選んで読んだのですが、わたしの印象では十代の幼稚系ヒロインが、年上ヒーロー(たいてい8歳から10歳くらい上)にリードされるパターンが目につきました。

多分なのですが、乙女系が売りたいターゲットはおそらく十代、高校生くらいだからヒロインも十代にする。
けれど、ヒロインがやられてよがりまくらなければならない官能小説なので、年齢を17歳以下にはできない(「有害図書だー」「児童××ノだー」と苦情が寄せられかねませんから)。だから、ヒロイン年齢はほぼ18歳か19歳に偏っているのかと。

ただし、わたし目線では、ここで問題がありまして。
年齢設定は18歳、19歳であっても、精神年齢はそれを下回っているように感じられるヒロインが多かったことです。年齢は十代終わりの方なのに、言葉づかいや振る舞いが、小学生か?と思えるようなヒロインもいました。

やはり、ターゲットの十代少女にあわせて、「幼稚」なヒロインにしてるんでしょうかねえ。
そして、こういうヒロインを「やる」のが年上ヒーロー、それも四捨五入して10歳くらいの年の差ヒーローだと、援交おやじを目にしたような、気色悪さというか、じわじわくる不快感がしこりのように湧いてきて。

どの作品もプロット、文章に不満はありませんが、その点ではあまり好みとは言えませんです。

十代ヒロインであっても、幼稚系でなければ好意を持てるんですけどね。

他にいいなと思ったヒロイン&ヒーローは、「君と初めて恋をする」(水月青著)のアイル&クラウスです。
クラウスは終盤やや暗黒面に片足を突っ込むとはいえ、ソーニャ文庫ヒーローの中では珍しい、高い志を持つ健やかな気性の好青年で好感を持てました。作者さんのクラウスの魅力の描き方もいい。「ただイケ」だの「どうせ女は男を金で選ぶんだろ」とミソジニー全開の女叩きがネット上では盛り上がっていますが、女性が男性を好ましいと思う一番大切な点は、「女性を人間とみなして、誠実に対応することである」一例となるキャラだと思います。
ヒロインのアイルは「きょうだい児」という点で興味深かったです。
二人は年齢も近く(推測)、ヒーローが一方的にリードするのではない、性行為以外でも二人三脚の関係を結んでいる点も好ましいです。
「君と初めて」は感想を書きたいと思いつつ、全然文章がまとまらないままので、ここで一言だけでもと言及いたしました。

追記.感想を書きました。→
【水月青「君と初めて恋をする」&「旦那様は溺愛依存症」】


◆読み返してみると、わたし、侯爵を嫌ってます。
単に、彼が「利己主義的子ども好き」だからだけでなく、なんとなく、気味悪さを感じさせる人だからでもあるのですが、ふと、気味悪さの原因に思い至りました。

侯爵は、首斬りハリー(ヘンリー八世)になり得る男に見えるから。

わたしはローマ帝国初代皇帝アウグストゥス&リウィア夫妻の大大ファンです。
好きな理由は、アウグストゥス、彼は、血縁への執着が非常に強く、妻のリウィアから子どもを得ることを「熱烈に」欲し、にも関わらず、一度の死産の後、ついに子どもを恵むことのなかったリウィアを「終生変わらず比類なく深く愛し大切にした」からです(「皇帝伝」Aug-62、63)

困ったちゃんぶりにも関わらず、わたしの中で、前作のマリスの好感度がむちゃくちゃ高いのは、「子どもが出来ようと、出来まいと、僕はジャニスを愛している」と、はっきり読み取れるからです。

「ああ、そういえば、仲の良すぎる夫婦には子どもができにくいって噂があるよね。もしできなくても、後継者なんて仕事ができれば誰だってかまわないのが本当のところなんだから心配しないで」(「旦那さまの異常な愛情」p273)



そう、「子どもが出来ようと、出来まいと」、そこんとこに関して、わたしは侯爵がヒロインに寄せる愛に信を置けません。

当初、「跡取りを儲ける」義務を妻であるヒロインに求めていた侯爵ですが、ヒロイン本人に熱烈な恋情を抱くに至るという変化はありました。

しかし、この物語の流れとしてあり得ない仮定ですが、もし、二人の間に子宝が恵まれていなかったら・・・?
それでも、侯爵はヒロインを愛し続けたでしょうか。

わたしから見れば、子どもが出来る、出来ないに関わらず、ヒロインは魅力的な女性です。
けれど、もし「子が出来ない女」であったならば、侯爵にとっては・・・?

子どもというものは、産みたいと思い、欲しいと願ったとて恵まれるものではありません。
女性不妊もあれば、男性不妊もあり、また、男女双方に不妊の原因がなくても、子どもに恵まれないこともあります。

紀元前1世紀、血を分けた我が子の誕生を熱望したアウグストゥスは、妻リウィアとの間に子の授からない運命を悟ってなお、リウィアと添い遂げる道を選びました。離婚が容易な時代であったにも関わらず。

16世紀、跡取り息子を熱望したヘンリー八世は、王妃キャサリン・オブ・アラゴンの懐妊能力を見限った時、キャサリンを捨てることを選びました。離婚を許さないカトリックの教えを踏みにじり、教皇庁と袂を分かっても。

もし子宝に恵まれてなかったら、侯爵は、アウグストゥスの道ではなく、ヘンリー八世の選択を選んだような気がするんですよねえ。

目じりデレデレで可愛がっていた(推測)ビーナですら、「自分の夢の世界」を満たしてくれないとなったら嫌悪し、さらには侯爵夫人殺害未遂とはいえ極刑を下すことをためらわなかった人ですから。

あの場面を読んだ時、侯爵にとって「子ども」は、「『純粋無垢である限り』愛してあげるよ」との条件付き愛情の対象であり、「純粋無垢」でなくなったら、吐き出したゲロ同様一切見捨てて顧みないんだなあと実感しました。
(汚い譬えでごめんなさい。「壊れた玩具」を用いるつもりだったけど、壊れた玩具であっても大切に慈しむ人がいるから不適切だと思って。)

この「愛着の対象から転げ落ちた存在への冷酷な仕打ち」って、ヘンリー八世にそっくりです。

こじつけめいてますが、ヘンリー八世と侯爵って、もう一点、目立つ共通点があります。
まとめて並べると、

その1. 愛着を抱いた対象への箍の外れた愛情の発露

ヘンリー八世→
最初の妻キャサリン・オブ・アラゴンは兄の未亡人であるところから、父王、重臣からこぞって反対を受けましたが、初恋を貫き、結婚しました。
二番目の妻、アン・ブーリンに対しても、英国国教会を設立してまでも結婚するほどの愛着を見せています(「息子」欲しさってのがあったにせよ)。

侯爵→
愛着の対象である「純粋無垢な」(←ココ重要)子どもたち、及びヒロインへの箍の外れた愛情の発露は、物語を読んでいる人には説明不要だと思いますので省略します。

その2. 愛着の対象から転げ落ちた存在への冷酷な仕打ち

ヘンリー八世→
キャサリン・オブ・アラゴンへの仕打ちは言うに及ばず、熱烈に愛を囁き、王妃とした女(アン・ブーリン)を斬首に追いやっています。

侯爵→
繰り返しになりますが、侯爵夫人殺害未遂犯とはいえ、自分の手元で育てたも同然の、目じりデレデレでかわいがっていた(推測)ビーナにためらいなく極刑を下そうとするところが、なんとも身勝手で冷酷で。
その前の、ビーナの表情に野心を見て、不快感を抱いている侯爵の身勝手さも、気持ち悪いんです。わたしは。


ついでに書くと、ヘンリー八世、ホルバイン作のでっぷり太った肖像画が広く知られてますが、若い頃は美青年で、身長も180センチを超えた堂々たる美丈夫です。

物語では続々と子宝に恵まれていますし、娯楽小説なのだから、ヒロイン&ヒーローが幸福に暮らした以外のことに考えをめぐらす必要はないとは理解していますが・・・。

当初、わたしは、「侯爵は、首斬りハリー(ヘンリー八世)になり得る男に見える」と書きました。

が、むしろ「妻キャサリン・オブ・アラゴンとの間に後嗣に足る男児を得て、負の面を露わにせずに済んだ首斬りハリー」に譬えた方がいいかもしれません。

たまに想像します。
妻キャサリン・オブ・アラゴンとの間に生まれた男児が王冠を戴くまでに育っていれば、ヘンリー八世は、「首斬りハリー」と呼ばれる非道な行いに手を染めることもなく、「4歳年長の兄嫁への初恋を実らせた王様」として、ロマンチックなイメージで後世に残ったであろうなあと。

余談。
スペイン王女として生まれ、イングランドの王太子妃となり、処女のまま未亡人となり、精力絶倫、博識にして武勇に優れた、亡夫の弟である4歳年少の少年から初恋の熱烈な愛情を捧げられ、彼が国王となると同時に王妃に迎えられる、って、どこの乙女系小説のヒロインですか、キャサリン・オブ・アラゴンwww
(人生の終末まで見れば悲劇エンドですが・・・)
やはり、史実は面白い!

◆本作の感想では、ヒロイン&ヒーローの名前は出しませんでした。
傍目には馬鹿々々しいこだわりですが、わたしのお気に入りである前作のジャニス&マリス、この二人との差をつけたかったからです。

辛口感想まで読んで下さってありがとうございます。
しつこいですが、お気に入りの前作「旦那さまの異常な愛情」の感想にもう一度リンクを貼っときます。

「旦那さま」と「奥様」、「異常」と「変態」で前作と対になってるのかしら・・・。

関連エントリ:
【秋野真珠「旦那さまの異常な愛情」(その1)】
【秋野真珠「旦那さまの異常な愛情」(その2)】
【秋野真珠「旦那さまの異常な愛情」(その3)】


他関連エントリ:
【秋野真珠「愛玩王子と姫さま」&桜井さくや「執事の狂愛」】


しかるにリウィアは初代皇帝アウグストゥスにふさわしい、偉大なる貴婦人であった。

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