2015年01月05日 (月) | Edit |
本題に入る前に、「ベルサイユのばら」11巻の感想を少し。



◆記憶に残る印象よりアンドレが偉そうで、びっくりしました。

アンドレからオスカルへの呼称が「おまえ」であったこと。
話し方も随分くだけていたこと。

本編を思い出せば、たしかに、アンドレとオスカルの仲は主従関係でありながら、フレンドリーでありました。
わたしが抱く「かしづく下僕アンドレ」のイメージは、本編から離れている間の記憶の変化であったようです。どうやら、わたしの記憶の中で、アンドレがキルヒアイス化してたらしい。

それにしても「おまえ」かあ・・・。
オスカル側からもアンドレに対しては「おまえ」なので、身分差を越えた親密さの表れと言えんでもないのですが、アンドレが偉そうに見えます。

もしかして、作者さんは無意識のうちに、「男だから」、アンドレからオスカルへの呼称は「おまえ」が適切とお考えになったのかしら・・・?

現在のわたしの感性で読むと、アンドレがオスカルより1歳年上である設定も、なんとなく「恋人である男は女より年上でなければならない」との思い込みの表れかもと考えてしまいます。
ただし、作者さんは当初はオスカル&アンドレのカプは想定していなかったらしいので、年齢差は特に意味がない可能性も残りますが。

◆ネットって、たまにメンタル・ポイントが下がるような話題を目にします。
不本意ながら、「女は30過ぎたらBBA」だの「劣化」だのとの女叩きをしばしば目にして徳が下がったもので、「アンドレ編」の終わり、推定年齢33歳のマリー・クリスティーヌを愛人の座から解雇せず、王位に就いたあかつきには、公式寵姫にする心づもりでいるオルレアン公が、誠実な男性に見えました(笑)。
とりあえず、ベルナール・シャトレの父親よりは誠実だw。

結句、オルレアン公は断頭台でお亡くなりですが、マリー・クリスティーヌはどうなったのかしら。

◆アンドレが童貞でないことを受け入れる女性読者の心理とは。

さて本題でございます。
ここから先は、少々露骨な言い方もします。ご了承ください。










アンドレの貞操については、ネット上で、作者さんの発言及びいろいろな意見を読むことができます。
(てっとり早いのは、「アンドレ 童貞」での検索)
(↑言っとくけど、わたしがこの件を知ったのは、「アンドレ 童貞」で検索したからじゃなくって、「ベルサイユのばら」の感想をあちこちで読み漁って、その過程でです。)

ソースとなった作者さん(池田理代子氏)の発言「18歳の時、勢いで娼婦を買ったのでオスカル以前に経験有り」については直接目にしていないので、「アンドレが童貞か否か」は問いません。
ここでは、「アンドレが童貞でないことを肯定的に受け入れる女性読者の心理」について考えます。

肯定派にインタビューできないので、以下全て推測です。

(1) 処女はOKだけど童貞はカッコワルイとの世間の空気をなんとなく受け入れている。

(2) (1)とも関わるが、女性はなるべく純潔でなければならないけれど、男性はある程度、性体験を積んでいた方が良いとの世間の空気になんとなく染まっている。

(3) だって、オスカルは初めてなのに、アンドレまで未経験だったら、お互い困るじゃない!オスカルだって痛い思いしたら可哀そうよ!こういう場合は、男のアンドレが経験済みの方がいいのよ!!だって「男」なんだから!!!



(1)、(2)を漠然と受け入れていて、それらをベースに、(3)の心理が働いているのかしら。
この場合、オスカル側が経験済みであってもいーじゃんとの考え方にはならないで。



突然ですが、木原敏江さんの「風恋記」
草創期の鎌倉を舞台にした歴史ロマンですが、男主人公の一人、融明(とおるあき)は、相愛の娘・栞(しおり)と結ばれる前に、旅の途上で脱童貞します。
この流れが、ほーんと、行きがけの駄賃みたいな展開で。
たまたま宿泊した先の女将が寝床に誘ってくれて、事情があって栞との仲を諦めなければならないと逡巡していた融明は、誘いに応じて脱童貞します。

なお、断定はできませんが、女将の絵は、アシスタントさんの手によるものに見えます。あるいは、作者さん本人の手抜きバージョンか、はたまた、下書き作者でペン入れアシさんか。とにかく、絵の感じが一段劣ります。

話を戻して。
結局、恋を諦めなければならないと決意したのに、一転、互いに想いを告げあって、融明は栞と結ばれます。

なんで?
何の為に、アシスタント絵(推測)の女将との脱童貞展開が必要だったの!?


いや、察しはつくのですよ。
多分、先に書いた(3)と同様、

だって、初めて同士なんて、お互い困るじゃない!
こういう場合は、男キャラなら経験済みにしておいても世間的に受け入れられる土壌があるから、融明を脱童貞させたのよ!!
アシスタント絵(推測)でかつ、行きがけの駄賃展開にしたのは、この女は脱童貞用の使い捨てだから、栞を脅かすことはないのよと、少女読者を安心させる為よ!


との、作者さんの親心だったのでは、と思うのです。

(可能性のひとつとして、別の解釈。
栞と別れるための踏ん切りをつける為の、脱童貞。すなわち、他の女を抱くことで、「栞を裏切った」俺は、もう栞にはふさわしくない、別れなければならないと決意する為・・・、としても、自分の恋愛の踏ん切りの為に、他の女体を利用すんな、ボケ。)

わたしはいらんけどね。こんな親心。
アンドレにせよ、融明にせよ、結局、「ちゃんと愛する女がいるのに、愛していない女とやった」ってことじゃない。
こんなモラルの低い男キャラ、わたしは嫌いだよ。

わたしがこの件でもやもやするのは、「『練習用の女』とやったこと」を受け入れる女性読者もいるって点です。
そして、「男が『練習用の女』とやっても、女は受け入れる」土壌がある点です。
積極的肯定か、消極的肯定かはわからないけれど。

とある乙女系(ヒストリカル少女まんが風官能小説)密林レビューに興味深いコメントがありました。

追記:下記に引用したレビューは、エントリ作成時点では掲載されていたのですが、その後削除されたようです。なので、レビューへのリンクは解除し、小説のタイトルも消しました。
元レビューが消え、タイトルも消したので、ネタばれ防止反転仕様はやめ、通常モードに戻しています。


それにしてもレビュー削除って、タイミングからして、わたしが引用したことが原因ですか・・・?

【ここからネタバレ】
ヒロインとの結婚生活に向けたヒーローの“予行演習”ですが、あの言い訳が本当にしろ嘘にしろ、彼が別の女性としてたのは間違いないので、「男は好きな相手とじゃなくても出来る」というのを証明したようなものだと思いました。
あんなに一途に好きな女の子がいてもコレですもんね。
確かにふたりとも何も知らなかったら困るでしょうけど、たまにはその難関をクリアしたヒーローを見てみたいです。
(とある乙女系小説のカスタマーレビューより引用)



なんつうか、レビュワーさんのもやもやっぷりがひしひしと伝わってきます。

ヒーローには「ヒロインへの愛」に誠実な男であって欲しいという願望と、でも、初めて同士じゃ戸惑うだろうから、どちらかに一方に経験が必要で、その場合は、「ヒロインが処女であること」が乙女系の必須条件なので、必然的にヒーロー側が経験を担当するのがこの手の小説のお約束であり、かつ、世間の空気であるのはわかるけど、でも・・・と、堂々巡りのもやもやっぷりが。

(レビュワーさんに伝えたい。あなたが望む「難関をクリアした」ヒーローはいます!と。秋野真珠さんによる「旦那さまの異常な愛情」のヒーロー、マリスです。)(後述

和久井香菜子さん曰く

他の女と肉体関係を結んでも、そこに心がなければ、気にならないどころか「いい経験」くらいな扱いなのが少女漫画なのだ。詳しくは別の漫画で解説するが、主人公以外の女をどんなにおざなりにしても許されるのである。
(「少女漫画に学ぶ[ヲトメ心とレンアイ学]『ベルサイユのばら』編~その2」より引用)



しかしながら、わたしは許しません。
少女まんが読者ですが、許しません。
「男キャラは練習(経験)済み」と知って、安心する女性読者もいるんでしょうけど、わたしは許しません。嫌いです。

なお、わたしは、「悪意であれ、善意であれ、女に『練習用』とレッテルを貼ること」および「練習用女を相手に予行演習すること」がイヤなのであって、真剣に恋愛して、その結果、経験済みであるのは問いません。

関連エントリ:【ミソジニー型ロマンス・ヒーロー】



少女まんがなんだから、そこは、「ご都合主義」でよろしいのよ。
例えば、里中満智子さんの「あすなろ坂」
江戸時代末期から、明治、大正、昭和と続く、有馬家の女の愛の歴史大河物語です。
物語の要ともなる、初代主人公は有馬芙美(旧姓、岡本)。
幼馴染の帯刀新吾は、
「俺は惚れた女しか抱きたくない」
「惚れてもいない女を抱けるような男になりたくない」
「惚れた女を抱けないなら一生誰も抱いたりしない」
と、自分自身に誓う気性の男です。

二人は処女童貞(芙美15歳、新吾16歳)で一晩だけ結ばれましたが、全く何の支障もなくスムーズに遂行できたもよう。
こういう「ご都合主義」でいいんですよ。少女まんがなんだから。

アンドレなんて、十年以上前の18歳の頃に、「勢いで娼婦を買った」きりなんでしょ。
融明だって、一晩きりの経験。
どれほど、経験を積めたやら。テクを磨けたのやら。
そりゃ、ある土地の地図だけを眺めるのと、実際に足を運んで体感するのとは大違いですけど、せいぜい、穴の位置を間違わずに、出し入れできるようになりましたって程度でしょう。
(露骨な言い方でごめんなさい。腹が立つもので。)
性愛の快楽どころか、肝心要の処女に痛みを与えず遂行する域まで達していたとも思えませんわ。

その程度の経験なんだから、「愛してもいない女とやった男」、「『練習用の女』とやっちゃった男」になり下がるよりは、「抱くのは愛する女だけ」と貞操を守る、モラルの高い男でいて欲しいのですよ。少女まんがなんだから。


「旦那さまの異常な愛情」
作者:秋野真珠
イラスト:gamu


ところで、先に引用したレビュワーさんが望む「その難関をクリアしたヒーロー」がいます。

わたしのお気に入り小説「旦那さまの異常な愛情」(秋野真珠著)のヒーロー・マリスです。
夫であるマリスは17歳、妻である年上ヒロイン・ジャニスは27歳。10歳差ですw

10歳年上の初恋の女を妻にして、彼女一人を熱愛し続けるマリス。
妻にした初恋の女が「初めての女」でもありますので、初めての恋心も貞操も愛するただ一人の女に捧げ、その後もずっと捧げ続けている幸福なヒーローです(笑)。

マリスはいかにして「難関をクリア」したか?
マリスのセリフを読めばわかり易いかと思いますので、初夜の場面から引用します。

あっという間にドレスを脱がされ、手際よくことを進める夫(17歳)に、「経験済みでは?」と、もやもやする気持ちを抱いたジャニス(27歳・処女)の心中を察したマリスのセリフです。

「大丈夫だよ。娼館には何度か行ったことがあるけど、最後まではしていないから」
(中略)
「僕はジャニスを最高に良くしたいと思ってたんだ。きっと何も知らないままでは無理だと思って。その練習に娼館は最適だった。おかげで僕は自信を持って言えるよ。ジャニスがおかしくなってしまうくらい、気持ちよくさせてあげられるって」
(中略)
「それに僕も、気持ちよくなるときはジャニスと一緒じゃないと嫌なんだ。だからこれまで誰にも挿れてない。初めては、ジャニスがいいから」
(同書p35より引用。大文字強調はわたしによります。)



この一連のセリフを読んだ時は、作者さんに負けたと思いました(笑)。

一途にヒロインを恋い慕う10歳年下のオトコノコ(17歳)。
ヒロインが「初恋の女」。
ヒロインが「初めての女」。
ヒロインの為に閨のテクを磨いてきたけど、「ボクのペニス貞操は貴女のもの」。
なぜなら、「愛しているのは貴女だけだから、貴女と一緒に気持ち良くなりたい。だから貴女以外には挿れたくない、挿れない。挿れるのは貴女だけだからね!」。


「なんだ、この強引なキャラ設定は!?」と嗤わば嗤え!

マリスこそ、究極の乙女系ヒーローだ!!


いや、この貞操堅固っぷりだけで「究極」と讃えているんじゃなく、子どもの有無に関わらず、すなわち、
「子どもが出来ようと出来まいと、僕はジャニスを愛してる」と、はっきりしている点も含めてです。

「ああ、そういえば、仲の良すぎる夫婦には子どもができにくいって噂があるよね。もしできなくても、後継者なんて仕事ができれば誰だってかまわないのが本当のところなんだから心配しないで」
(同書p273より引用)



逆に、わたしが変態侯爵にあんまり好意を持てないのも、あの人、「子が出来ない女」であったら、さーーーと、愛情が冷めて、冷めた後はひとかけらも慈悲をかけそうにないから。
わたしの目には、首斬りハリーを彷彿とさせる男です。

変態侯爵が何のことかわからない方、かつ、首斬りハリーとの関連に興味のある方は次のエントリの後半をお読みください。
→ 関連エントリ:【秋野真珠「変態侯爵の理想の奥様】

なお、ワタクシ、「初めては、ジャニスがいいから」との言は、「挿れたいのはジャニスだけだから」の方がより適切ではないかと思ってますので(同書「感想(その3)」)、強調から外しましたw

(「初めては、ジャニスがいいから」の方が読んだ時のリズム感があるけれど、マリスの気持ちをより表現してるのは「挿れたいのはジャニスだけだから」だと思うの(笑))

(あるいは、「挿れたいのはジャニスだけだから。初めてもジャニスのものだよ」とか(笑))

余談その1.
とはいえ、閨のテクを磨いたわりには、同じく初めてであったジャニスに痛みを与えてます。「痛みのない破瓜の手管」も習得しとけよ、とつっこまずにはおれなかったわwww

余談その2.
ソーニャ文庫さん(以下「乙女系」と表記)のヒーローって、テクニシャン設定らしいけど、そろいもそろって、ヒロインの破瓜時に痛みを与えているので、実はチ×コを突っ込んでいってるだけのヘタクソが多いんじゃないかとわたしはにらんでるw
(あるいは俗に言う「素人童貞」?けっ。)

いえいえ、察しはつきますとも、マリスにせよ、その他にせよ、ヘタクソなんじゃなくて、「ヒロインの初体験は痛みを伴う」は、乙女系のお約束なのでしょう。

しかし、乙女系って、偉そうにチ×コを振り回すわりには、ヒロインの肉体にセックスによる痛みを与えたり、精神的に酷いセックスを強いるクズ・ヒーローもいて、こいつらの尻穴に道具がぶち込まれて、フルスイングのバットでケツごとぶったたかれる展開になったら溜飲が下がるだろーなーと思ったこともしばしば・・・。

乙女系を読んどいて、こんなこと言うのもなんですが、わたしはレ×プと、処罰チ×コ、復讐チ×コは嫌いです。「レ×プから始まる愛」なんて、作品自体を燃えるごみに出したいくらい、大嫌いです。

↑いくつかのタイトルを頭に置いての感想です。言いたいことはいろいろあるんだけど、官能レーベルの性質上、しかたないとこもあるんだろうと察せされます。
それに、たぶん、恋人同士が互いに了解のうえで強引で乱暴なプレイ(婉曲表現)を楽しむのと同様、作家と読者の間で、一種の了解があるのでしょう。コンセプトが「レ×プ」であっても。
だからあまり批難も出来ず、タイトルを伏せて「腹立たしい」と吐き出し。

余談その3.
乙女系を読むにあたって、一応、あらすじやレビュー等を確認して、レ×プものは避けたんですが、乙女系の性質上(ヒロインは無垢でなければならない。セックスを知っても無垢でなければならないので、快楽にはいやいやでなければならない等)、レ×プ同様の処罰チ×コ作品、復讐チ×コ作品にあたりましてね、心底、後悔・・・。

余談その4.
「初めてだけど全然痛くなかったわ!」展開は、吉村明美さんの「海よりも深く」でありました。夫が特別テクニシャンてことじゃなく、ヒロインの女友だちいわく「本当に貴女を大切にしてくれたのね」という、わかるような、わからんような原因でした。今手元にないので、違ってたらゴメン。
なお、ヒロインが女ともだちに「痛くなかった」件について打ち明けた動機は、「初めてなのに、痛くなかったなんて、わたしってもしかして淫乱なのかしら?」と悩んだためです。

・・・なんか、乙女系で「ヒロインの初体験は痛い思いをしなければならない」ルールが課せられている原因がわかります。
「女はセックスに対して無垢でなければならない」
「無垢の女は、(仮に男の側がテクニシャンであっても、)初めてのセックスで気持ちよくなるはずがない」
との、世間の縛りをまんま反映させてるのですね。
女がセックスを楽しむことは制限付きでしか許されていないのでしょう。

なお、「海より深く」は対象読者年齢は少々高めですが、少女まんがですよ。

「旦那さまの異常な愛情」(秋野真珠著)は別エントリで感想を書いているので、リンクを貼っときます。
関連エントリ:
【秋野真珠「旦那さまの異常な愛情」(その1)】
【秋野真珠「旦那さまの異常な愛情」(その2)】
【秋野真珠「旦那さまの異常な愛情」(その3)】


ここまで書いたんだ。
心残りのないように、名香智子著「おネエさま お手やわらかに!」(「桃色浪漫」シリーズに収録)も紹介しましょう。



「だって、女が初めてなのに、男まで未経験だったら、お互い困るじゃない!女だって痛い思いしたら可哀そうよ!こういう場合は、男が経験済みの方がいいのよ!!」とのご意見への痛快なカウンターパンチとなる結末の物語です。

以下、本が手元にないので、記憶だよりです。

父親の再婚で、とある四人兄弟に義理の姉ができた。
彼女は、学生時代は成績優秀な優等生、今は、めっぽう色っぽい美人、彼女をめぐって四兄弟に起きるラブ・バトル!?
と、エロゲでもラブコメでもありふれている設定です。
結句、お義姉さまは長男とくっつくのですが、結婚式にて、「あーあ、義姉さんの処女は兄貴のものかあ」と嘆息する次兄、三兄を尻目に、義姉のウィンクが末弟に飛ぶ。

ここで場面は一転、オチの一コマ。
シーツの上で、義姉と末弟のつなぎあった手のアップ。
そして義姉のセリフ。

わたし、なにごとも予習しとかないと気がすまない性格なの。
末弟くんなら、初めて同士だから公平でしょ。



つまり結婚前に「予習」したのです。お義姉さんは。
自分が処女だから、同じ状態である、童貞の末弟くんを相手に。

おネエさま、かっこいい!抱いて下さい!!(違)

大好きです。この結末。

オスカルが経験済みでもよかったんだよ!わたしは受け入れるぞ(笑)。

関連後エントリ:
【おネエさまは何故童貞くんを選んだのか?】


しかるにリウィアは初代皇帝アウグストゥスにふさわしい、偉大なる貴婦人であった。

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コメント
この記事へのコメント
性交渉の「練習」のために?
男性の「処女信仰」はあるけれど、女性の「童貞信仰」はないですね。
処女信仰もどこにでもあったのではないけれど、
わりあい広範に見られる性規範だと思います。
これに対して童貞信仰のある(あった)文化圏は、
おそらくない(あってもごく限定的)のではないかと思います。


わたしもほかの女性で「練習」する男性なんて嫌ですよ。
ふつうに浮気と言えるし、愛する女性に対する
一種の背信と思わないのかと思います。
テクニックを磨きたいなら、愛する女性と寝ることで
おたがいに学べばいいと思います。

なにより「練習用」にされた女性の立場がありますよね。
女性のからだは、「練習用」の「アイテム」ではないですからね。
そもそも自分のことを好きでもない男に、
性交渉というリスクのある行為をなされるのですし。
そういう男と性体験を持ったことに対する偏見にも
さらされるのではないかと思います。
2015/02/20(Fri) 22:44 | URL  | たんぽぽ #ZiqE0vWU[ 編集]
Re: 性交渉の「練習」のために?
>たんぽぽさま

コメント、ありがとうございます。

> 男性の「処女信仰」はあるけれど、女性の「童貞信仰」はないですね。

身持ちの堅い男性が好ましい、そして、過去に深い関係の女性がいたことに面白くない気持ちを抱くことは、女性にもあると思いますが、「処女信仰」のように確固たる「童貞信仰」とはなならないよなあと思います。

> わたしもほかの女性で「練習」する男性なんて嫌ですよ。
> ふつうに浮気と言えるし、愛する女性に対する
> 一種の背信と思わないのかと思います。

なかーまw(失礼しました。)
好きな女性がいない状態でも、「練習」とか「経験」の為に、処理してくるってのもいやなものです。

> テクニックを磨きたいなら、愛する女性と寝ることで
> おたがいに学べばいいと思います。

きわどい話になりそうですが、ほんと、二人で学んでいけばいいことですね。それこそが、コミュニケーションでしょうし。


> なにより「練習用」にされた女性の立場がありますよね。
> 女性のからだは、「練習用」の「アイテム」ではないですからね。

そうなんです。
金銭の授受で割り切るプロもいますが、じゃあ、プロだからこの社会で尊重されているか、大事にされているかと言えば、全然そんなことはなくて。
最近だと、銀座のクラブでバイトしていたから、「清廉性が損なわれる」とのことで内定を取り消された女子大生もいますし(最終的には内定復活)。
クラブでこうなら、風俗業だとどうなるか。

買う側は清廉性を損ねないのに、提供する側は一方的に断罪される。
この不公平がある限り、プロだからいいよね、と思えません。

> そもそも自分のことを好きでもない男に、
> 性交渉というリスクのある行為をなされるのですし。
> そういう男と性体験を持ったことに対する偏見にも
> さらされるのではないかと思います。

ほんとうに、男女の性規範の非対称を思うと、女が背負うリスクの重さに暗澹とします。

2015/02/21(Sat) 21:58 | URL  | サラ #ndrEhoxc[ 編集]
激しく同意
初めて伺わせていただきます。

Yvesともうします。

宜しくお願いします。

私もSarah様と同じことを思っていました。

男は初対面でも10人の中から8人の女を抱ける。生理的にです。愛してない女も抱ける。これは事実。でも、その女の人生に何らかの責任を取らなければならなくなったとき、果たして何人を抱けるか、もしくは男と女のどちらかが半々の確率で妊娠するなら、何人とできるかって事になると、10人中1人か2人。この数字は、女が生理的に受け入れられる初対面の男の割合と一致します。女は10人中、1人か’2人しか受け入れられません。妊娠するのは女だけです。男との性愛の結果において、苦しむのも喜ぶのも女です。その時、女の人生に男が責任を取る動機って、愛しかないんですよね。それが、哀れみであっても愛しさであっても。だから、性的接触をもって女の人生を変える結果になった時、責任をとれない男は、ズバリ「女を真の意味で愛せない男」なんですよ。その手の男は、女は犠牲になってもらっても自分が良ければOKって考え。

アンドレはオスカルを庇って、銃弾に倒れました。愛していない女を買ってまで抱ける男が、一人の女のために自分の目とか命とか捧げられるでしょうか。十何年もの長い間、一人の女に執着していられるでしょうか。私は無理だと思う。性愛と恋愛は別だよっていう男がいるかもしれないけど、根っこは同じ。女を愛無くして抱ける男は、「女なんていっぱいいるさ。次があるよ、次が。」って割切れるから、愛してなくても抱ける。だって、生理的に受け入れ可能なら、だれだって良い、特定の女である必要はない。だから、執着もしないと思うんです。殺したいほど執着しているのは、本人にも相当苦しい状態でしょう。出来たら、そんな思いはしたくないはず。だったら、他に適当な女を見つける方が、すっと楽です。もし、オスカル以前に女を知っていたら、アンドレはオスカルをさっさと諦めて、他を探していたでしょう。だって、愛が介在しないなら、相手を決めるのは娼婦を選ぶのと同じぐらい簡単ですから。

アンドレの童貞説が決定打になる一言、
「何十年間も、おまえだけを見、おまえだけを思ってきた。他の女になぞ一度も目を向けたことは無かった。もちろんおまえを自分のものにできるなどとも、結婚できるなどとも考えてはいない」
もし、娼婦を買ったり他の素人女性と性交渉を持った経験があったら、「おまえだけを見」ってのが、嘘になる。男は、愛情が無い初対面の女を抱いた時でも、女が自分を受け入れてくれているときは、その女だけを見つめ、愛しいと思う。それが、金銭を媒体とした女であってもです。その時、妻であろうと、10年の恋人であろうと、完全に忘れています。男だって心があるから、行きずりだろうと娼婦だろうと、その女を愛おしく思い、その女が自分を愛しているからこそ受け入れてくれたのだ、これは愛なのだ、と自分に信じさせて抱いているのです。
だから、私はアンドレはヴァージンだったと思ってます。童貞は格好悪いでしょうか。本当に格好悪いのは、愛情無く無責任に女を抱ける男、女を処理の道具や物としてしか見られない男、自分が良ければ女を平気で犠牲にする男です。動物並の小脳だけで女を抱く男は格好悪い。
娼婦を買った人は、病気持ちかも知れない。
男が女を愛する心、守り慈しみ大切にしたいと思う気持ちは、愛の無い性交渉によって無意識のうちにどんどんすり減ってしまうでしょう。女を強く激しく愛せない男になって行くのです。誰かを練習用にする男は、その練習用になっている女とも結婚できるし自分の子供を産んでもらう可能性もあるのです。つまり、自分の妻が他の男の練習用になる(なっていた)可能性もあるんですよ。自分の妻は別だという思いは、成り立たない。練習用も、本命も同じ女なのですから。

>(1) 処女はOKだけど童貞はカッコワルイとの世間の空気をなんとなく受け入れている。

格好悪いのは、愛してないのに肉の欲望を満たすためだけに女を抱く男です。娼婦を買うのはその最たる例。童貞かどうかが問題じゃない、愛情の伴う情交であったかどうかです。愛する女しか抱かない主義の童貞男も、相思相愛で将来を誓った女と経験済みだけど、自分の意志ではなく、その女と一緒に生きていけなかった非童貞男も、格好悪いとは言えません。

>(2) (1)とも関わるが、女性はなるべく純潔でなければならないけれど、男性はある程度、性体験を積んでいた方が良いとの世間の空気になんとなく染まっている。
男性が性体験を積んでおいた方がいいって、世間の男が作った自分達に都合の良い言い訳でしょうか。性経験の多い男は技巧に優れているから女はより気持ちよくしてもらえるから良いのですか。それなら、女だって経験を沢山積んで、男をより気持ちよくする技巧を磨いた方が良いとなってしまいます。第一、娼婦は男を性的に気持ち良くさせるのが仕事ですから男は受動的で気持ちよくさせてもらうだけです。男は娼婦にサービスして気持ち良くさせてやろうなどとは思わないから、女を気持ちよくする技術なんて学べるわけがない。技巧って愛情と別で、心が無くても上手い人はいるでしょう。でも、愛しているからこそ相手に快感を与えようとする献身的な行為が感動を呼び、愛する人と一体になった深い満足感を味わえるのだと思います。相手を思いやる心>技術、だと思います。

>(3) だって、オスカルは初めてなのに、アンドレまで未経験だったら、お互い困るじゃない!オスカルだって痛い思いしたら可哀そうよ!こういう場合は、男のアンドレが経験済みの方がいいのよ!!だって「男」なんだから!!!

だって「男」なんだから!!!って、理由になってません。相手の男が1000人経験があろうと童貞だろうと、強弱の差こそあれ処女が破瓜の痛みから逃れることはできない。相手が童貞だろうと経験者だろうと、痛い物は痛い。困るって、何が困るんでしょうか。失敗するのが困るのでしょうか。一発で妊娠させなければいけない様な義務や仕事じゃないんですから、たとえ最後まで完遂できなかったとしても、お互いがお互いを受け入れる意思を持ち、一体になろうとした経験を共有できたことが大事ではないでしょうか。

性交渉は、その人でなければならない自分と、自分でなければならないその人が世間から隔離され、二人だけが共有できる魂の繋がりの証であり、経験であり、思い出である事が大切なのだと思います。

アンドレは作者が執筆中に、作者の影になって作品を完成させるために犠牲を払って動いてくれた人がモデルだと聞いています。作者はもう、その影の立役者でありベルばらのもう一人の生みの親である男性(過去の夫)を自分の心の傷としてしか認識していないから、その男性を貶めたいために、アンドレを汚したのではないでしょうか。もし今でも、その人と愛し合った頃の気持ちを持ち続けていたら、後付けのアンドレの娼婦買い発言は無かったのではないかと、時々思うのです。

長い分かりづらい文章を読んで下さって、ありがとうございました。

マンガなんだから、マンガだからこそ、最初から最後まで、愛のみで繋がっているオスカルとアンドレを見せて欲しい。そんな愛なんてこの世には奇跡としてしか存在しないけど、だからこそ儚く、甘く、夢を見ていたいんですよ。オスカルとアンドレの愛の形は純粋で潔く短い間でしかなかった希少な物だったからこそ、読者の心の中に燦然と輝いているんだと思う。だから、ベルサイユのばらは、「少女漫画の金字塔」たり得たのではないかと考えています。

このような、サイトとSarah様のご意見に出会って、色々考える機会を頂き、ありがとうございました。

今年も良き年になりますように。

元気にお過ごしください。




2016/01/08(Fri) 19:30 | URL  | Yves #raYcxB9Q[ 編集]
Re: 激しく同意
>Yvesさま

こんばんは。
力の入ったコメントありがとうございます。

作者さんの発言は、連載時に為されたものではないとのことで、Yvesさまんが指摘なさるような裏事情があるのかもしれませんね。

口にされてしまったことは半公式と思うので、わたしは作者さんに黙ってて欲しかったなあと残念に思います。
わたしも10代の頃なら、オトナぶって、かつ、「男の事情に理解あるワタシカッコイイ」とお思いあがって、アンドレが経験済みであることを肯定したかもしれないのですが、今になると、少女まんがだからこそ、ヒーローには愛に誠実な男性でいて欲しいと思います。
ただヒロインに対してだけでなく、ヒロイン以外の女性に対しても。


>マンガなんだから、マンガだからこそ、最初から最後まで、愛のみで繋がっているオスカルとアンドレを見せて欲しい。そんな愛なんてこの世には奇跡としてしか存在しないけど、だからこそ儚く、甘く、夢を見ていたいんですよ。オスカルとアンドレの愛の形は純粋で潔く短い間でしかなかった希少な物だったからこそ、読者の心の中に燦然と輝いているんだと思う。だから、ベルサイユのばらは、「少女漫画の金字塔」たり得たのではないかと考えています。

↑そうです、その通りです。
まんがだかこそ、薄汚い人間くささではなく、崇高な人の心のありようを見てみたいのです。
それに、奇跡のような存在かもしれないけど、わたしのささやかな経験でも、現実にも、きちんと女性に誠実に相対できる男性がいらっしゃいますし、そんな尊い部分を描いてあったとわたしは思いたいです。

>今年も良き年になりますように。

ご丁寧にありがとうございます。
Yvesさまにも良い年でありますように。
2016/01/09(Sat) 20:28 | URL  | サラ #ndrEhoxc[ 編集]
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