2015年05月22日 (金) | Edit |
◆その1. 友情

日本人の意識での「親友」のみがトルコでの「友人」であり、(中略)おたがいに「友人」と認めあう関係になったときから、二人のあいだに、日本人にとっては異常なほどの愛情表現が始まる。たとえば、男同士にせよ、女同士にせよ、たった一週間会わなかっただけなのに、まるで十年目の再会のごとく、ひしと抱きあい両頬にキスしあい、その一週間のできごとを話しあう。だいいち、男同士や女同士が腕を組んで歩くのがあたりまえの風景なのである。
(大島直政「遊牧民族の知恵」)



「エロイカより愛を込めて」内、「ビザンチン迷宮」において、トルコ人兄弟が登場します。
ふたりの名はタルカンとハーカン。トルコでは絨毯屋を営んでいます。ドイツに出稼ぎに行った折り、少佐から情報部に関わる調査を頼まれたことがあります。

トルコで少佐に再会し、黒い瞳をきらきらさせながら「エーベルバッハさ~ん」と熱烈に抱きついてくるタルカンとハーカン兄弟の「熱い友情」を、少佐はもてあまし気味でした。
「彼らは有能だ、難点は濃くて熱い」と。

兄弟は、「トルコ人はフレンドリーなんだ」と説明しますが、少佐にとっては「君たちは過剰だっ」。

しかし、大島氏が語るトルコ人気質からすると、タルカンとハーカンの兄弟は、「友人」に対してごくあたりまえの態度をとっているだけではと思えます。

◆その2.「明日できることを今日するな」

「トルコでは『明日できることを今日するな』ということわざがあるらしいが、俺は明後日のことまで今日中に片づけてしまいたがる男だ」
(「エロイカより愛を込めて」内「グラス・ターゲット」におけるエーベッルバッハ少佐のセリフ)



「明日できることを今日するな」
このトルコのことわざはどんな意味を持つのでしょうか。

少佐は「今日するべきことを先送りにする怠け者気質」であると捉えているようです。

明後日のことはともかく「今日のことは今日中に」片づけてしまいたいわたしも、同様に受け止めていました。

あにはからんや。
ことわざとは真に奥深いもの。ことわざを産みだした歴史、風土、文化に根付いたもの。
自分たちの常識で一刀両断していいものではありませんでした。

土地を見捨てる自由がある社会と、その自由がない社会とではものの見方に大差が生じて当然であろう。
例えば日本人は、「今日できることを明日に延ばすな」と考える。ところが、どうせ、こんな土地にいても家畜は肥えないから、明日は家畜を連れて出発しよう、と考えたトルコ民族は「明日できることを今日するな」ということわざを作った。不毛の土地に留まって、いかに努力しても空しいからである。
(大島直政「遊牧民族の知恵」)



トルコ人の「明日できることを今日するな」とのことわざは、けっして怠け者気質ゆえではありませんでした。
出来ないことに不毛の労力を費やさない合理的な生き方の表れであったのです。

しかるにリウィアは初代皇帝アウグストゥスにふさわしい、偉大なる貴婦人であった。

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