2015年07月13日 (月) | Edit |
  
「オズの魔法使い」
原作:ライマン・フランク・ボーム
まんが:かずはしとも


感想を書きたいなと思いつつ、なかなかとりかかれなかった、かずはしともさんによるまんが版「オズの魔法使い」。
理由は簡単で、原作をほぼ知らないわたしには、かずはしさんのオリジナルと原作通りの箇所の判別ができないから。
ドロシーが娼婦だったり、カカシがスケベだったりのHな設定は、掲載誌に合わせた作者さんによるアレンジだと察しがつきます。

「かつて某歴史ものマンガを読んで、なんて面白い話を描く作家なんだ!と感動したけど、あとでそれは単に史実だったことを知ってガッカリした」という声を目にしたことがある。
(「レーヌスのさざめき」内、「史実を知るタイミング」より引用)



もし、「ここ面白い!良かった!!」と感動した箇所が、「原作通り」だったら、悲しいじゃないですか。

でも感想を書きたい作品だし、かといって時間を割いて原作を読む気にはなれないので、最初に断り書きを入れておきます。
もし、原作通りの箇所に感動してても、スルーの方向で。

(1) わたしは原作を読んでいません。
いちおう、「ライオン、かかし、ブリキはそれぞれが望む『勇気』『知恵』『心』を、旅によって既に手に入れていたんだよとオズさまから諭される」ラストは知ってました。

(2) まんがを読んでから、ジュディ・ガーランド主演による映画版を視聴しました。


では、箇条書き感想に進みたいのですが、その前に、下記エントリに目を通していただくと有難いです。

関連エントリ:【残酷グリム童話系のまんがで好きな点、嫌いな点】

・・・正直言って、書き直したいエントリです。肩に力が入り過ぎて、言いたいことが空回りになってて、もどかしいやら、恥ずかしいやら。

ある方から「ハーレクインは女性にとって快い世界」だと伺ったことがあります。
これは、少女まんがにも言えると思いました。
そして、わたしが思う「女性にとって快い世界」とは、イケメンにちやほやされることではなく、スイーツとブランド品が濡れ手に粟でもなく、「女が人間として尊重される世界」です。(女性の人権が認められている世界と言い換えてもいい。)

例えば、

「努力して首席の成績をとったら誉められる」
(「女なのになんでがんばっちゃうの~?」「女の子なんだから無理しなくていいのに」と残念がられずに)

「ノースリーブとミニスカで夜道を歩ける」
(仮に痴漢の被害に遭っても、怒りを表明でき、その怒りをちゃんと肯定してもらえる。「そんな恰好をしていたお前が悪い」と責められずに)

「自主的に男と寝ても悪意ある批難を被らずにすむ」
(「尻軽」だの「ビ××」だのと見下されたあげく、「おれにもやらせろ」と、女本人の意志を蹂躙されない)

「お盆正月の親戚の集まりで、男どもがぐだぐだ歓談してる脇で、女ばかりが家事にてんてこまいしなくもよい」
(わたしのTLでは某「サ××・ウォ××」の該当画面は悪評紛々だった)
etc.

要するに、世間の便利な道具(主に性的消費要員、無償の家事担当要員)ではなく、意志と誇りを有する一人の人間として女が生きていける世界が、「女性にとって快い世界」だと思います。
あるいは、その一歩手前の世界であっても、痴漢の被害を受けた女の怒りが正当と受け入れられる、女だけノーペイワークにてんてこまいである事への怒りが正当と受け入れられる、そういった状況です。

女性の作者が、女性の読者を対象としているので、意識してなのか、無意識なのかはわかりませんが、そういう「女性にとって快い世界」が構築されているのが、少女まんがであり、今回の題材である「オズの魔法使い」が属する残グリ系まんがだと思うのです。

特に、性に、あまり踏み込めない少女まんがと違って、残グリ系まんがはその点の縛りが緩く、「女が性的に見下されることを不当であり、理不尽であること」と、「性的に踏みにじられた女がちゃんと怒る、あるいは、その事で自分を卑下する必要がないこと」を描いています。
もちろん、作品数も多いのでピンキリですし、女同士だからと過剰な期待を抱くのは作者さんたちに対しても不当だと思ってます。

前置きが長くなりすぎました。
では、いつもの箇条書き感想で。

◆前振りからの続きみたいになるけど、わたしが本作を好きなのは、「女の性」が大切にされているから、あるいは、大切にされるものとして描かれているから(「強姦」を題材にした回もあるんですけどね)(後述)。

ドロシーは娼婦で、この仕事が他人に誇れるものではない現実を知っているけれど、かといって娼婦である自分を卑下していない。
ドロシーの仲間である、トトは言うに及ばず、カカシ、ライオン、ブリキたちが、ドロシーのことを「売春婦」と蔑んでないのも、逆に、「聖なる存在としての娼婦」だと崇拝もしていないのも、読んでて楽です。

ブリキは14話で不適切な言い方をしていました。

「あいつは大丈夫だろ。娼婦だし、少しくらいヤラれても」



しかし、あれはブリキがドロシーを蔑んでいた本音ではなくて、本音ではなくて・・・、ごめん、どう言っていいかわからない。

司馬遼太郎さんの「国盗物語」で、妻のお万阿をさらわれた庄九郎(後の齋藤道三)が、
「お万阿め、命は無事だろうな」と、貞操よりも何よりも、唯一妻の命だけを案じ、命は無事としても貞操は無事ではあるまい、との地の文から続けて、
「貞操など犯されても洗えばすむことだ」と、ケロリとしていたとこに通じるのではないかと思いました。

庄九郎はさらわれた妻が、複数人から強姦され、心身とも傷ついたことを決して軽いものとは思ってない。ないがしろにしていない。
だから、「貞操など犯されても洗えばすむことだ」との言は、強姦の被害を軽んじた意味ではないと思います。

でなくて、どうして、わたしの心をゆさぶるのか。

ごめん、どう説明していいかわからない。
わからないんだけど、「貞操など犯されても洗えばすむことだ」とは、妻は決して疵物になっていないとの、力強い宣言だったのでは、と思うのです。

そして、ブリキもそういう意味で言ったんじゃないかなあ~と。

トトから叱責されて、「あいつは強い女だと言いたかったんだ」と言い直してましたし。

◆最終回で、なんか作者さんに負けたという気に。
全然予想外でしたから。
ドロシーがカンザスに戻ったことではなくて、ライオン、かかし、ブリキ、他のオズの国の住人(の、そっくりさん?)が、カンザスにいたことに。

けっこう心地良い敗北感なので、このまま浸っててもいいのですが、すこーし、つっこむと・・・。

ドロシーはオズの国でライオン、かかし、ブリキ、他の人々に会った時、なぜカンザスのそっくりさんたちを思い出さなかったのか?

1) ドロシーが戻ったカンザスはパラレルワールドのカンザスであった。
オズの国に来る以前に住んでいたカンザスとは異なるカンザスである。

2) オズの国来訪以前のドロシーは、カンザスから出ていきたがっていた。カンザスを拒否していた。そんな彼女にとって、住人たちも、個性のない風景のようなものであった。
オズの国での経験により、ドロシーがカンザスで生きていくことを受け入れたから、住民たちとも関わりたいとの気持ちが生じ、それぞれ個性を有する人として顔かたちを認識できるようになった。

3) ザ・松田が生き返ったのと同じで、つっこむべきとことでない(笑)。
「いんだよ、細けぇことは!」

たぶん、3)の気持ちをベースに、漠然と2)の雰囲気を感じ取っていればいいのかなあと思います。
パラレルワールドも捨てがたいのですがw

◆伏線が回収され、あるべき所に綺麗に収まった最終回でした。
旅の途中で会った人たちの消息が語られるってのが好きなんです。
カドリングのアジサ、西のウィンキー族、リンキティンクの靴職人の娘のインガたち、旅芸人の兄妹。
ロラン王国のニコさんとエルマさんがハブられてるのが残念だわ(泣)。このお二人、一番好きなカプなのに(後述)。

コウノトリのご夫妻も、「赤ん坊の注文がこなくなったから」様子を見に来たってことで、納得いく理由で、「ご都合主義」もどんとこいですが、こういう筋の通った展開も好きです。

某WJ誌顔負けの、「友情・努力・勝利」がきっちり描かれていました。
最後の終盤、仲間の協力の元、仲間を思いつつ、主人公がラスボスを倒すって展開で、え、本作って、バトルまんがだったっけ!?

「土から奪ったものは、土に還してあげよう」と、砂金、宝石、水晶などお宝の数々を戻していたとこも好き。

◆ブリキの奥さんが素敵です。

奥さんに横恋慕した東の魔法使いのいやがらせで、人間だったブリキは全身ブリキと化してしまい、「元はと言えばお前のせいだ」と、奥さんを追い出してしまいました。
当初悲しみに沈んだ奥さんでしたが、オズの魔法使いの元に向かう決意をします。夫を元の「人間」に戻してもらう為に。
けれど旅の途中、東の魔法使いに拉致され強姦され視力を奪われ囚われ人となってしまいます。

そんな彼女を素敵だと思ったのは、ブリキの夫と再会して、みじんも「東の魔法使いに強姦された自分」を卑下していなかった点です。
「東の魔法使いに汚されたわたしを夫が受け入れるはずはないわ、よよよ…」といった風に。

ただ、被害を克服した過程がなくて、作者さんがその出来事をなかったことにしていた感じも(失礼!)。
一話にまとめる都合上、「強姦されて夫の元に戻る妻の苦悩」にページを割けなかったのかなとも想像しているのですが、制作上の事情はともあれ、自分を卑下していない奥さんの姿は、現実にはきっと有り得ないのだろうと思いますが、素敵でした。

◆先述の「ブリキの奥さんを素敵と思う理由」、「金瓶梅」でも、同じように痛快な話がありました。感想を書いたのですが、公開の機会を逃してずるずるきたので、ここであげときます。

すっかり「残グリ」の「ドラゴンボール」と化した「金瓶梅」(竹崎真実著)。

長期連載の予定ではなかったのか、当初は笑笑生の原作に沿った展開をされていたのですが、武松が崖下に落下していったあたりから、竹崎さんのアレンジ・ヴァージョンとしてお話が繰り広げられ、さらに人気が出たように見受けられます。

少年誌、青年誌に比べて、大ヒットが出にくい、残グリ系レディース・コミックでありながら、こうも人気が出た要因はなにか?

正しい答えなんて判断できませんし、いろいろな要素があるでしょうが、わたしは、ひとつは「女の体が女のものである世界だから」と思います。

三巻収録の第17話。
主人夫妻が留守中の西門家に、同僚の王偉という男が押しかけてきて、したい放題に振る舞います。
飲み放題食い放題はもちろん、奥方たちにもなれなしくまとわりつきます。
挙句の果てに、主人公・藩金蓮は強姦されてしまいました。

この時、金蓮は怒るのですよ。
ただひたすら怒っている。

当然のように見えますが、当然ではありません。

だって、金蓮は西門慶の第五夫人なのですから。
主人のいる身なのですから。

なのに、
旦那様に申し訳な・・・と、一瞬たりとも詫びる気持ちを抱いていない。
強姦された自分の為に怒っている!

金蓮だけではなく、第三夫人の孟玉楼も同じく被害に遭います。
金蓮に比べて玉楼は気弱なので、怒りはしませんが、彼女もまた旦那様へのすまなさは感じていません。踏みにじられた自分の為に、悔し涙を流していいます。

たしかに夫婦、恋人同士で互いに貞節を守ることは大事なことだと思います。
けれど、自分から道を踏み外したのではなく、強姦の被害に遭い、奈落の底に突き落とされ、さらに、夫に、恋人に、「汚されたこと」を詫びなければならないのはなぜ?

それは、女の体が女のものではないから。
夫のものであり、恋人のものであるから、所有者に対して疵をつけた事を詫びねばならないから。

自分の為に怒った金蓮、自分の為に嘆いた玉楼の姿に、「女の体が女のものである世界」を垣間見た気がしました。

なお、金蓮と玉楼はタッグを組んで、王偉に見事な報復を与えていますw。

◆ブリキさんて、寂しさも悲しさも感じなくなり、笑う事もできなくなって、「心を失った」と表現していたけど、「幸せを取り戻したい(その為に、心が欲しい)」という思いを抱くことはできたんだ。

不謹慎ですが、ロボトミー殺人事件を思い出しました。
ロボトミー手術を執刀されたライターが、術後、感受性の鈍化や意欲減退などでまともな記事を書けなくなり、執刀した医師の殺害をもくろみ、結局、医師の家族を殺した事件です。

この事件を知った時、仕事(ライター業)が出来なくなるほどに、精神に影響を受けたのに、人を殺す意志と実行力は残るんだと思ったので(批難でも皮肉でもなく、そう思いました)。

【残酷グリム童話系のまんがで好きな点、嫌いな点】で書いた通り、「強姦被害者がダメージを受けていないような描き方」って好きじゃないんです、わたし。
「レイプ・サヴァイバー」をテーマにしたお話ではないから、非現実的な流れになるってことは理解していますし、作品を否定もしませんが。

本作、全21話中、8話で「強姦」が題材になっていました。
(わたしが「強姦」と書いてる時は、日本の刑法上の「強姦」じゃなくて、無理強いの性行為全般を「強姦」と呼んでます。)

ブリキの被害者になった娘さんたち(2話)、
ネズミの国の侍女さん(4話)、
ブリキの奥さん(5話)、
偽オズの召使い女(6話)、
ウィンキー族のエルラ(8話)、
エヴリング王子(11話)
小さい女の子(12話)
アジザたち(14話)

もう一度言っとくけど、作品の否定じゃなくて、こんな場面を描くなと言いたいのでもなくて、ただ、読んだ後、苦い澱みたいに残るなと。

わたしは、エルラが、あれだけ心身ともにダメージを受けてて、大丈夫だったのか、気にかかります(ずいぶん酷い場面絵になってたけど、「監禁・凌×」とかが掲載号のテーマだったんでしょうか・・・)。

エルラ以外の被害者、また、殺された被害者と残された人々の胸中も気にかかります。

エヴリング王子(男)による強姦被害の告白を茶化さず真剣に受け止めて怒ってた場面は好きです。

◆でも、12話は好きなの。
「血のつながらない母と娘の和解」という、わたし好みの物語で、かつ、ゼラさんの淡々とした性分が。

多少のことでは死なないとはいえ、身を呈してかばったところを見ると、継娘と愛おしみ、仲良くしたい気持ちがあったでしょうに、悲劇の母ぶって嘆くでもなく、「嫌っていたでしょう仕方のないことよ」と流して淡々としていた所が。
「夫と一緒に年を取って一生を終わりたい」と、重い決意なのに、淡々と口にしてるとこも好き。

もしかして、この淡々とした様子が、元・人外である名残りなのかな。

◆トト人間体を見て、ネウロ(「魔人探偵脳噛ネウロ」)きたーーーーー、と思ったんだけど(笑)。
だって、髪色はツートンカラーで、一人称は「我が輩(吾輩)」だし。

けれど、後でネウロを見直したら、ネウロの髪色は前髪が黒ベタ、後ろ髪がベタなしで、トトと逆でしたわ。

そいうえば、トトが人間体になった7話は、「死と別れ」が話題に出ていました。
生命あるドロシーやライオンがやがて死を迎えることに引き比べて、カカシくん、ブリキは無生物なので死なないと話していたら、二人は「破壊」の形で「死」んでしまい、犬だからドロシーより先に逝ってしまうはずのトトが人間体となったのでした。

上手だな、こういう作り。

◆感想の締めはこのお二人、ニコさんとエルマさん(笑)。

エルマは私より10歳上、生きていれば50をとうに過ぎています。
(第12話より引用)



さらっと言ってますが、逆年齢差カプかい!
しかも、1歳や2歳のケチ臭い差ではなく、10歳差!!

・・・この設定は、たぶん、ページ数の都合かと思うのですよ。
12話前半、カカシくんが女性とあいびきしており、その女性を、カカシくんにも、読者にもエルマさんか?と思わせるミスリード(mislead)がされています。

もっとページ数があれば、さらに「あいびき相手の女性=エルマさん?」の謎をひっぱったかもしれませんが、カカシくんが、彼女との逢瀬と妊娠をニコさんに打ち明けた時点で、即否定させるための「エルマは私より10歳上、生きていれば50をとうに過ぎています」とのセリフなんでしょう。

いや、待て、わたし。
妊娠の可能性を否定する為なら、エルマさんを妊娠不可能年齢にすればいいだけのこと。
「エルマは私と同い年、生きていれば50をとうに過ぎています」でもよかったのよね。

なぜだ、なぜ、わざわざ「女が10歳年上」設定になさったんだ、作者さんはw

「50をとうに過ぎています」とのセリフと、妊娠不可能であることから、エルマさんを55歳くらいと仮定すると、ニコさんは現在45歳。
「20年探し続けていた」ってことは、婚約のまま離ればなれになった時は、25歳と35歳となります。

王族なのに結婚が遅くない?
ニコさんはチャイ国王の弟。
エルマさんはロラン王国の王女。

うーむ、どんなロマンスがあったのでしょう(笑)。
ここで空想劇場。

ニコ王子は、幼い頃に出会った10歳年上のエルマ王女に憧れていたが、エルマはニコが7歳の頃に他国に嫁いでしまった。
それでも彼女を諦めきれず、年頃になってもニコは、兄王が勧める縁談に耳を傾けずにいた。
ニコが20歳を過ぎ、縁談の持ち込みにも拍車がかかってきた頃、夫に先立たれたエルマが、子どもがないという理由で、実家のロラン王国に返されてきた。
今こそ!と、ニコはエルマに求婚したが、エルマは年齢差と、先の結婚で子どもができなかったことを理由に謝絶してきた。兄王も、同様の理由で難色を示した。
しかしながら、ニコの説得に兄王は折れた。エルマもニコの熱意にほだされた。
かくして二人は婚約し、結婚式を待つばかりになったが、ロラン王国が一夜にして消え・・・。



勝手にストーリーを作りましたw。

スピンオフはこのお二人の馴れ初めを読みたかったな(笑)。

◆さて、10歳年上ヒロインものとくれば、これっきゃない。
あちこちのエントリで頼まれもしないのに、アピールしまくってる、「旦那さまの異常な愛情」(秋野真珠著)。


作者:秋野真珠
イラスト:gamu


10歳年上の初恋の女を妻にして、熱愛しまくってるご機嫌な夫と、夫の熱愛にのれない不機嫌な奥さまの物語です(笑)。
どこが好きって、ヒロインと結婚する日の為に、閨のテクを磨くべく、娼館通いをしながら、最後の一線はヒロインの為に守っていたというヒーローの貞操堅固っぷりです(笑)。

関連エントリ:
【秋野真珠「旦那さまの異常な愛情」(その1)】
【秋野真珠「旦那さまの異常な愛情」(その2)】
【秋野真珠「旦那さまの異常な愛情」(その3)】


しかるにリウィアは初代皇帝アウグストゥスにふさわしい、偉大なる貴婦人であった。

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