2015年09月29日 (火) | Edit |
感想を書きたかった作品なので、ひとまず書き上げて、こうして公開することができてうれしいです。


「千の命」
作者:植松三十里


書きたい気持ちと裏腹に、なかなか取りかかれなかった理由は、主人公、賀川玄悦が実在の人物だからです。
わたしが感動した箇所が、小説版の創作だったらちと気まずいと言うか、悲しいと言うか、気持ちのうえにひっかかりが生じる為、書きづらいなあと。
しかし、感想は書きたい。
なので、最初に宣言しておきます。

本エントリは、小説「千の命」の感想です、と。

◆宣言したので、心置きなく感想に入ります。
まず、わたしが大好きなセリフを。
このセリフゆえに、感想を書きたくなりました。

「私は死ぬまでに、千人の命を救いたいと思うています」
(中略)
「私には回生術を伝える息子も、弟子もおりません。ですから、なるたけ自分が長生きして、おおぜいの女たちを救うてやりたいと思うてます
(p188)(大文字・黒文字強調はわたしによります)



この世に、女がお産で死ぬことを当たり前だと思わない男がいた・・・。
この世に、女にお産の死を犠牲として強いることを当たり前と思わない男がいた・・・。

このセリフを読むまで、さんざん、母子を共に救おうと試行錯誤を重ねる玄悦の姿を読んでいたのに、「千の命」は赤ちゃんの命を指すものと思っていました。

だって、家事をはじめとするアンペイドワークが「女がすることだから」と、理由ともいえない理由で女に押しつけられるのと同様に、出産と、それに伴う苦難も苦痛も、「女だから受け入れて当たり前」、落命してさえも、「母なんだから子どもの為に命を捧げても当たり前。むしろ母の本懐」と、「母性愛は全てを凌駕する」と決めつける現実がありますもの。

また、創作ものでは、「感動」を作り出す為に、しばしば「我が命を犠牲にして子を守る母の姿」が描かれます。
何かいい例はないかと、書きながら思い出して、思い出して、一例として、手塚治虫著「ブラック・ジャック」の「激流」が浮かびました。

ブラック・ジャックと共に、荒れる河中の中の岩上で立ち往生となった渡し守の女が、お産直後の体だってのに、おそらくは子を助ける為に、救助の人手を呼ぶべく、激流に飛び込んで死んでしまう短編です。女の死体を発見した人々が、危機を察し、ブラック・ジャックと女が産み残した赤子を救助に来てくれました。

「サケは遠い旅路のすえ川底の石のかげに産卵しそのままちからつきて死んで流されていく。しかし卵からかえった稚魚はやがて元気よく海へむかって泳ぎ出すのだ」



このナレーションで締めくくられているところを見ると、「子の為に命を捧げる母の愛」の感動を描いているのでしょうが、わたしは気持ち悪さを感じました。
お産直後、それも帝王切開直後の体の女が激流の中に飛び込んでいくことを「母の愛」として讃えることに。

「激流」に限らず、「子の為に命を捧げる母の姿」は頻繁に描かれているように思われます。
一見、母を讃えているように見えますが、危うい要素を孕んでいると思えてなりません。
「母は子の為に命を捧げて当たり前だ」との見解をばらまき、現実の母たちを追い詰めているのではないかと。

だから、赤ちゃんの命ではなく(※)、女たちの命を救いたいとの意志に、心をゆさぶられました。
母が子の為に死ぬことを当たり前だと思わない男がここにいた・・・。

(※)とはいえ、「千の命」の言葉は、物語終盤、異なる意味を持って、再び玄悦の口から発せられます。

「千の命があれば、千の生きていく意味がある。みんな、その意味を探して、せいいっぱい生きなあかん。だれでも、おかあちゃんが命かけて産んでくれはったんやから、大事に生きなあかん」



◆アイルランドで、身体の不調(強い背部痛)に襲われた妊婦が、人工妊娠中絶を望んだものの、医師側は信仰と国是を理由に中絶を拒否し、結果、妊婦は死に至ったという実例があります。
自分の命が危うければ、妊婦だって妊娠中絶を望む。
母だからといって、常に、子の為に命を捧げるわけではないのです。

念のため書き添えますと、わたしはこの妊婦さんが中絶を望んだことを批難していません。
わたしが言いたいのは、この世に浸透している「母は子の為に命を捧げるもの。捧げるに決まってる」との思い込みへの批難です。
母だって人間。胎児よりも自分の命を優先して何が悪い。

そして、自分から妊娠中絶を申し出たなんて、よほど苦しかったのだな、と、その心中の苦悩を想像すると言葉もありません。

◆玄悦が「女たち」と口にしたのもいいなと思います。「母たち」ではなく。

ここでの「女たち」はイコール「母たち」であるのですが、それでも言葉選びが「女」であったことを評価したい。
わたしが「母」ではなく「女」である点をいいなと思うのは、「母」との言葉には、「子」という大きな価値が付与されているからです。場合によっては、「母」そのものよりも価値のある「子」が。
そして、「女」との言葉には、「母」未満、すなわち、価値ある「子」を孕んでもいないし、産んでもいない、「母」に劣る存在とのニュアンスがまとわりついています。

だからこそ、玄悦が「母たちを」でなく、「女たちを救うてやりたい」と表現したことが、いいなと思うのです。たとえ、その「女たち」が事実上「母」を指していても。

余談になりますが。
TLに流れてきたまんがです。→外部リンク:「そら、そうか」

ご本人さんは、「ちょっと思い上がっちゃったよ」と結んでらっしゃるけど、わたしはもやもやしまして(ご本人さんの気持ちを否定しているのではない)。

なんでかなと考えて、おそらく、わたしにとっては、未知の未見のいまだ生まれていない胎児よりは、生まれ出て十数年かそれ以上の歳月を過ごし大人になり今ここに存在し、人柄も判明している人間(母親)の方が大事に思えるからだと。

(「人柄」なんて言うと、じゃあ、人間性劣悪な母親なら、胎児の方を大事に思うのかと問われたら、それでも、未知未見の胎児よりは、今ここに存在する人間の方が大事だと答えます。)

だけど、世間の空気は、未知未見のいまだ生まれていない胎児の方が、今生きてここにいる人間よりも大事なんだね・・・。

わたしは、友人なり身内なりが妊娠したら、未知未見の胎児よりも、今ここに生きている彼女たちの方を大切に思います。

(胎児だって、「母の胎内で、今そこに生きている」とのご指摘があるかもしれません。
そこらへんの違いを、他者に理解してもらえるよう説明できなくてゴメンですが、未だ生まれざる胎児よりは、この世に生まれでいている母である人間の方に、わたしは大切にしたい気持ちをいだきます。)

◆次に好きなのが、京都奉行所の同心たちが、玄悦の「回生術」について聞き込みにきて、下記のセリフを言い置いていった場面。

「これからも人助けに励めよ」
(p109)



発端は、玄悦の回生術(母親の胎内で死んだ赤ちゃんを、鉄鉤で引き出す技術)が、その技術の性質上、しばしば、胎児の遺体を損傷したこと。
仏教では遺体を尊ぶ為、僧たちは、たとえ水子であっても身体を引き裂かれては成仏できないと主張し、それに賛同する医師や産婆も少なくありませんでした。
僧侶、医師、産婆からの批難に加え、遺体を傷つけるのは公儀のご法度でもある為、玄悦がお縄になるのではとの噂も立った矢先の聞き込みでした。

夫が引き立てられるかもしれないと覚悟していた妻同様、腹をくくっていたと思われる玄悦でしたが、同心たちは意外にも好意的でした。
助けられた妊婦たちの家で、すでに聞き込みをすませ、人助けの実績を把握しており、結句、先に引用した言葉を告げて、奉行所に帰っていったのです。

この場面が好きな理由その1。
やみくもに逮捕に走らず、ちゃんと裏付けをとったこと。

当たり前のことなのですが、その当たり前が為されないのも人の世の常でもありまして。

例えば、O野病院事件とか。
F島県の産科医療を崩壊させたと言われるO野病院事件とか。

え、なんだって、女の腹の中で死んだ水子をばらして引っ掻きだしてる医者がいるだって!?
けしからん。遺体の損壊は公儀のご法度。
は?命を助けられた妊婦が大勢いるだとお!?
あーあー。聞コエナーイ
しょっ引けば手柄なんだよ、て・が・ら!
裏付け?何それオイシイの?
問答無用だ、しょっ引けい!!

と、まあ、手柄優先、逮捕優先にならず、ちゃんと裏付けをとって、しかも、無実と判断した人間をちゃんと無実の人間として応対しているところも良い。

この場面が好きな理由その2。

完全に空想劇場なのですが、「これからも人助けに励めよ」は、単なる社交辞令以上のものであったと思いたいです。

聞き込みに来た同心たちは男ですが、彼らも、全く女と関わりなく生きてきたわけではありますまい。
少なくとも、産んだ母はいるはずです。
そして、母だけでなく、妻女、姉妹、娘、おば、従妹、姪っ子、身内に限らず、行きつけの飯屋の女将とか、近所であいさつを交わす知人とか、何らかの関わりある女がいたでしょう。

現代よりもはるかに、妊産婦の死亡が多かった時代です。なかには、知ってる女が、お産で死んだ経験を持つ者もいたでしょう。
そして、女たちとの関わりの濃淡に関係なく、人が人を思いやる気持ちを持っていたならば、彼らもまた、女がお産で死ぬ現実に心を痛めていたのだと。

女たちがお産で苦しんでも、力尽きて亡くなっても、俺たちは手をこまねいているしかない。
俺たちには女たちを救う技術はない。
だが、玄悦、お前はその技術を持っている。
だから、何もしてやれない俺たちの分も、お産で女が死ぬことのないように、その技術をふるっていってくれ。

・・・そんな気持ちを込めた、「これからも人助けに励めよ」とのいたわりの言葉ではなかったか。わたしはそう思いたいです。

◆この小説で好きな点、その3.
難産に懲りて、お産を拒む女たち及び夫婦がいること。

玄悦の隣家、お菊&松吉夫妻は、結婚して7年目にやっと赤ちゃんが授かり喜んだものの、ひどい難産に苦しめられ、夫婦そろって、もう子どもを作るのはいやだという気持ちになりました。

他にも、難産の死に目から蘇り、もう二度と子どもを産みたくないと口にする女たちがいることに触れられています。

出産で死ぬ思いをして、回生術を受けた女は、たいてい次の妊娠を恐れる。(後略)
(p154)

「済世館に連れてきてもろてから、うちは、ずっと考えていました。もう死ぬような思いは、二度としたないて」
それは回生術を施した女たちが、一様に口にすることだった。もう子どもは産みたくないと。
(p162)



母が出産の為に命を賭けること、即ち、出産で死んですら美化する母性愛礼賛の風潮が世間には蔓延しています。
女が必死に難産の苦痛と恐怖を訴えても、それは、母として愛が足りないことにされ、否定されてしまいます。
(どれほどの多数かは不明なのですが、無痛分娩にたいして「苦しんで産まないと母の愛が湧かない!無痛分娩を望むとはけしからん!!」とバッシングする声もあるとか)

玄悦の美点は、「難産に懲りてお産を拒む女たち」を決して否定していないことです。
一方、肯定もしていないように読めましたが、ただ、彼からは少なくとも、お産の苦しさ、それによって生じる妊娠拒否に寄り添う気持ちが垣間見えました。

◆玄悦さんは優しい人である。

大夫まで勤めた女が、いくら老けたからといはいえ、立ちんぼとは。悪い病気でもうつって、置屋を追い出されたのだろうか。玄悦は気の毒な気がした。
(p88)



書籍からの学びだけでは隔靴掻痒の感が免れず、生身の妊婦の体を観察したいと悩んでいた玄悦のスキルアップに寄与した女、元大夫、小夏。
妊娠した為置屋を追い出され、立ちんぼをしていた小夏と出会った時の場面です。

優しいなあ、玄悦さん・・・。
「悪い病気」を患ったのではと想像したのに、嫌がって追い払うどころか、気の毒に思うなんて。

玄悦が出産までの寝るところと飯を引き換えに、妊婦観察を申し出て、小夏は承諾しました。玄悦が連れ帰った小夏を見た妻のお信は「悪い病気を持ってるかもしれん女など、明日にも出て行って欲しい」と嫌悪を露わにしたのに(※)

玄悦さんは優しい人です。

(※)ここだけ抜き書きすると、お信さんが冷たい人に見えますが、そうではありません。
お産のこと、いわば仕事のことだけ考えている玄悦とちがって、子どもたちのこと、家計の切り盛り、世間との付き合い等、いろいろ頭を悩ませなければならないお信さんとしては、いい顔出来るものでもなかったでしょう。
そして、玄悦が仕事に専念できたのは、間違いなく、お信さんが、家事育児を一手に引き受けていたからです。







さて、ここからは趣向を変えて、「賀川玄悦と女たち」、回生術の産科医、賀川玄悦を形作る関わりとなった女たちについて語ります。

◆第一の女、生母、お八重。

わりかし裕福な農家の娘さんでしたが、奉公先の三浦家で主の手がつき、玄悦(幼名は光森)を産みました。
しかしながら規律厳しき武家のならい、奉公人のままとどめおかれ、親子の名乗りは許されませんでした。
玄悦は正妻の子として育ちましたが、正妻腹の兄二人に比べ、明らかに冷淡に育てられ、そんな玄悦を、お八重は陰に陽に守りいたわっておりました。

二人目を出産時に胎児もろとも力尽き、ようやく親子の名乗りを許されましたが、ついに、我が子から母と呼ばれることなく鬼籍に入りました。

おそらくは、玄悦の胸に、「(お産で苦しみ、時には死んでしまう)おおぜいの女たちを救うてやりたい」と望みの種を植えた女性です。

◆第二の女、妻、お信。
よくも悪くも玄悦の一生に大きく関わった女。

母の死をきっかけに、医者になりたいと願うものの、ままならず、屑鉄売りを生業とした
玄悦が娶った恋女房(笑)。
玄悦34歳、お信19歳。
15歳違いってことで、かわいくてしかたなかったろうなと思います。

この物語はお産小説との別名を進呈してもいいくらい、お産、お産、お産の連続でございまして、栄えある冒頭を飾る第一のお産は、お信さんの初産。
背を丸め、額に脂汗を滲ませ、「もう嫌ァ」と叫ぶほどに苦しそうなお産描写なのに、読み終えて振り返れば、一番安産でありました(汗)。

子宝にも次々とめぐまれ、順風満帆の夫婦仲でしたが、だんだんと大きなひびが生じました。

始まりはほんのわずかなひび。

1) 不如意な家計。
お菊(後述)の難産を救ったことをきっかけに、産科医(回生術)として呼ばれる事が増えた玄悦が、よりよい技術を求めて、医学書を購入するようになりました。その医学書が決して安いものではありませんでした。また、玄悦が呼ばれる患家は貧しい家が多く、充分な謝礼が支払われませんでした。本業の鉄屑売りにも支障が生じ、収入が減りました。

2) 妊娠中の売春婦を連れてきて、自宅に同宿させたこと。
玄悦にとっては、決して、色恋でも情欲でもありません。
書物だけでは不明な点が多過ぎる、生身の妊婦の体を観察したいと熱望した玄悦が講じた手段です。当時の風潮からして、診察はともかく、堅気の女性に、実習の為にずっと遠慮なく触らせてくれ、見せてくれと要求できるのものではありません。
だから、夜鷹、立ちんぼ等、妊娠中の売春婦に、食事と出産までの住居を提供する代わりに、体の中を触ることも含めて、観察させてくれるよう依頼し、彼女たちを自宅内の敷地に住まわせました。
夫からそう説明されてはいても、妻のお信は売春婦への嫌悪感、その売春婦と親密な夫への不快感を拭う事ができませんでした。

3) 子どもたち。
父玄悦が跡を継がせようとしたけれど、息子二人とも、その気はなかった。
いろいろあって、父に逆らって、玄悦は怒る。お信は息子たちを見捨てられない。

原因は、おおざっぱにこの3つ。
ひびの入り方が、徐々に徐々にで、グラデショーン・カラー世界を歩いていて、始まりと終わりで全く異なる色であっても、途中で色の変化を察知できないのに似ています。

気がつけば大きなひびが入っていた。

それでも、後々、理解しえあえなくても、和解し、夫に感謝の言葉を告げて先立ちました。

◆第三の女、隣人、お菊。

眠れる獅子を目覚めさせた女、と書くと、バトルものヒロインみたいですな(笑)。
軽口はさておき、「回生術」の賀川玄悦を誕生させた女性です。

夫の松吉と所帯を持って7年目、やっと授かった赤ん坊に、夫婦ともども大喜びしていたのに、初産は予想以上の難産で、赤ん坊は胎内で死亡、とりだすことも出来ず、このままでは、お菊も亡くなってしまうと、皆は絶望に陥りました。

しかしながら、玄悦の手のしなやかな大きさを認めた、産婆のお熊ばあさんは、玄悦を促します。お前の手で引き出してみろ。お前の手なら胎児を引き出せるかもしれん。と。

残念ながら玄悦の手でもってしても、引き出しはかないませんでしたが、諦めきれない玄悦は、必死に考えました。

そんな彼の目にとまった、商売道具のひとつの鉄鉤。

これだっ!と閃いた玄悦は、この鉄鉤をお菊の胎内に差し入れ、見事、死んだ赤子を引き出し、彼女の命を救ったのでした。

「回生術」の産科医、賀川玄悦の誕生の時でした。

◆番外編、産婆、お熊さん。

考えてみれば、お熊さんも、産科医、賀川玄悦誕生に一役かった女性です。

熟練の産婆で、お信、お菊のお産を助けました。
先に述べたように、お菊さんのお産時、打つ手がなくなって、後は産婦の死を待つだけとなった時、玄悦の手の大きさに目をつけて、あんたの手ならできるかもしれん、死んだ赤子を引っ張り出せるかもしれんと、玄悦を促しました。

他人の妻の股倉に手をつっこむなど、玄悦本人には思いもよらなかったのですから、お熊さんの気づきあればこそ、お菊の命も助かったと言えましょう。ひいては、「回生術」の誕生にも一役買ったと言えましょう。

◆第四の女、遊女、小夏。

子どもを作る動機なんて、なんだっていいと思います。
「意中の異性と結婚したいから」でも
「子どもを使って養育費を分捕りたい」でも
「不妊症の女に見せつけて、羨ましがらせたいから」でも、なんでもいいと思います。
下衆な例ばっかり挙げたのは、わたしは出産てのは殺人と同じだと考えているので、世間の「命って素晴らしい。出産て素晴らしい」との決めつけに異を唱える為です。

母の胎内で受精が為された瞬間から生命は「死」に向かいます。
だから、人をこの世に産み出すことは殺人に他ならないと思います。

この点、英語は本質をついています。
Be born
一般的に「生まれた」と訳されますが、直訳は「生まれさせられた」(あるいは「分娩させられた」)です。

本人の意志とは関わりなく、親によって命を与えられ、死に至る人生に「生まれさせられる」。
これが出産。

脱線しすぎました。
話を戻して、子どもを作る動機は何だっていいと思います。
そこに、「崇高さ」のレッテルを貼らなければ。
「崇高なんだから産め、産め、産め!!」と他者に押しつけなければ。

しかし。
自分が子どもの立場であれば、こんな動機で産んで欲しくない!ってのはあります。

第三の女、小夏は、わたしにとっては気持ち悪いことこのうえない動機で子どもを産みました。

「うち、なんで子を産みたかったか、よう考えたことなかったけど、あの子を産んでみて、自分の気持ちがわかったわ」
(中略)
「どうせ、いつか死ぬんやったら、うちは子を残したかった。死ぬ前に、自分と同じものを持った子を、この世に残しておきたかったんや」



うん、まあ、子どもを産んだことで、小夏さんがこれからの人生、あるいは死ぬ前に「生まれてきて良かった」と思えるのであれば、まあ、よろしおすな、と言うべきでしょうが、その源が「子どもを産んだこと」っていうのがねえ・・・。

気持ち悪い。
不愉快。

この世に生まれて、必ずしも幸福になれないってことは、小夏さんはよーーーく知ってるはず。
本人が言ってますもの。

「島原で大夫いわれて、ちやほやされる女かて、使い捨てや。大勢の男はんの相手だけして、人よりも早う年取って死んでいく。子ォも産まんと」



「使い捨てにされる一生もある」と知ってるくせに、子どもを産むの?

たまたま玄悦に出会って、彼の縁から良い養子先をみつけることができたけど、めぐりあわせが悪ければ、あなたが産んだ子だって、「使い捨て」の一生になってかもしれないのに。
現にあなたが立ちんぼをしていた河原近辺の捨て子たちは、野良犬さながらの生を生きていたのに。

にも関わらず、「自分と同じものを持った子を、この世に残しておきたい」との動機で子を産む女。

気持ち悪いです。

そもそも、別人格である子どもを、「自分と同じものを持った子」と見なすのも、これまたおぞましいです。

玄悦は黙ってうなずいた。



彼は、小夏の動機を肯定したのでしょうか、それとも内心否定したのでしょうか。

◆第五の女、妾、お糸。

気の毒な境遇の女性です。
奉公先の主人の手がついて、と、玄悦の母に似た境遇の女性で、血縁ではないのに、幸薄そうな顔だちが似ている女性です。

主人のお手付きになったものの、奉公人に立場は変わらず、嫉妬した正妻からは嫌がらせを受ける、主人もお糸のからだを貪るばかりでかばってくれない。
そんな寒々とした境遇でしたが、愛はなくても子はできるとの言葉通り、お糸は妊娠します。
主人夫婦に子どもがなかった為、正妻はしぶしぶ嫌がらせを控えますが、夫婦にとってお糸は「子どもを産む道具」にすぎませんでした。

難産のお糸の元に呼ばれた玄悦は、「お糸などどうでもいい、赤ん坊を助けてくれ」との主人夫婦の言葉に激怒し、生きのびたお糸を連れて帰ります。

そして、お糸が顔だちといい境遇といい、自分の母親に似てるってことで、妻のお信との仲がよそよそしくなっていた玄悦は、つい、お糸の側からも慕われたってこともあり、自分は実父と同じことをしていると罪の意識を持ちながら、お糸と愛しあい、妾にしてしまいます。

娘が生まれたり、妻のお信とも仲良くしようとしたり、いろいろあって、奉公先にいた頃よりは、間違いなく幸福に過ごしたと思いますが、決して、めでたし、めでたしの賀川家での暮らしではなかったことでしょう。

お糸さんが絡んでくるあたりから、子どもたちとの関わりも含め、玄悦の家庭内のごたごたがメインになって、誰が悪いわけでもないのに、互いに傷つけあってて、読んでて辛いものがあります。
ここらへんもじっくり感想を書きたいのですが、ひとまず、切りよくこのへんでお終い。

しかるにリウィアは初代皇帝アウグストゥスにふさわしい、偉大なる貴婦人であった。

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コメント
この記事へのコメント
正丸峠の帝王切開
お久し振りです。お邪魔します。

賀川流をテーマにした小説があったのですね。知りませんでした。このブログを拝見して、わたしは篠田達明の『正丸峠の帝王切開』(文春文庫、『闘う医魂 小説北里柴三郎』所収)と柴田錬三郎の『うろつき夜太』を思い出しました。

篠田達明は医者で、それに関する小説やエッセイを出している作家です。『正丸峠の帝王切開』は蘭方医岡部均平の妻おみつの視点で語られます。明治維新までもう二十年を切った時代でも、蘭方医の肩身が狭い時世や、当時のお産の大変さが綴られます。
おみつは蘭方医の妻として、家事・育児のほかに、手術道具の手入れや手術の手伝いなどをしています。
夫均平の叔父伊古田純道も蘭方医で、『和蘭医話』という本を読み、「母も児も両ながらに救い申さねば凡医なりと恥ずかしく申し候、という個所をよんだとき、愕然となったものだ」と言いました。
難産で産婦が苦しむときは、「ケーゼルレーキスネーチ」すなわち帝王切開術を実施して、母子ともに救いたいと、この医師の叔父甥は考えています。
賀川流のお話も出てきます。賀川玄悦が世界で初めて胎児が頭を下にしていると発見。(それまで、頭を上にして母胎で過し、分娩時にくるりと頭を下にすると考えられていた)優れた触診の技術の持ち主だったことと、賀川玄悦の著書がシーボルトを通じて欧州に紹介されたと載せられています。
そして賀川流のデメリット、母を助けられても児が救えない、残酷な施術故、「この鉄鉤も手術のさまも人にみせてはならぬ。産婦の股間に夜具をかけ、これにもぐって人に知られぬように手早くやるのが賀川流じゃ」

主人公たちが住んでいるのは秩父の山村で、長崎でも江戸でもありません。
「漢方医はおらんだ医が失敗するのをてぐすね引いてまちかまえていますよ」と、均平は叔父をなだめなければなりませんでした。

ところが、おみつの知り合いの女性、み登が難産と蘭方医が呼ばれます。み登の叔父は漢方医なのですが、頭を下げてきたのです。
診察して見れば、子宮口から赤子の左腕と臍帯が出ている。赤子は既に生きていない。左腕を押し返して、頭を出せないかとしても、動かない。均平だけの手にあまると、叔父の純道まで呼び出して、赤子の左腕と臍帯を切り、頭を砕いて賀川流の回転術を試みました。でも子供は出てきません。

ついに医師としての決断です。
漢方医の叔父さんは蘭方医が今まで施術したことのない手術に反対し、助からぬものならこのまま死なせてやってくれと言いますが、み登の夫は、「できるだけのことをして、それで女房がだめなら、あきらめもつきます。でもこのまま手をこまぬいて、女房が死ぬのをまつなんて、たまりません。どうか先生、手術をお願いします。先生の手でどんなことになろうと、それは宿命だと思ってあきらめます。せめて、女房だけは……」と言い、手術が行われました。

手術は成功し、み登は助かりました。
日本で初めての手術、手術そのものの描写だけでなく、産婦の術後の回復も事細かに描かれています。
産婦にとっては産後の健康が肝心です。ここで、健康を損ねて感染症にかかったり、後遺症が出たら意味がないのです。心配な症状が出たりしましたが、み登は回復し、八十八まで生きたとあります。

わたし自身の妊娠・出産を思い出すと、妊娠初期の時は悪阻はひどいは、その体調のひどさと仕事のバランス、将来の心配などいろいろありましたが、臨月までくると、どぉんと肝が据わります。お腹にいるときは、胎児と自分は一蓮托生ですが、お腹から出てきたら、その子の人生が始まります。(いえ、腹の中で好き勝手に体を動かして、母親を無駄に疲れされる胎児は既に意思を持っているのです。胎児が信号を出さなければ、母の陣痛は始まりません)

『うろつき夜太』は大筋の中の一エピソードです。本が手元にないのでうろ覚えですが、夜太とオランダ人がわけあって一緒に旅をしているのですが、オランダ人イコール蘭方医と思い込んだ武士たちから、難産で苦しむ殿の側室を助けてくれと引っ張っていかれます。
残念ながら、オランダ人は軍人さんなので、何も出来ません。夜太がこんな話を聞いたことがあると、鉗子分娩の要領で赤子を取り上げます。赤子は女児で、産婦は死亡してしまいました。
武士たちは、女児なら死んでも良かった、逆に側室を助けてほしかった、と文句をつけ始めるのです。

そんなバカな話があるか、とオランダ人も夜太も大いに怒り、悶着の末、出ていきます。

全くもってそんなバカな話があるものか。

でも、発展途上国でなくても、胎児の性別を気にする人は気にします。中絶までしなくても、妊婦さんが希望しない方の性の子供と判明すると、自分の体のことでもあるのに、健康管理がいい加減になってり良くない結果になると、わたしが掛かっていた産婦人科では、超音波の検査で性別が分っても教えないことにしていると言っていました。

もしかしたらサラ様は、『正丸峠の帝王切開』はご存知かと思いましたが、長々と綴ってしまいました。お許しください。
2015/10/03(Sat) 11:53 | URL  | 名取の姫小松 #-[ 編集]
Re: 正丸峠の帝王切開
>名取の姫小松さま

こんばんは。
『正丸峠の帝王切開』と『うろつき夜太』の紹介をありがとうございます。

特に、場所まで覚えていなかったのですが、日本初の帝王切開は、ドラマにもなった医療まんが「JIN-仁-」でも触れたあり関心がを持ってました。

「JIN-仁-」では、逆子のお産なので帝王切開を用いなければならない。しかし、閾値が低い胎児では死亡もあり得るから、麻酔無しで行う展開になり、そこで、仁先生が生きている時代以前の、日本初の帝王切開の例として、半ページほど費やして説明がありました。

正直、まんがの方もリアルの方も、麻酔なしの帝王切開なんて、拷問にしか見えなくて、読んでて辛かったです。
まんが方は作り話としてスルーできても、リアルに経験した、日本初の帝王切開の経験者ってどんな状況で、どんな思いで施術されたのか。死ぬはずだった命を拾って、88歳まで生きることができたのは喜ばしいけれど、現代とは比べ物にならないくらい、子どもを産むことが求められていた時代なのに、麻酔なしの帝王切開を受けて、その後も妊娠出産は可能だったんだろうか。既に子どもを産んだ後ならば、あまり肩身狭くなかろうけれど、夫を含めて婚家は、彼女を労ってくれたのだろうか。子どもが死んで、彼女が生きていることを喜んでくれたのだろうかと、いろいろ気になってました。

だから、今回「正丸峠の帝王切開」を紹介いただけて嬉しいです。ありがとうございます。

ご紹介によれば、単純に帝王切開だけを描いたものでなく、当時の蘭方医の立場とか、医者の信念等にも切り込んでいるようですね。

>そして賀川流のデメリット、母を助けられても児が救えない、残酷な施術故、「この鉄鉤も手術のさまも人にみせてはならぬ。産婦の股間に夜具をかけ、これにもぐって人に知られぬように手早くやるのが賀川流じゃ」

まさに賀川流の「鉤」をテーマにした短編があります。
杉本苑子さんの、タイトルはそのものすばり「鉤」。
手元にないので記憶だよりですが、時代は、賀川玄悦の弟子たちの世代に代わっていて、産婦の命を救う一方で、死胎をかきだす賀川流の業を背負う医師たちの苦悩の象徴のような「鉤」でした。

>『うろつき夜太』

これも面白そうですね。たぶん、道中ものみたいな、「正丸峠の帝王切開」よりは、娯楽的な読み物かと思います。こちらも該当作だけでも読んでみます。

素人が見よう見まねで鉗子分娩の真似事をするなんて。怖くて、ライフがゼロになりそうです。
言うたらなんですが、素人の生兵法のせいで、側室はお亡くなりになってしまったのでは・・・。

>武士たちは、女児なら死んでも良かった、逆に側室を助けてほしかった、と文句をつけ始めるのです。

男児だったら側室は死んでてもよかったのか。
あるいは、生きてても、ひどい難産で次の妊娠がなかったらどういう扱いになっていたのか。
いろいろ考えさせられます。

わたしが聞いた話では「外見上は男(或いは女)に見えます」と答える産科医さんもいらっしゃるとか。
上手い言い回しだなと思います。
人の夢はそれぞれなので、「女の子がいい」とか「男の子がいい」とかの夢にあまり目くじらたてるものじゃないとも思いますが、「男の子が欲しかったけど、女の子だったよー、でも産まれたらどっちでも可愛いよ!」となるならともかく、望みの性別でなかったからとないがしろになっていくのは聞いてても辛いです。
ただ、「どっちの性別でも大事だよ!}との言葉が、綺麗ごとにしか聞こえない出産事情を抱えた家庭もあるんだろうなあ・・・。


『正丸峠の帝王切開』と『うろつき夜太』の紹介をありがとうございました!
2015/10/04(Sun) 19:49 | URL  | サラ #-[ 編集]
No title
お返事有難うございます。

麻酔なしにあれっと、本を読み直しました。確かに『正丸峠の帝王切開』では、痛み止めの生薬を飲ませてましたが、「頭痛、歯痛、生理痛」と問題が違いますものね。
『JIN―仁―』と違って麻酔薬もなければ、ペニシリンもないので、手術跡から膿が出たと消毒を続け、胃腸の調子がなかなか回復しないと、浣腸を掛けたり、胃腸薬や虫下し(ここらへんは時代です)を飲ませたりと回復まで一月半かかりました。
産婦のみ登さんは五度目のお産で帝王切開でした。

自然分娩でも、産道を広げるために会陰切開をすることがあります。わたしも出産の時切られました。麻酔なしです。陣痛の痛みが勝るので、触覚程度の感覚しかなかったのですが、出産後、この傷跡が痛いのです。

胎児の出すプロテインの一種が母親に届くと子宮の収縮が促される、が最新の研究だそうで。

篠田達明のデビュー作が『にわか産婆・漱石』です。明け方産気づいた鏡子夫人、産婆さんが間に合わず、四女の出産を立ち会うどころか、漱石自ら取り上げることになった様子をコミカルに描いています。お腹の胎児が大人の話を全部聞いていて、「パパったら……」とか呟いています。

サラ様ご紹介の『千の命』はぜひ読みたいと思います。

かしこ
2015/10/05(Mon) 10:46 | URL  | 名取の姫小松 #-[ 編集]
こんばんは。
>名取の姫小松さま

こんばんは。補足をありがとうございます。

正丸峠の方では一応、痛み止めの生薬は使用していたのですね。
み登さん、少しは苦痛が軽減されたのかなあ。

> 『JIN―仁―』と違って麻酔薬もなければ、ペニシリンもないので、手術跡から膿が出たと消毒を続け、胃腸の調子がなかなか回復しないと、浣腸を掛けたり、胃腸薬や虫下し(ここらへんは時代です)を飲ませたりと回復まで一月半かかりました。
> 産婦のみ登さんは五度目のお産で帝王切開でした。

まんがでは、そういう場面はわりかし省略されてしまうので、詳しい描写があることがなんとなく嬉しいです。
帝王切開をのりきっても、それでめでたしになるでなし、回復期の養生まで描かれていることが嬉しいです。
「JIN-仁-」では、地味な場面だからか、カットされてましたし。

> 自然分娩でも、産道を広げるために会陰切開をすることがあります。わたしも出産の時切られました。麻酔なしです。陣痛の痛みが勝るので、触覚程度の感覚しかなかったのですが、出産後、この傷跡が痛いのです。

あれ、もしかすると、陣痛が起きてたお初さんは、麻酔無しで腹部にメスを入れられても、陣痛の痛みが勝っていたかもしれない・・・?
いえいえ、どちらにせよ、母体が負うものはたいへんですね。
フィクションではたいてい、苦しみを乗り越えた感動の出産で区切りがつきますが、産婦の体はその後も生きているのですから。

> 篠田達明のデビュー作が『にわか産婆・漱石』です。

おお、気難しくて、悪妻ならぬ悪夫のイメージがある漱石さんですが、ご自分でお子さんを採りあげるという離れ業をやってのけた経験があったのですか。いい方に少しイメージが変わりそう。
お腹の子が、大人の会話を全て聞いてるって設定が作家らしくて面白いです。


> サラ様ご紹介の『千の命』はぜひ読みたいと思います。

わたしも、名取の姫小松さまが紹介してくださった「正丸峠の帝王切開」は是非読みたいです。
2015/10/05(Mon) 22:09 | URL  | サラ #ndrEhoxc[ 編集]
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