2015年11月29日 (日) | Edit |
1巻から8巻までを通読した時点で感想を書いたのだけど、公開を後回しにしているうちに、9巻、10巻、11巻が発売され、その都度感想を追記した形になってます。
ここでいったん公開します。
巻数が進むにつれ、辛みが増してます。




弥二郎兄さんが再登場したら、ブラック・ジャック(頭髪のみ)に変貌していた。

それはさておき、そうそうこれこれ、こういうお江さん(※)を見たかったんだよーーーーーー!!!
期待以上のものを見せてもらいましたw

(※)作中では「江与」ですが、うちではお江さんと呼ばせてもらいます。

◆見たかった点.

「お江さんは秀忠より6歳年上」の設定をちゃんと描いている。

大河ドラマ「姫たちの戦国」放映時に、お江さんまんがが何作か世に出ました。
しかしながら、わたしが読んだ範囲では、「お江さんは秀忠より6歳年上」との設定を物語に生かしたものはなかったように思います。
特に、お江さんが全然6歳上に見えないなぁと印象に残ってるのが、暁かおりさん作画による大河ドラマ漫画化「江 姫たちの戦国」(全五巻)と、わたべ志穂さん著「お江物語」。

前者はお江さんが年齢より子どもっぽいキャラデザで、とても秀忠より年上に見えず。
作中、お江さんが秀忠に対して「6歳も年下のくせに」とちょっとお怒りになる場面がありましたが、年恰好が同い年にしか見えなくて、全然説得力がなかったです(笑)。

後者は、秀忠が、「こんな17歳いねーよ」とつっこみたくなるくらい、老成した兄さんで、これまた、お江さんが年上には到底見えず。

二作品とも、故意に、「お江さんは秀忠より6歳年上」であると読者が感じないように描いておられるのかな、と思いました。
少女まんがは開明的な面もありますが、世間の「常識」を鏡のように映すものでもありますから。
この場合は、「男女の夫婦、恋人は、男が年上であるのが普通である」という「常識」です。

しかし、せっかく史実という後押しがあるのだから、ちゃんと「年上ヒロイン」としてお江さんを描いて欲しかったです。
少女まんがで「年上ヒロイン」、それも「年齢差ある年上ヒロイン」を描ける機会はめったにないのですから。
(先に述べた「常識の反映」とともに、十代半ばまでの少女たちを対象読者とするので、ヒロインを読者と同年齢に設定すれば、年齢差ある年下ヒーローは小学生になりかねませんから難しいのでしょう。少女まんがで年齢差のある「年上ヒロイン&年下ヒーロー」は。)

本作「イシュタルの娘」では、キャラデザで年齢差を表現しておられる上、言動や状況のはしばしできちんと「お江さんは秀忠より6歳年上」であると読者に伝えてくれています。

念のため書き添えておきますと、お江さんが全然6歳上に見えない作品として、まんが版「江 姫たちの戦国」、「お江ものがたり」を出しましたが、両作品を否定していません。楽しく読みました。

◆期待以上だった点、その1.

お江さん、自分が6歳年上であることも、三婚目であることも卑下していない。
かっこいいぜ!!

そうだよ、年上ヒロインであるならば、こういう堂々たる年上ヒロインがいいんだよ!!!

以前読んだ、とある年上のヒロインまんがでは、たった1歳の差にも関わらずヒロインは始終ウジウジ悩んでいて、いい加減にしろやあと憤りつつも、精神的な成長を期待して読み進めたら、ウジウジ女のままで終わりました。ブクオフでの立ち読みとはいえ、二巻分読むのに費やした、わたしの時間を返せ。
これは極端な例にしても、「女は若いほど値打ちがある」「若さを失った女は男にとって値打ちがない」との価値観が浸透しているせいか、年上ヒロインが年齢差をうじうじと気に病むパターンがありふれているように感じます。

関連エントリ:【エイジと大吾】
逆年齢差をものともしない、剛毅な年上ヒロインたちを話題にしています。みな、1歳差、2歳差なんてケチ臭い年齢差じゃないぜw

「イシュタル」版お江さんも、ほんと、ぜんっぜん、6歳年上であることを卑下してません。
むしろ逆手にとって、年少の秀忠を一呑みにしています。

初夜の場に臨んで「思い知らせてくれる!」と意気込んでいた秀忠を、
「わたしはすでに三度目、かつ6歳年上じゃ。年長に対する礼儀をお忘れか」と、堂々と喝破しています。

かっこいい。かっこいいよ、お江さん。こういう年上ヒロインを見たかったんだよ!

◆期待以上だった点、その2.

「セックスできれいになる?そんなアホな! 女性誌にケンカ売ります!」
(宋美玄著「女のカラダ、悩みの割は9割は眉唾」の帯に記載のコピー)


6巻あたりから湧き出した、主人公於通さんへの「信輔と一発やって色気をつけろ」(意訳)とのセクハラ声掛け(←わたしの感想です)をあざ笑うかのように、初夜のお江さんは凛々しかったです。

初夜に臨んでお江さんは秀忠に啖呵を切ります。
「(前略)お家のため、たくさんのお子を産んで差し上げます。(中略)ゆえに秀忠殿は生涯わたし以外の女性と接してはならぬ。そうお誓いなされ」
ためらう秀忠をひとにらみでねじ伏せ、「わかった」とうなずく夫をお江さんは意気軒昂たる仕草でいざないます。
床に横たわり、片手で掛布団を掲げ、「いざ参られよ」と。

かっこいい、かっこいいよ、お江さん。

チ×コを突っ込んだくらいで、お前(男)がわたしを変えられる、ましてや支配できると思うなよ、と言わんばかりです(←わたしの感想です)。

先に、主人公於通さんへの「セクハラ声掛け」と書きましたが、少女まんがですものねえ。
「恋愛」が物語の主要な軸になることは充分に理解しています。

しかし、そう理解していても、感情はまた別で。
6巻から先の、大御所さま(九条植通)、前田慶次、飯綱大夫ら、周囲の人々による、於通さんへの声掛けはセクハラに見えました。

大御所「於通に色気が足りぬ」
前田慶次「処女はお堅くて色気がない」
飯綱大夫「信輔殿と一発やったら、色気がでてきたのう」
・・・すみません。後者ふたつは私訳・意訳です。

元セリフは、次の通りです。
前田慶次「青くて渋そうだから」
飯綱大夫「そなた美しゅうなったな。(中略)恋は女子の美と元気の素じゃ」

ラ×ール・×井(男性)がスポーツ選手の浅×真×さん(女性)に吐いた暴言とどう違うんですか?
引用するのもイヤなので、要点に留めると「表現力を付ける為にカレシを作ってエッチしろ。女にならないと勝てない」
(全文を知りたい方は両者の名前で検索して下さい。)

はいはい、たぶん違うのでしょう(棒)。
於通さんへの激励はセクハラではなくて、彼女を思う愛ある励ましなんでしょう。
(とはいえ、前田慶次のセリフは、ラ×ール・×井と意味は同じちゃうんか)

セクハラと表記しましたが、むしろ、現代でもよくある、ご近所および親戚のおじちゃん、おばちゃんによるモラハラと呼んだ方が適切かもしれません。
独身男女に、「結婚はまだ?結婚ていいわよう。やっぱり女は結婚してこそよう」
結婚したらしたで、「よう、はげんどるか?子どもはいいぞう。がんばれよ!」
一人目を産んだら、「一人っ子ではねえ。若いうちに、二人目を早く作りなさい」
全て、「あなたのためを思ってのこと!」

いらんお世話だ、おばちゃん、おじちゃんでおしくらまんじゅうでもしてぶったおれろ。

閑話休題。

書家として表現力を得る為に恋が必要なんですか?
女として充実する為にセックスが必要なんですか?

ええ、少女まんがですから、恋もセックスも必要なんでしょう。愛する男との恋を実らせ、結ばれて、より一層女として開花を遂げなければならないんでしょう。少女まんがですから。

主人公側が、こういう展開であったので、お江さんの「男のチ×コごときでわたしは変わらぬ。支配もされぬ」と言わんばかりの初夜は痛快でございました。

「イシュタルの娘」について、他の感想をもう少し。

◆8巻帯のキャッキコピーは、

「戦へ赴くように嫁していく大名の姫たち。於通は自由な恋を守り抜く!!」



「戦へ赴くように嫁していく」との文言が興味深いです。
もしかして、ふた昔か、さらに前であれば、あるいは男性向け媒体であれば、「道具のように扱われ人質として嫁していく」と表現し、「政略結婚の犠牲者である可哀そうな女性」を強調したのではないでしょうか。

「恋」のできる於通の側をヨイショしていますが、これは、恋愛重視の少女まんがである以上しかたないでしょう。
わたしは、ここで、姫たちを「政略結婚の犠牲者」としての哀れな存在と見なさず、「戦へ赴くように嫁していく」と、能動的な姫君像を提示したことを好意的に評価いたします。

◆淀殿を寵愛していても、晩年に得た一粒種の鶴松に死なれた悲しみのただ中にあっても、秀吉さんは、正妻である於ねさまを守りました。

「いいかげんにせぬか!淀!あまりの暴言じゃ!北政所に対し無礼であろう!」



秀吉さん、貴男もかっこいいですw

◆「イシュタルの娘」を読んでて、「ヴェテランに負けた・・・」という思いをかみしめています(笑)。

当初、一読した時はあんまりおもしろくなかったです。
主役の小野於通を持ち上げすぎじゃない?と、鼻白んで。

実際に先見、予言の力を持っていたと伝わっていたならばすみませんが、信長、秀吉、家康の未来をそれとなく予知しても、読者には既知の事なのだから、「スゲー」と思うより、手の内が透けるようでやや興ざめしました。

ところが、二三度読み直すと、お話の安定感に安心して読めて、面白いと思えてきました。
ここらへん、さすが今なお一線で活躍されるヴェテランだと思います。
読者を安心させ、かつ、取り込む術を知っていらっしゃる。

信長、秀吉、家康が従来のイメージ通りなのも、「読者の期待を裏切らない」技なのかなと思いました。

と言うより、戦国三傑に限らず、知名度のあるキャラは従来イメージで作ってらっしゃる?
お江さんと秀忠も、従来の「気の強い姉女房&尻に敷かれた年下夫」(※)カプだし。

(※)わたしは永井路子、杉本苑子、両御大の作品で徳川秀忠を知ったので、「姉女房の尻に敷かれた坊ちゃん夫」ではなく、「内なる性欲もねじ伏せ、徳川体制盤石の為に行動できる生粋の政治家」イメージですが、いわゆる定説は、「気の強い姉女房&尻に敷かれた年下夫」らしいです。

◆京極龍子さんの顔が安定してないよー。
どうも、70点級~80点級の美人のはざまで容姿が揺れ動いている。
於通が「たしかに艶っぽい美人でいらっしゃる」と評していた時のアップ顔は、奇跡の一枚みたいな美女顔でした。

◆鶴松懐妊時、喜ぶ秀吉に応えた茶々が、頬を染めて頷いていたので、あ、少しは秀吉にも愛情があるのかな、と思ってたら、うーん、な展開に。

茶々姫ファンの方が、密林レビューで密通の否定を述べておられました。
その方が、やむにやまれぬ擁護の思いにかられ、キーボードを叩かずにおれなかったお気持ちはよくわかります。
だから、決して、「物語として楽しみましょう」とは申しません。

わたしも色々と風評被害にさらされてきたリウィアさまファンだから、茶々姫派の方の静かな憤りを無視はできません。
けれど、わたしにはわたしの感想があって、わたしは、本作の密通展開を、創作として興味深く読みました。「説」ではなく、「創作」として。

本作の茶々姫は、少女時代に失った栄耀を取り戻そうとする野心ある女であり、その為に、天下人(秀吉)の子を宿すことを手段としていましたが、鶴松懐妊時は、先に述べた通り、頬を染めた反応からして、秀吉にも情が湧いたのではないかと思うのです。ほんの少しであっても。
鶴松が生きていれば、秀吉のことも、鶴松の父として愛情を持ち、お袋さまとして安定した立場のもと、悠々と奥に君臨することで満足したかと。

しかし、鶴松が死に、立場は元の「側室の一人」に戻りました。
なによりも、彼女は「子に死なれた」のです。

「鶴松は秀吉の子ゆえ早死にしたのじゃ。
数多の殺生を繰り返してきた秀吉の子が育つ道理などない」(茶々姫のセリフの要約)

茶々姫の手前勝手な理屈ですが、逆縁の母が、もう二度と子に死なれたくないと切望し、罪深き秀吉の子では二の舞になると考え、秀吉の血を引かぬ「自分だけの子」を切望した結果の行動として、わたしは興味深い「創作」であると読みました。

◆近衛信輔さんの魅力がわからない・・・。
於通さんの「恋愛」にイマイチ興味がわかないのも、周囲の励ましの言葉が、いらんお世話に聞こえるのも、この人が、わたしの目には全然魅力的に映らないことも理由かも。

於通さん、仕事の上でも精神の上でも自立していて、オトコをあてがわなくってもいいキャラに見えるんですけどね。

8巻後書きによれば、信輔さんを於通の恋人にしたのは、作者さんの創作であるとのこと。

於通さんを、筆と才智で戦国の世を優雅に生きた独身貴族に設定するわけにはいかなかったんでしょうかねえ。いかないんでしょうねえ。少女まんがですから。

以上、8巻までの感想。
以下、その後に読んだ9巻、10巻の感想を追加。

 

◆於通さんは、わたしにとって、積極的な悪意は湧かないけれど、積極的な好意も持てない人物でした。
が、9巻にて、はっきり「イヤな女」となりました。

「まあ……まさか!もう年でござりますもの、子どもなど……」
(渡瀬羽林(近衛信輔)との事実婚後、真田兄弟から子どもの話をふられた時のセリフ)



29歳(推測)で何寝言ぬかしとんねん、バカかこの女。

口が悪くてすみません。ムカッときたもので。
こんなバカ女がいるから、石×慎×郎みたいなヤローが図に乗るんじゃねーか。

ド無神経と言うか、アホと言うか、於通さんの周囲は30歳前後で不妊になる女ばっかりだったんですかねー(棒)。

近衛信輔の妹、前子さんが30歳過ぎても子どもを産んでいるのは、作中現在(おそらく1956年から1957年頃)から見て未来だから知らなくて当然としても、お松さん(前田利家)は、三十路過ぎてから三人産んでらっしゃいます。
現代と違って避妊もままならぬ時代であれば、30歳過ぎての妊娠も出産も珍しくもないでしょう。

それを、「もう年でござりますもの」とは、アホか

子どもの話をふられて、戸惑ったんなら、
「わたくしたちも欲しゅうございますが、こればかりは授かりもの」
と、笑顔で返しておけばいいものを、
「もう年でござりますもの」
アホか

・・・と、腹を立てた勢いで書きなぐりましたが、もしや別の解釈もあるかも。

わたしは
「もう年でござりますもの、子どもなど……」を、
「年喰ってるから、もう妊娠することはないでしょう」との意味で解釈しました。

が、別の解釈、
「もう年を喰ってますので、子どもが欲しいという執着はありませぬ。授からないなら授からないでいいと思ってます」も、成り立つ・・・のか?????

しかしながら、於通さんて、真田信繁(幸村)の求婚を断る時、「於通はもう年だから、もっと若いおなごを娶れ」(意訳)と言ってるんだよね。
信繁と同い年の26歳なのに。

あの時も、ムカっときたけど、まあ、求婚を断るには自分を下げるのが無難なとこだろうと腹の虫をこらえました。
しかし、子どもの話をふられた時の反応を見るに、案外本気で言ってたのかも。

この件と考え合わせると、今回の「もう年でござりますもの、子どもなど……」も、やっぱり、「三十路間近の年よりのわたしは、おばさんなので、もう妊娠できませーーーん」の意味に思えます。

現に、妊娠が発覚した時、
「うそっ、わたし、この年で!」とびっくりしてますもの。

けっ

◆わたしの感じ方だと、「授からぬでしょう」との意味での、「もう年でござりますもの、子どもなど……」とのセリフは、最低40歳過ぎてからだと思います。
かといって、40歳くらいでもでも子どもはやすやすと授かる!と主張したり、40歳過ぎてから不妊治療に精出すことを支持する気はさらさらありません。

プライバシーに触れるのは下品ですが、作者さんご本人も高齢でお子を儲けておられながら、なぜこんな無神経なセリフを主人公に言わせたんでしょう。

◆ねねさま&秀吉夫妻が好きなわたしとしては、茶々姫を寵愛しながらも、また、茶々姫の産んだ子を溺愛しながらも、要所々々で、秀吉がねねさまをたてて、大切にしてくれた場面があったのが嬉しかったです。

秀吉の死を看取ったのもねねさまでしたし。

◆秀頼の出生のことで、秀吉と淀殿の間にもう一悶着あるかと思ってたけど、詰問一度きりでしたか。

もしや、秀頼の「父」に関する爆弾は、ねねさまが引き継ぐのか?

ねねさまは秀頼の「父」について勘付いていて、だから、秀吉死後、淀殿と距離を置いているのでは。

◆淀殿おバカさん化が進んでるなあ・・・。

登場当初から最初の懐妊の頃は、覇気と野心に満ちた女。
お捨誕生からお拾(秀頼)誕生くらいまでは、先に書いた通り、狂おしい情愛の母要素が追加。
そして今、「おバカさん」が加わった・・・。

淀殿に恩を感じているという設定の末妹、お江さんが、大阪の陣で何を考え、どう動くか楽しみであったんですが、あんまり期待できんかな。

◆石田三成。
近衛信尹から一休禅師の書を贈られ、「信尹殿・・・!」と、感情を込めて目を細めている表情が好きです。

以下、さらに11巻の感想を追加。



◆主人公ヨイショが露骨に進行してます。
淀殿貶めが露骨に進行しています。
なんでこうなった・・・。

連載当初は、未来を予見したり、他人のオーラが見えたりする主人公設定を、「盛り過ぎ。都合よすぎ」とバカにする思いもありましたが、ヴェテランの巧みさと言うべきか、そんな思いを脇に置いていいくらい、周囲を固めるキャラが魅力的で、話運びも面白かったです。

なんだけど、主人公のちょいと癇に障るとこが解消されたわけではないので、お話に魅力がなくなると、嫌な面が目立ってくるというもの。

11巻はそれが顕著でした。

◆淀殿は嫌な女です。
次々と子宝に恵まれる妹(お江さん)に、「犬の様に産む」と暴言を吐き、産んだとて娘ばかりでは値打ちがないと見下します。さらに、大切に育てると預かった姪(お江さんの娘)の世話もないがしろにしてました。お通の斡旋で、姪が公家に嫁ぐことになり、その折には豪勢な支度を整えてくれましたが、それとて愛情の発露ではなく、徳川家への対抗意識ゆえ。

うわ~。
なんでここまで嫌な女にする!?
(史実を言うのは野暮でしょうし、わたしの知らん最新研究の結果かもしれないけれど、淀殿は姪っ子の完子を大事にしてたそうだよ)

一方、主人公ヨイショが著しい。
史実であればすみませんが、江戸城奥向きの女中たちの教育もお通さんのおかげ、お江さんの不遇の娘が良縁を得たのもお通さんのおかげ、徳川家跡取りの乳母(後の春日局)が決定したのもお通さんのおかげ。

いやー、すごいわ(棒)。

政仁新王(後の後水尾帝)とお通さんの出会いもあったし、こりゃ、和子と後水尾帝の縁談の成立もお通さんのおかげ、破談になりそうな縁組の危機が救われたのもお通さんのおかげ、興子内親王が皇位につけたのもお通さんのおかげとのフラグが立ったな・・・。
(信輔さんの妹が、後水尾帝の母の前子さんて時点でフラグは立ってたとも言えますが。)

こうなりゃ、是非とも、大阪夏の陣で千姫を救う離れ業も見せてください(嫌味)。

◆登場当初の淀殿は、気が強く、誇り高く、妹思いの女性であったのに、なしてこーなった。

生きる目標も、当初の「日本国の女王になる」から、ひたすら親ばかに成り果ててるし。

そりゃ、人間て変わるものですが、なんか、主人公をひきたてる為に、悪い方へ人物設定をねじまげられたような気がしてなりません。

◆淀殿だけでなく、淺三姉妹の描き方も残念です。
当初は姉のお茶々を中心に結束していた姉妹仲なのに、淀殿のバカキャラ化に伴って、お初さんもいい加減な人柄に変貌し、キャラとしての扱われようは、お江さん一人勝ち状態。

お初さん、いくらなんでも、お産をすませた妹の見舞いにきて、もののついでみたいに娘をもらってかえるなんてないわ。
「姫たちの戦国」かよ!!

「イシュタルの娘」は、「姫たちの戦国」を少女まんが大河と揶揄する面々に、少女まんがの格を見せつけるいい見本だと思ってたのに・・・(泣)

◆否定の感想ばっかりなのは、書くわたしの気が滅入るので、いいなと思った点も。

(1) お通が仕事を選んだこと。それを信輔さんが後押ししたこと。単に口先だけの後押しではなく、幼い子どもを自分が預かって育てると申し出て実行したこと。

(2) (1)と関連して、女(お通さん)が、幼い子どもを夫に預けて、単身赴任に出る姿を描いたこと。

大和和紀さんて、わりと保守的な家族像を推しているような気がします。
保守的といっても、「一流企業で終身雇用のパパ&家事を完璧にこなす専業ママ&男女混合の三人以上の子ども&夫の父母と同居、もちろん介護はママが一手に引き受けますw」推しではなく、「男女が愛しあうのは幸せ」「どんなに苦しくても子ども笑顔があればママは幸せ」とか、超保守にはなれないけれど、進歩的なのもイヤと感じる程度の保守層に受ける幸福像です。
ご本人が保守的なのか、掲載誌の読者層に合せているのかはわかりませんが、大和和紀さんの作品の主人公で、「子どもを置いて積極的に働きに出る母」はないだろうなと思ってたので、今回は少々意外でした。

大和和紀作品を全て読んでるわけじゃないので、思い違いであればいつでも指摘を受けます。

(3) 母親思いの秀頼くんですが、千姫のことは妹のようで可愛いとか。
よかった、母親に傾倒するあまり、千姫をないがしろにする子でなくて本当によかった。

それにしても、淀殿と秀頼の母子の絆が強調されてて、ちょっと気持ち悪かったです。掲載誌がBE・LOVEだから、母子相姦てな展開にはならないだろうけど、ちょっと行きすぎな気がしました。

(4) やはり察していた、北政所さま。秀頼が秀吉の子でないことを。

(5) お福さんのキャラがなかなかに素敵です。定番イメージ(醜女、気が強い、男勝り、忠義一徹頑固者)を生かしつつ、行動の根底に「武士の誇り」を据え、そこがなんとも魅力になってます。彼女が魅力的なまま話が進行してくれますように!

しかるにリウィアは初代皇帝アウグストゥスにふさわしい、偉大なる貴婦人であった。

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