2016年01月20日 (水) | Edit |
(注意)ネタばれ・史実ばれに配慮していません。





17話、18話は雑誌で読書済み。19話、20話はコミックスでお初です。
今回はKindle版を購入しました。
さて、電書で読んだ感想はどんな出来上がりか!?


「薔薇王の葬列」5巻
作者:菅野文


「そうよ 私は悪魔 愛の悪魔」
(第20話)



「死霊の盆踊り」レベルのインパクトある組み合わせでした。
「死霊」も「盆踊り」も尋常な単語なのに、組み合わせたとたんになぜこうもバカっぽい強烈な破壊力で、口をあんぐりさせてくれるのか。

同様に「愛」も「悪魔」も尋常な単語なのに、組み合わせたとたん(以下略)。
なんと言っていいのやら、キャサリン・オブ・ヴァロアが、控えめに表現して積極的にぐいぐい攻めてるので、痴女ものAVのタイトル及び喃語に用いられてそうな、安っぽくてゲスくてバカっぽい破壊力のあるセリフでした。


「愛の悪魔 フランシス・ベイコンの歪んだ肖像」

↑ものは試しで検索したら、AVじゃなくて、一般映画がヒットしました。
フランシス・ベイコンは哲学者の方じゃなくて、同名の奇才の天才画家であるとのこと。
安っぽいだのゲスいだのバカっぽいだの、AVのタイトルに用いられてそうだの、言いたい放題に言ってごめんね。
やっぱり、キャサリン・オブ・ヴァロアの痴態あっての、「愛の悪魔」=痴女ものAVの印象だったんでしょう。

なお、萩尾望都さんが、キャサリン・オブ・ヴァロアを主人公にした18頁の短編を描いておられます。


「ここではない★どこか 春の小川」
作者:萩尾望都


↑上記コミックスに収録されている「花嫁」と題した一作です。
あらすじとコメントを述べたサイトがあるので、興味のある方は「萩尾望都 キャサリン・オブ・ヴァロア」とか「萩尾望都 花嫁」等で検索して下さい。結果上位にきます。

◆そして、「愛の悪魔」のディープ・インパクトを以てしてもかき消せなかった、エドワード王太子のウザさ。
5巻でこの子への不憫の情がかなり減少しました。

以前書いた感想を見直したら、18話までの時点ではこの子を好意的に見てるんですよねえ、わたし。特に17話でははしゃいでいます。エドくん祭りだ~、と。

まず、5巻表紙のドヤ顔、ムカつくわー。
未来図を知ってても、ふせんで顔を隠したくなるくらい、ムカつくドヤ顔だわ。
でもKindle版だからふせんを貼れないのよ。5巻を読むたびに、いやでもムカつくドヤ顔が目に入ってくるのよ。そして、ますますウザ王子にムカついてしまう悪循環です(笑)。

さらに19話の寝室問答がね・・・(この件は次項で)。

以前は、読者から顰蹙の目を向けられる展開になるのは可哀そうと思ってました。

「騙したな!」と、リチャードを罵るエドワード王太子を見たくないよう。。。
(「4巻と17話」の感想より)



しかし、ウザすぎるので、さあ、リチャードの正体を知った途端に、「騙したなあっ」と叫べ、「化け物っ」と罵れ、自分が勝手に恋心を暴走させたことを棚に上げ、ありとあらゆる悪口雑言をリチャードに浴びせて、読者からの大ブーイングを喰らっちまえ!ってな気分になりました。

そうなって、エドワード王太子はやっと思い出すかもな。リチャードの乳房に触れたそもそものきっかけが、「リチャードの悪魔疑惑を暴く為」だったことを。

◆19話、アン・ネヴィルとエドワード王太子の寝室問答、後者がウザすぎて読み返したくありません。読もうとしても目が拒否してしまいます。
しかし重要な場面なので、初読時にいろいろ感じたことを語りたい。なので、記憶だのみで語ります。

エドワード王太子がネチネチしすぎ!

だから読み返したくないんだよっ。
なぜああも、猫が鼠をいたぶるようにアン・ネヴィルの精神を痛めつけてるんだろう。

恋敵に優しくなれないのは当たり前の心の動きとしても、エドワード王太子にとってリチャードは「女」で、かつ、「異性愛が当たり前、同性愛なんてありえない」との思考ならば、アン・ネヴィルは恋敵にもならないんだから、ああもネチネチいびらんでもいいでしょうに。

身分とか性格の違いもあるとはいえ、「ベルサイユのばら」にて、女のロザリーがオスカルに恋心を寄せていると知ったアンドレですが、「女同士の恋が成就するなんてありえない」と思ってる為、ロザリーにはいたわりの態度すらとってました。一方で、男であるフェルゼンに対しては、嫉妬していました。

リチャードと夜を共にしたり、口づけたことを告げる様子は、まるで、男の恋敵に対してるような嫌味ったらしさでした。
とあるまんがで、脇役男が男主人公が憎からず思っていた女とベッドインしたことを、男主人公に自慢げに詳細にペラペラしゃべる場面があったのを思い出しました。
王太子さまの品格など欠片もうかがえない。
思慮の足りないゲス野郎かよ。

問い「エドワード王太子はなぜアン・ネヴィルをネチネチいびったのか?」

仮説その1.
母親譲りのドSな性分のスイッチが入った。

仮説その2.
ランカスターの王太子として、宿敵ヨーク公一派の懐刀でもあった「キング・メーカー」ことウォリック伯を憎んでいるので、その娘にも憎悪と嫌悪しかない。
嫌いな女なんだから、うんと懲らしめてやりたい。
それに、アン・ネヴィルをいたぶれば、ウォリック伯に仕返ししていると言う、疑似的な復讐の快味を味わえる。

仮説その3.
父親(ヘンリー6世)への恨みつらみも混じってる。
先に書いた通り、エドワード王太子のいびりようは、男の恋敵に対するものに似ています。
リチャードに触れたとか、口づけしたとかは、本当は、ヘンリー6世にこそ叩きつけてやりたいのかもしれません。
でも、言う機会がないから、憎らしいウォリック伯の娘をはけ口にした。

仮説その4.
リチャードを「女」と知らず、恋い慕っているアン・ネヴィルが滑稽で愚かしく、ゆえに、とことん見下しバカにしていいと思っている。

「同性愛」がともすれば揶揄され、蔑みを込めた嗤いのネタにされる件は、「4巻と17話」の感想で述べています。

わたしがエドワード王太子の恋心を「滑稽」「喜劇的」と思ってしまうのは、たんに「異性愛が多数であるため」ではなく、「世の中は、『オカマ』『ゲイ』等、セクシャル・マイノリティを蔑み、嘲笑のタネとする傾向が強い(※)」から、リチャードの「秘密」を知った時、エドワード王太子は我が身を「滑稽」なピエロと見なすと予想できるからです。
(「4巻と17話」の感想より)



しかし、ここで今アン・ネヴィルを蔑むことは、まんま、自分にかえってくるかもしれないんですよね、リチャードの「秘密」を知った時に。

「女」でない存在を、「女」と思い込んで、恋心を募らせ、父王に嫉妬し、口づけした、「滑稽な自分」を認識した時、エドワード王太子はどんな態度を取るのでしょう。



わたしは、当初「仮説その4」のみ考えていたのですが、「2」「1」も有りかなと思ってます。(「3」は、あんまり主張する気になれない。)
煮え湯を飲まされてきたウォリック伯の娘に対して好意は持てんだろうと。

それにしては、宿敵ヨーク公の「子息」リチャードに対しては、乳房に触れただけで好意を持ちました。
やっぱり、あの心の変わりようは、「好意」とか「恋心」とか呼ぶより、「発情」と言うか、男性がエロ本を見て体が反応するような現象だとみなした方がいいかもしれません。

◆問い「エドワード王太子はなぜ婚姻を完遂(consummate)しないのか?」

マーガレット王妃は「どちらかが嫌だと言うのなら、力づくでモノにしなさい」と命じてますが、「どちらか」と言われても、多分、エドワード王太子が嫌がっていて、アン・ネヴィルは性格上自分から促すことはできないでいるのでしょう。
だから、「エドワード王太子はなぜ婚姻を完遂(consummate)しないのか?」と問いました。

仮説その1.
少女まんがだから。
少女まんがでセックスはタブーって意味じゃなくて(タブーだったら、エド兄さんやキャサリン・オブ・ヴァロアがさかったりしないよ)、少女まんがヒーローは愛するヒロインに操立てしなければならないから。

仮説その2.
離婚、もとい、婚姻無効を容易にする為。
後々、リチャードと結婚するつもりなので、離婚を許されないカトリックの教理において、婚姻無効を成立させるてっとりばやい手段が、「白い結婚」でしょう。

しかし、この子がそんなに頭の回る子だとは思えんわ。

仮説その3.
「男に欲情されることは、女にとって喜ばしいことである」。
女にとっては腹立たしいことに、悪意なく、これを信じている男が(女にも)いるんですな。
だから、痴漢や性的いやがらせの不快さや怖さを女が訴えても、「貴女に女として魅力があるからじゃん?なんで怒るの?」「ハイハイ、自慢、自慢」「その男性は貴女に好意を持ってるんだよ」と、全く話が噛みあわない事態になったりします。

そして、エドワード王太子もそのような思考の持ち主だとしたら・・・。
「お前は俺にとって、まったく情欲をそそられない女なんだ。お前はランク外の女なんだ」と、侮辱する為に、婚姻を完遂させていないのでは、と思うのです。

リチャードとの関わりを詳細に告げたのも、「俺はリチャードには欲情したが、お前にはこれっぽっちも欲情しないんだ」と、アン・ネヴィルをとことん貶めてるつもりで言ってるのかもしれないです。

仮説その4.
仮説なんだから思いつく考えは全て書いておこうってことで、ずばりED。
デリケートな問題なんだから、気に病まなくていいよ。後のアーサー王太子だって、初夜もその後も遂行できなかったとされてるんだから。

仮説その5.
仮説なんだから思いつく考えは全て書いておこうってことで、「未経験なのでどうしていいかわからない」。
未経験の弱味を、虚勢をはって、アン・ネヴィルを甚振ることでごまかしている。

◆20話の情報が錯綜としてうまく呑み込めていません。整理できないので、乱雑なままで思うところを書きます。

1) リチャードの体の秘密ってなんなんでしょね・・・。

連載当初から大々的に「両性具有」とアピールしているんだから、今さら「嘘でした~(テヘペロ)」ってのは有り得ないと思いますが、作者さんにミスリードされてるような気がしてなりません。

20話で幼少時期の回想場面が流れました。
川遊びに行こうとした兄たちに誘われ、リチャードは服を脱がされかけ、上半身が露になりました。そこにシセリィお母さまが割って入った為、下半身の衣装をひんむかれずに済んだのですが、なぜリチャードは脱がされることを拒んだのか?なぜシセリィお母さまは怒ったのか?考えるほどに謎が深まるばかりです。

まず、幼児リチャードの上半身はツルペタでした。
だから下半身が露出しても、そこには「男の証」(第10話)があるのですから、エド兄さんたちは、また仮に他者に見られても、「リチャードは男」だと認識されるだけです。
裸体を見られても、問題はないと思います。

そしてリチャードは露にされた上半身を隠そうとはしていません。
やはり、下半身に秘密がある・・・?
しかし、「男の証」があるのであれば、幼児の時点では、さほど神経質にならなくてもいいはず。
なのに、なぜ裸体をさらすのを拒んだのか。結果的にみれば、なぜ下半身の露出を防いだのか。

「男の証を切り取って(後略)」(第10話)とのセリフによって、一度は捨てた「リチャードは男として育てられている女」との推測がまたムクムクと。

「実は女」だとすれば、辻褄は合います。
裸体になるのを拒んだのは女だとばれるから。
シセリィお母さまが憎悪も露に怒ったのは、「女」のリチャードが兄(男)たちを誘惑しているように見えたから。
同じ20話後半で、「男を誘惑する女」が「悪魔」と自称しているのは、符合かも。

しかし、ここで再び「男の証を切り取って(後略)」とのセリフがネックになります。
リチャード本人が、自分が「男の証」を有していると言い、かつその「男の証」は切り取れるシロモノであると表現している。

そのものずばり「男性性器」であるとか、「陰嚢・睾丸」であるとは言っていないので、「男の証」が実は別のものを指してました~との種明かしもあり得るかなあと思うのですが。

すげーバカバカしい仮説を3つ。

仮説その1.
下半身に、「I am a male.」との痣がある。
「切り取れない」のであてはまりませんな。
痣じゃなくて、盛り上がっていたら「切り取る」にあてはまるかなあ。

仮説その2.
下半身にジャンヌ・ダルクの人面瘡がある。
盛り上がっているから「切り取る」にあてはまるはず。
しかし「男の証」とは言えんわ。

他に、ジャンヌ・ダルクに限らず、「魔女の刻印」と見なされる痣が下半身にあり、それで男子として育てられることになったのかなあと考えたこともあります。

仮説その3.
両性具有ではなく、れっきとした女子である。しかし、なんらかの事情で、男として育てられることになった為、幼少時は体を他人にみられないよう厳しく注意されていた。
成長後は、男性性器をかたどった道具を下半身に装着している。
だから、幼少時同様、他人に身体を見られることを警戒している。

これなら、一応「男の証」も「切り取る」もあてはまるんじゃね?と思うけど、少女まんがで道具プレイなんてドン引きだよ。ありえないよ。あって欲しくないよ・・・。

2) リチャードのモノローグが意味するところはなんだろうか?

俺は女じゃない
それなのに
俺はヘンリーを愛している



セリフだけ抜き書きするとあっさりしているんだけど、重要な場面であり、セリフです。
リチャードが「ヘンリーを愛している」と自覚した点も重要ですが、「女じゃない」とこだわっている点が気になります。

俺は男だ
それなのに
俺はヘンリーを愛している



ではなく、なぜ

俺は女じゃない
それなのに
俺はヘンリーを愛している



であったのか。

ふくらみをきざした乳房に表れているように、身体の変化が、「男」である性別認識を揺るがしているからだと思いますが、さらに深い事情があるように思えてなりません。

てか、リチャードにとって「男である」と認識する為に、「女じゃない」と女性であることを否定する形から入らなければならないのね。

3) 女嫌いと噂されていましたが、「情欲」(「性欲」と解釈していいですか)そのものが嫌いであったヘンリーさん。

これまた唐突な思いつきなのですが、ヘンリー六世、リチャードが「男」だから心許してるんじゃないでしょうか。

「王は超敬虔なクリスチャンだぞ」
「王は女がお嫌いなのだ」
(いずれも第3話)

細っこくて、まだ性的に成熟していない外見の「男」だから、好意を寄せることが出来てるんじゃないかとも思います。

エドワード王太子にとっては、リチャードが「女」だから敵であっても気にかかる存在であるように、ヘンリー六世にとっては、リチャードが「男」だから心許せる存在である、と。
(「1巻(その1)」の感想より)



リチャードが「男」だからと言うよりも、性的に成熟していない「天使」だから心を開くことが出来ているのですか?

けれど、ヘンリーさん本人にも情欲はありますよね。
何度かリチャードに欲情している気配がうかがえました。

4) マーガレット王妃はヘンリー6世と会う前に、既にサフォーク公と恋に落ちていたのか。

とにかく不仲であるマーガレット王妃&ヘンリー6世夫妻です。
わたしは、神さまオタク、もとい、信心深い一方で、世俗の国王として力量のない夫に、マーガレット王妃の愛情や信頼が急速に枯れていき、徹底的に嫌うにようになったと思っていたのですが、回想場面を見る限り、もしや、ヘンリー6世と会う以前に、サフォーク公と恋に落ちていたのか?

そして、母親の不実と裏切りによって、情欲への拒否感、ひいては一種の女性嫌悪に陥っているヘンリー6世ですが、同じく回想場面を見る限りでは、妻となる女性とは、「仲良くやっていこう」との期待を寄せていたのでは?と思えました。

回想場面の最初のコマ、今より幼く、はにかんだ生真面目な表情のヘンリー6世。
しかしその視線の先には、サフォーク公に手をとられ、寄り添うマーガレット・オブ・アンジュー。

母に続いて、妻となる女性も「不実と裏切り」を為していたと悟り、情欲を否定する思いが一層募ったのか・・・?

て言うか、マガーレットさん、貴女、婚姻以前に不貞(精神的不貞を含む)を働いていたのかよ(推測)。見損なったぞ(←「推測」なので、考え違いであれば、取り消します)。

◆リチャード本人が気に病んでいないし、隠している様子もないので忘れがちですが、リチャードの両眼も謎です。

彼の両眼は色が異なっています。
細部まで緻密な作画なのですがざっくり言うと、右眼がトーンまたはベタ入り、左眼がトーンなし・ベタなしです。
要するに、右眼は濃い色、左眼は薄い色扱いかと。

カラー版も手元に残している分を確認したところ、右眼はその他の配色との兼ね合いを考慮しておられるのか定まってません。紫と黒のケースがありました。
左眼は隠れているカラー絵が多いのですが、1巻表紙では「銀あるいは灰色」、第5話カラー表紙では「金色」に見えます。(第1話のカラーは処分しちゃったよ・・・)

左眼を覆うように前髪をのばして(鬼太郎ヘア)隠すようにしていますが、眼帯を用いているわけでなし、他人の目から完全に隠せるものではありません。

なのに、なぜ、誰一人、リチャードの両眼について触れる人がいないのでしょう。
1人くらい、「オッドアイなんて珍しいな」と話題にするキャラが出てきてもいいのに。

16話で下衆なモブが「王の弟(リチャードのこと)は随分小柄だと聞いたぜ」と言ってました。なぜ、あの目立つ「オッドアイ」が本人特定の特徴として挙がらないのか。

オッドアイそのものは、珍しいけれど謎ではありません。
だけど、作中でスルーされていることは謎です。

もしかすると、「両性偶有!」との煽りは、この両眼の謎から読者の注意をそらす為のダミーなのか?

リチャードの左眼には、実は暗黒の力が宿っていて、「薔薇王の葬列」そのものが、左眼が作り出した幻だった!
パパさんも、ヘンリー6世も、エドワード王太子も、アン・ネヴィルも何もかも、リチャードの左眼が産みだした幻であって、彼は幻の中でたった一人で生きていたのだ!!
誰もいないボズワースの平原で、その真実に気づいたリチャードはただ一人、呆然と立ち尽くすのみであった・・・。
「薔薇王の葬列」完。

・・・そんな結末になったら、「コミックスをドーヴァー海峡に放り込めっ(※)」てなもんですな(笑)。

(※)ネタ元は、「鴨川に放り込め」「経典の代わりに海に投げ込め」。

◆エド兄さんは、村娘たちの水浴びに加えてもらおうとしたのです。
何を改まって書いてんだってなもんですが、考えすぎかと思いつつ、「覗き見」でなくて、堂々と参加しようとしてた点はマシだなと。

リチャードの服を脱がせようとする流れに持ち込む為に、「覗き見」でなく「参加」の意志表示にしたのだろうと思いますし、裸体での水浴びを、推定12歳くらいの男子と一緒なんて拒否一択でしかありませんが。

ただ、図らずも、エド兄さんが、こそこそ覗き見タイプでなくて、堂々とアプローチする実践派であること、そして、女子読者にとって不愉快な「覗き見」をする性犯罪者でない点が描かれたと思います。

と、一応誉めたんだから、しっかりしてくれよ、兄さん。

◆エドワード王太子への辛口感想に満ちた5巻感想となりましたので、なにか美点はなかったかなあと頭をひねった結果、表情の豊かさに目が留まりました。

マーガレット王妃から初夜の遂行を促され、窮地に立たされた表情、アン・ネヴィルをネチネチといびる時の実に憎らしい面構え等、表情豊かな子です。
母親のように「顔芸」の域に達していないのが残念です。

そういえば、マーガレット王妃、5巻では顔芸披露がなかったな。続刊に期待。

◆ヘンリー6世母、ヘンリー5世王妃、キャサリン・オブ・ヴァロア登場。
彼女については冒頭で触れた通り。

ウォリック伯の娘たち、アン&イザベラ姉妹を除いて、主だった女キャラは怖いねーちゃんばっかりですな。

だが、それがいい!

マーガレット・ボーフォートにも期待してるぞ。
彼女であれば、キャサリン・オブ・ヴァロアとは逆に、情欲を一切断ち切った女として描かれるか!?

◆19話冒頭は、マザーグース「6ペンスの唄」。
24羽の黒つぐみ、パイに焼かれて、なんちゃらかんちゃら(よく覚えていない)。

◆「海外に逃亡中のエドワード」(19話)。

エド兄さん一行は、ただいま、ブルゴーニュ公国滞在中なんだけど、「海外」で片付けられてしまい、ほぼ唯一の出番に国名表示なし(笑)。

◆「身体の秘密」を隠す為、従者を遠ざけ、着替えを一人で行うほどに(第8話)用心深いにも関わらず、エドワード王太子の着せ替えごっこ(違)に応じる、つきあいのいいリチャードであったw(第17話)

◆神に祈る以外たいしたスキルはないと思ってましたが、ヘンリーさんには、エクソシストの才があった!

これで生活費を稼げるね、出奔しても安心だよ、と言いたいところだけれど、自分のスキルを生活の糧に変換させる商才がないから難しそう。
サポート役と言っても、リチャードもあまり商売の才はなさそうだし。

やはりここは、世知に長けてそうなマーガレット王妃にサポートしてもらうのが一番じゃないかと。

以上、5巻感想終わり。
以下、第21話と第22話をまとめて感想を書きます。

 
実のところ、プリンセス2月号は、「薔薇王」22話の為でもなく、ドラマCDの為でもなく、続刊未定の「白馬が王子様」(阿部川キネコ著)最終回の為に買いました。
なんだけど、買った以上「薔薇王」も読んだので、21話とまとめて感想を書くよ!

22話のカラー表紙、エドワード王太子のあい変らずのドヤ顔がうざくって(笑)。
わたしから見れば、ウザい王子様は、王子(「白馬が王子様」の八王子馬太郎くん。この子は好青年)じゃなくて、エドワード王太子です。

◆「薔薇王」で好きなキャラは?と問われたら、わたしはマーガレット王妃とアン・ネヴィルです(キャラに共通点がない・・・)。

アン・ネヴィルは、元々、史実のアン&リチャ3カプが好きなので、その流れで。

マーガレット王妃は、本作版が好きになりました(笑)。
ですが、20話で垣間見えた「ヘンリー6世と会う前に、既にサフォーク公と恋に落ちていました」疑惑によって、好感度が少々減少中。(原案からずればこの流れが当たり前か・・・)

ヘンリー6世と出会って、失望しての流れならともかく、会う前から不貞(精神的不貞含む)を働いていました、ってのはなあ。
それに、ほぼ出番がない人物ですから、完全に脳内空想突っ走り劇場になりますが、サフォーク公が気にいらない。

30以上も年下の娘に色気を出す男なんてろくなもんじゃねーぞ。

この国に嫁いで右も左もわからなかったわたしを、貴方だけが支えてくれたわね・・・・・・。
(第3話)



いやいやいやいやいや!
娘ほども年若い生娘の「右も左もわからない」心細さにつけこんで誑かしたんでしょう。

だから、今のとこわたしの脳内では、サフォーク公は中年エロじじいです。
スケベ心だけじゃなく、政治的な思惑もあったんでしょうが、見下している国王ヘンリー6世の嫁となる女を籠絡する、いわゆる、「寝とり」の快感を味わう為もあったんじゃないかと想像できて、その下衆な性根が気持ち悪い。

・・・以上、完全に脳内空想突っ走り劇場なんで、新たな情報が開示されて、サフォーク公が全く異なる人物像であれば、笑ってやって下さい。

ちなみに本作には、30近く下のこを誑かしている男キャラがもう一人いますが、まあ、彼は妖精さんなので大目に見ましょう。

◆第10話でのヘンリー6世のフラッシュバックを補完する形で、マーガレット王妃による回想が為されました。

すげーしょうもないつっこみですが、ヘンリーさんの上衣を破る必要ってなかったんじゃない?ズボンを下ろせば事足りる・・・(げぶん、ごふん)。
上衣とズボンじゃなくて、長めの貫頭衣みたいなものを着用していたとしても、やはり裾をまくるだけで(後略)。
リアリティ重視で露骨に描く必要はないし、衣服を破く行為でマーガレット王妃のサディステッィクな性分を表現できることは理解しています。
この点につっこむんなら、エドワード王太子だって脱ぐ必要があるのは上着じゃなくて(以下自粛)。

「アルカサル –王城–」(青池保子著)で、互いに嫌い合ったドン・ペドロとブランシュ王妃の初夜は、二人とも着衣の裾をまくっただけで遂行されたように読めました。

1) 両者は同じ場面なのか?

どちらも雷が鳴ってますし、マーガレット王妃は髪を下ろしていますが、前者では王妃は全裸、後者では夜着をまとっています。
王妃の回想は、おそらく初夜の床入りの儀式だと思いますが、あの後、立会人の前で全裸になったのか?
それとも、一度遂行した後、「二回目以降は二人きりで」と立会人が退席し、人目を気にしなくてすむようになったので全裸になったのか?

一度きりなのか、子ども(エドワード王太子)ができるまで繰り返されたのか気になります。

史実では初子(エドワード王太子)を懐妊するまで8年ほどかかっています。

2) マーガレット王妃は処女の体で初夜に臨んだのだろうか?

エドワード王太子はヴァージンだったのか?とか、他人の性生活を詮索しまくってますが、べ、別に、覗き見根性じゃないんだからねっ。

わたしは、未経験であって欲しいけどね。
べ、別に、処×厨メンタルじゃないんだからねっ。

まず、わたしの脳内中年エロじじい、サフォーク公に、「マーガレット王妃の処女をいただいた」優越感を持たせたくないから。

そして、マーガレット王妃に、「愛した男と性愛をわかちあった経験が有る」のと「無い」のとでは、今回のエドワード王太子の造反にたいする受け止め方が異なるのではと思うからです。

さらに、第21話、第22話で「肉体で愛し合う」ことにスポットがあたったので、「精神的にのみ愛し合う」ことの経験者があってもいいかと。

肉体関係に至らなかったからこそ、「永遠の恋人」となり得ることもあります。
中年エロじじいの狡猾さで、処女をみせかけの甘言で誑かしておいて、手をつけずにいたってことならいいなあ。。。

一人息子の行為を凝視するマーガレット王妃のあの厳しいまなざしは、「愛した男に許した体を、愛していない夫に委ねばならなかった女」のものか、それとも「愛した男とは結ばれず、愛していない夫と契りを交わさねばならなかった女」のものか。

◆実は、本作のマーガレット王妃&ヘンリー6世のカプが好きなんです。
二人ともすっごく嫌がりそうだけど。

「宿六亭主としっかり者の女房」(違)と言う、ある意味理想的な組み合わせじゃないですかー。

マーガレット王妃にどつきまわされているヘンリーさん、ヘンリーさんのせいで天に向かって咆哮する羽目に陥るマーガレット王妃。
似合いの二人ですってば!

だから、中年エロじじい、サフォーク公との事前から不倫疑惑が気に障るんだよなあ。

◆マーガレット王妃はエドワード王太子の造反をどう受け止めているのだろう。

1) 父親(ヘンリー6世)を連れ帰れと命じたのに、ヨーク派にかっさらわれた。(エドワード王太子が画策したとは知りますまいが)

2) ウォリック伯の娘との縁談を嫌がった。

「私は絶対に嫌です!ウォリックの娘と結婚するなど・・・」
(第15話)



3) ウォリック伯の娘と結婚したものの床入りを遂行せず。

1)は、事情を知らぬマーガレット王妃目線では「失敗」であって「造反」ではありませんが、2)、3)は明らかに「造反」と解しているでしょう。

画面に表れている限りでは、マーガレット王妃は息子に理由を質していません。
ただ命じるのみです。
「結婚せよ」
「床入りを行え」と。

頭のいい彼女なのですから、結婚と床入りを拒む理由として、「意中の女がいる」ことを察していないわけはありますまいと思ったのですが、あの苛烈な気性からすれば、愛息が「恋」にうつつを抜かしているとわかれば、相手の女をつきとめて、刺客を差し向けかねんわ。

てことは、愛息に、「欲情を拒否する、夫ヘンリー」、即ち、嫌い、軽蔑している夫の姿を見たのか?

◆22話にて、マーガレット王妃に尻を蹴り上げられる勢いで床入りを遂行したエドワード王太子です。結局のところ、エドワード王太子はヴァージンだったんでしょうか?

ヴァージンか否かで、すなわち、女体を知ってたか否かで、アン・ネヴィルとの初夜がエドワード王太子にもたらす影響が異なってくるんじゃないかなあと思いまして。

わたしは14話でのウォリック伯のセリフが気になってます。

「彼もまだ若い。
女の体の魅力には抗えまい。」

ここでの「彼」はリチャードを指していますが、エドワード王太子にも適用可能かと。
ふくらみをきざした乳房に触れただけで発情した子なんですから、女体を味わったらどうなることか(後略)
(第18話の感想より)



いっそ、(ヴァージンであったと仮定して、)女(アン・ネヴィル)を知ったとたんに、その肉体に溺れ、読者から大ブーイングを喰らう羽目になる方が幸福じゃないかなあ。
あるいは、心と体の相克に悩むってのも有りかな?
心はリチャードにあるけれど、体は女(アン・ネヴィル)を抱きたくてたまらないと。

少し深く史実に触れます。
ヘンリー6世とエドワード王太子の人生をご存知の方及び、史実ばれ了解の方のみお読み下さい。
【反転開始】
エドワード王太子が読者から大ブーイングを喰らうことになればいいと何度か書いています。
この子が嫌いだからじゃなくて、もうすぐ退場してしまうのに、読者人気があるままにしていて、退場後、読者を惹きつけておけるのかなあと案じまして。大きなお世話ですけど。
なんせ、人気者ヘンリー6世もほぼ同時期に退場しますから。
CDドラマになったくらい読者人気を集める二人が同時期に退場して、その後、読者を維持できるのかなあと。ほんと、大きなお世話だけど。

登場当初は、この子は「悪役」に据えられると思ってました。先に書いたように、途中退場する子ですから。
第3話でリチャードを「女」と思い込みましたが、未来図に重ねあわせて、リチャードの秘密を知った途端に手のひら返しして、「騙したな」「化け物」と罵り、リチャードに殺される役どころしか予想できませんでした。

第1話でのリチャードの見た夢として、馬を駆け、せまりくるランカスターの騎士を、リチャードが斃す場面が描かれました。
もしかして、あれはテュークスベリーの戦いで、斃された騎士はエドワード王太子ではなかったかと(全然顔が違うんですけどね)。

しかしながら、ランカスター派が敗退し、新展開となった第8話以降、どんどんエドワード王太子の好感度があがる展開が続き、作者さんはどんな最期にもっていくつもりだろうとハラハラしました。

こうも人気キャラになった以上、悪役への転換も難しいかと思いますが、かといって、リチャードを「両性具有」だと知ったうえで受け入れる度量のある子として描かれているようには思えないんだよなあ。
「秘密」そのものがさんざんアピールしている「両性具有」でなければ、あるいは読者が想定している「両性具有」でなければ、エドワード王太子が受け入れられる可能性も微レ存?

ともかく、うまく着地できることを願います。

【反転終了】

◆「リチャードは女だ」と聞かされたけれど、あまり動じていない様子のアン・ネヴィル。
突飛すぎて真実と思えないのかな。
それ以前に妹イザベルから「リチャードは間諜」だと、「女」説より信憑性ある讒言を聞いていたしね。

「約束して。戦場でリチャード様を捕らえても、決して命を奪わないで」
(第22話)



いい娘(いいこ)だなあ・・・(泣)。
だから、この子ならリチャードの「秘密」を知っても、罵倒したり、拒否したりしないだろうと信を寄せることができるのです。

「オルフェウスの窓」(池田理代子著)に登場するメイド、ゲルトルートを思い出します。
身分違いにも関わらずユリウスに恋心を抱いていましたが、ひょんなことからユリウスを女だと知ってしまいます。衝撃と悲しみに心を乱しますが、決してユリウスに「騙された」と恨みを持つことはありませんでした。

好きなのに、初めて好きになった人なのに。
女だとわかっても忘れるなんて出来ない。
たとえ神様に背くことになっても・・・。
(同書より記憶引用)



最後までユリウスの為を思って行動していました。

なんとなく、女キャラが騙されたことに怒るのは、「女が男だと偽っていた」場合よりも、「男が女だと偽っていた」場合に思えます。
あ、「ミントな僕ら」(吉住渉著)じゃないか(笑)。未有ちゃん、よくのえるを許したなあ。

◆エドワード・オブ・サンクチュアリが生まれてた。
三人目のエドワードですよ(笑)。
作中ではどんな呼び方になるのかしら。

姉にあたる長女のエリザベス・オブ・ヨークは、作中では「ベス」呼びされてます。

◆エリザベス・オブ・ヨークゥゥゥゥゥゥ!!!!

母エリザベス・ウッドヴィルとの会話が意味深すぎて(笑)。

娘「どうしてあかちゃんなんてうまれてくるの」
母「父上と母上が愛し合ったからよ」
娘「どうして父上と母上はあいしあったの」
母「そのように 神が作られたからよ」
(第21話)



エリザベス・ウッドヴィルの二度目の返答、実に深い。

エリザベス・ウッドヴィルは最初の夫ジョン・グレイとは、心で、体で愛し合った。
心も体も与えあい、分かち合った結実が、トマス・グレイであり、リチャード・グレイです。

一方、二度目の夫であるエド兄さんとは子を生す為に体を繋げただけです。そこに「愛」はありません。あるとしたら、エド兄さんからの「一方通行の愛」であって、互いに「愛し合った」のではありません。

「体を繋げる」ことを、人々は頻繁に「愛」によって為される行為と見なします。
愛し合っていれば肉体関係に至ることが当然だと考えもします。
ひいては、体を繋げることを男女が愛し合っている証に掲げます。

しかし、神は「愛し合って」いなくても、「体を繋げる」ことをできるように、男と女をお作りになった、との皮肉が込められているように思いました。

エリザベス・オブ・ヨークもやがて母の言葉の重みを、身を以て知る時がくるのでしょう。
「男と女は愛し合って」いなくても、「体を繋げる」ことはできる。
「父上と母上が愛し合って」いなくても、「あかちゃんはうまれてくる」のだと。

「ベス、あかちゃんきらい」
(第21話)


親の関心を奪われて、上の子が赤ちゃんにヤキモチを焼くのはよくあることです。
本人にとっては、その時の素直な気持ちの発露であるこのセリフも、エリザベス・オブ・ヨークの未来図に重ねると実に皮肉なものがあります。

貴女は成長して後、嫌いな「あかちゃん」を、どんどん産むことになるのですよ。

◆ヘンリー6世から立ちのぼる、シベリアに幽閉されているニコライ2世オーラといったら・・・。

◆出てくるたびに小物感全開の尊大さと卑屈さで、わたしをいらっとさせてくれるアンソニー・ウッドヴィル。
退場はまだ先なんだよな。退場してくれても、状況を思えばカタルシスはなさそうなとこが余計にいらっとするわ。

日本語には、「蛍大名」って単語があったなあ。英語でこれにあたる言葉はないんだろうか。

追記.
気づきたくないのに気づいてしまった。
こいつ、ちゃんと戦闘に参加している(第22話)。
ロングなので顔は描かれてないけど、あの斜めパッツン前髪はこやつでしょう。
「国王の義弟」の特権を振りかざして、戦闘で後方に陣取る卑怯者ではないんだ・・・。
こいつ嫌いなので、「いいとこ」を見つけてしまったのが口惜しい。

◆本感想前半(5巻感想)で国名が出なかったと嘆いていた、ブルゴーニュ公国の名前が出たーーー!(第21話)

英語読みで「バーガンディー公国」と呼ばれてたけどな!

「バーガンディー公国」は「ブルゴーニュ公国」です。
こっちも覚えておいてね、試験の役に立つかもしれないよ!

この当時の大公はシャルル突進公で、シェイクスピア版ではいないことにされている、マーガレット・オブ・ヨークが嫁いでいるよ。エド兄さんやリチャードの姉妹だよ。だからエド兄さん一行は亡命してたんだよ。
マニアックすぎて試験には出ないだろうけど、せっかくだから覚えといてね。

◆ウォリック伯の行動の意図が不明です。
なんで、ああもジョージを裏切りに走らせるようなことやってんだ!?
あそこまで甚振られて、なお従順でいてくれると思えるんだろうか。

敵はまとめて葬れってことで、エド兄さん一行に合流させて、一網打尽にするつもりなんですかねえ???

わたしは軍事オンチなので聞きかじりで言いますが、敵勢力を拡大させるより各個撃破の方がよろしいんじゃないの?

ジョージ兄ちゃんのことを本気で「もっとも信頼できる男」と言ってるんだろうか。
あまりにも愚かすぎて、裏があるのではと疑わずにはいられませんわ。

◆帰参を果たしたジョージ兄ちゃん。
パパさんの幽霊(中の人はケイツビー)に諭され、ヨーク一家の結束を思い出したからですが、エド兄さんの元でなら、「王の弟で、第一王位継承者」であることも動機のひとつとして重きを占めているように見受けられます。

戻ってみたらエドワード・オブ・サンクチュアリが生まれてる。
さあて、ジョージ兄ちゃんの心境やいかに?

◆ヘンリー6世が幽閉されている部屋の扉をリチャードが開ける前に、エド兄さん、もしくはケイツビーにさえぎられて、対面ならずの展開となることにカシオミニを賭けてもいい。
外れてもカシオミニを提供しません。悪しからず(笑)。

なんとなく、「二人が互いの正体を知る対面」は、「引き」に持ってくるのではと予想しています。

では、また6巻の感想でお会いしましょう。

しかるにリウィアは初代皇帝アウグストゥスにふさわしい、偉大なる貴婦人であった。

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