2016年03月21日 (月) | Edit |
本エントリは、小説家って我が強くないと務まらないんだろうなーとの思いから綴ったものです。

その1.吉屋信子「女人平家」
   

新田次郎氏は、自著「武田信玄」において、出身地、諏訪出身の側室を理想のヒロイン像とし、一方で、正室三条夫人を貶めて描きました。
(わたし自身は、実際に「武田信玄」を読んで、湖衣姫には10gほどしか感銘を受けなかったのですが、三条夫人については、良い造形に思えました。簡単に書くと「不美人な葵の上」って感じで。)

なんでこんな前振りをするかと言いますと、わたしが大好きな「女人平家」(吉屋信子著)も、「武田信玄」同様の手法を用いていることに気がついたから。

以下、「女人平家」において貶められた主な方々。

(1)清盛の叔父、平忠正
「自分は運が悪い。兄上(清盛の父である忠盛)は運がいい」と、ひがみっぽく、漂う小物感がハンパない。

(2)清盛の妻の弟、平時忠
調子のりのそこつ者で、頭に乗ってトラブルを引き起こす。

(3)清盛の長男、平重盛
理想論ばかりを振りかざす、頭でっかち聖人君子。

極めつけが、
(4)冷泉隆房
「女人平家」のヒロインにして、おそらくは、吉屋信子さんにとっての「理想の女人像」である祐子姫の夫。
妻の祐子さまは崇高で気高く美しく、心映え清らかな完璧超人であらせられるのに、隆房卿ときたら、家柄身分こそあれど、下種下品下劣と三「下」ぞろいの卑しい愚物です。

不幸な結婚生活にも打ち砕かれることのない祐子姫の気高い精神を描写する為のキャラ造形なのだろうと推測できるのですが。

見方を変えれば、「卑小な悪役」「貶められる役回りの登場人物」ってのは、創作において必要性があるんだと理解できます。

理解できるからといっても、受け入れられことが出来るとは言えないけどね。

その2.永井路子「美貌の女帝」


元正天皇は美貌なのか?

「天上の虹 持統天皇物語」の里中満智子さんも、「古代幻想ロマン・シリーズ」の長岡良子さんも、元正天皇こと氷高皇女を「絶世の美女」としてお描きになりました。

ところで、元正天皇が美女であった拠り所は存在するのでしょうか。

違っていたらすみません、なのですが、里中さん、長岡さんお二人の「美女・氷高皇女」設定の大元は永井路子さんでは?
永井さんは氷高皇女を主人公にしたそのものズバリのタイトル「美貌の女帝」という小説を著しておられます。

小説であれば、「美女であるのも創作か」と言われそうですが、別著書で、「美女」の拠り所に触れていらっしゃいます。

が、真に受けていいのやら。

拠り所というのが、母、元明天皇が氷高皇女への譲位にあたって発した詔中の一文ですから。

「沈静婉レン華夏載佇(チンセイヱンレンクワカサイチョ)」
「物静かでたいへん魅力的、まさに花ならまっさかり」
(永井路子「新・歴史をさわがせた女たち」より引用)
(レンの漢字は女編に戀)(出典は「続日本記」)



詔の文言であれば、多少の粉飾があったと見た方がよいのでは・・・(ついでに、母の欲目も入ってるかも)。
現代の結婚式でも、実態はともあれ、新婦がいかに淑婉であるか褒め称えてくれるじゃないですか。
同様に、譲位にあたって、セレモニーの決まり文句として「美女」を用いたのでは、とも思えるんです。

元正天皇美女説を排除したいのではなくて、あやふやな拠り所から用いられた設定が、広がり浸透し、定着する実例(?)として紹介しました。

追記.
ごめんなさい。漫画家を見下して書いてることに気づきました。

里中さんだって、長岡さんだって、「続日本記」を読んでらっしゃる可能性はある。そして、同じく「沈静婉レン華夏載佇」に目をとめて、「美貌」だとお考えになったのかもしれない。
あるいは、他の史料を読んで、独自に「絶世の美女・氷高皇女」像をお考えになったのかもしれない。

お二人が、永井路子さんの「美貌の女帝」にインスパイアされたとは限らないのに、そうと決めつけた書き方をしてました。ごめんなさい。

その3.原百代「武則天」
 

牝鶏司晨を金科玉条として奉る、中華の大地に君臨した唯一無二の女性の天子、武則天の一生を書ききった大著です。

T中Y樹さんは「女権のイデオロギーが強すぎる。告密の門すら美化しているんですから」と評しておられました。
「女権のイデオロギー」がどういう意味かよくわからないのですが、「男が悪いと決めつけすぎ。女は正しいと持ち上げすぎ。武則天に肩入れしすぎ」とおっしゃりたいのかなと推測します。

だとすれば、まったくその通りです、としか言いようがありません。

だが、そこがいい。

長い歳月に渡って「則天武后」と格下の称号で呼ばれ、権力の為なら稚い我が子も殺す極悪非道な女、悪辣非道な簒奪者、ふしだらな淫乱女とレッテルを貼られてきた人物の為に立ち上がったのですから、勢い、徹底的な武則天贔屓となるのも当然のことと思います。

「武則天に入れ込むあまり『太后称制』をフィクティシャスに皇帝に祭り上げたとおもわれてはならない」との著者の決意が、当時の風俗、習慣、制度、景観、食事、天候にいたまで細緻な調査に結びつき、本格的歴史小説として読みごたえある仕上がりとなっています。

と、まあ、誉める所は誉めておいて苦言を呈すれば・・・。

とっても攻撃的です、この作品は。

そもそも1300年近く大悪女として誹謗されてきた人物の汚名を晴らすべく挑んだ執筆なので、前述のように、武則天への肩入れが並々ならずであると同時に、彼女を貶めてきたもの全てに攻撃的です。
(そこらへんの「攻撃的」な筆致も含めた、前述の「女権のイデオロギーが強すぎる」との言かとも思います。)

わたしは自分が好き嫌いが強いし、怒りも感情の発露として正しいと思ってるので、舌鋒厳しい感想もスルーできる性質ですが、そんなわたしが読んでも、とっても攻撃的な文体に感じました。

さらに言えば、本編はまだマシなのですが、枷の外れたあとがきでは言いたい放題が炸裂(汗)。

アンリ・トロワイヤの「女帝エカテリーナ」、および、漫画化された「エカテリーナ」と作画のI田R代子さんに対する、辛辣な中傷には少々腹が立ちました。
批判だけならまだしも、中傷誹謗の上に、自分の方が偉いと決めつけたかのような、見下した文言だったので。

まあ、こういう我の強さがなければ、大著「武則天」を完成させることはできなかったんだろうなぁ・・・。
S野さんだって、カエサルがらみでは、いえ、その他の点でもけっして「感じいい」って人じゃないですから。
そういえば、K本薫さんも、味方と宣言しない人間には攻撃的で、晩年の「グイン・サーガ」の後書きからは、賞賛と同意以外の感想は拒否する念が立ち上っていました。

しかるにリウィアは初代皇帝アウグストゥスにふさわしい、偉大なる貴婦人であった。

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