2016年05月29日 (日) | Edit |
再録エントリです。以前いただいたコメントは未再録です。ご了承願います。コメントありがとうございました。

◆誰が血への執着か(その1)

アウグストゥスといえば、概して批難の目を向けられる「血への執着」。

この批難には、「そんなに自分の血を引く者に継がせたいのか!」と、アウグストゥスが「自身の血」に執着したことを指しているように感じます。

このエントリはその前提で、「アウグストゥスの血への執着は、自分の血への執着ではなかった」との仮説、もとい、思いつきを述べます。

思いつきのきっかけは、「ローマ皇帝伝」のクラウディウスの章11節です。
該当節では、クラウディウス帝が、父母、祖父母にこのうえない名誉を付与したことが列挙されています。

祖母リウィアには神格化の栄誉、アウグストゥス同様に像を象戦車に乗せて引かせること。
父ドルススには毎年の誕生日に戦車競走を、母アントニアにはアウグスタの称号と、リウィア同様像を載せる幌馬車の設置を。
マルクス・アントニウスに対してすら、栄誉と好意をもった言及を欠かさなかった。



こうして、先祖への敬意を表明してみせたクラウディウスですのに、故意なのか一人無視している人物がいます(※1)
それはリウィアの前夫、自身にとって祖父にあたるクラウディス・ネロです。

一説には、ユリウス氏との血縁なしに登極した弱みゆえに、「ドルススの父はアウグストゥス」の噂を利用したと言われるクラウディウスです。
祖父のクラウディス・ネロを目立たせるわけにはいかなかったのでしょう。

では、なにゆえアントニウスを称賛したのでしょう!?
エジプトの女王との恋に身を委ね、正当に結婚したローマ人の妻を一方的に離縁し、東方領土をクレオパトラにくれてやる暴挙の果てに、敗残の身となり悪あがきを繰り広げた挙句に自殺で一生の幕引きをした男を。

これは、アントニウスがユリウス氏の血を引くからではないか、と思いました。
アントニウスの母はユリウス氏族カエサル家の出身です(※2)

血縁なしに登極したがゆえに、ユリウス氏との縁を渇望したクラウディスです。
かつての裏切り者アントニウスでさえも、ユリウス氏の血を汲むのであれば、自分との血縁を強調したかったのではないでしょうか。

見方をかえれば、それほどに、「ユリウス氏の血を引いていること」が「第一人者」としての支持を得る為に重要だったのです。
そして、民衆もまた、「ユリウス氏の血を引いていること」を「第一人者」の大事な条件と見ていたのでしょう。
血縁外であったティベリウスが、有能さにも関わらす、「年代記」中、いかにカエサル家の異分子として描かれていることか。

時をさかのぼり、アウグストゥスの心境を想像すれば、彼もまた、ユリウス・カエサルの姪の息子でした。ユリウス氏の血を引く者です。

カエサルから誕生しつつあった「帝国」を託されたからこそ、なおのこと、そのカエサルの「ユリウス氏の血」を継いでいかねばならないと心に期するところがあったのではないでしょうか。

その証拠、というには調査不足なのですが、異母姉とその縁者との繋がりが非常に薄い点が挙げられます。
塩野さんの言葉によれば「アントニアには姉のオクタウィアを通して自分の血も流れている。これがアウグストゥスの血統観であった」(※3)そうですが、それにしては、家父長制のローマで父を同じくする異母姉との関係が希薄です。

しかしこれとても「ユリウス氏の血」を軸に考えれば解決します。
同母姉オクタウィアには、母を通じて自分と同じユリウス氏の血が流れている。
一方、異母姉にはユリウス氏の血は流れていない。
だから、同母姉オクタウィアの子供たちを皇帝家の中で重要な縁組を結ばせていった…。

アウグストゥスの血への執着。
それは、「自身の血への執着」ではなく、「ユリウス氏の血を継承させていく事への責任感」ではなかったのか、と思います。

アウグストゥス贔屓が過ぎた解釈ですかしらね(笑)!?

いずれにせよ、ティベリウスが割を食らったのは変わりませんが、その件は次項「誰が血への『執着』か(その2) 」で述べます。

(※1)
祖母オクタウィアについても言及がないのですが、彼女はアウグストゥス・ファミリーの一員であることは周知の事実ということで。
それに、この箇所でわたしが注目しているのは「アントニウスの栄誉も湛えるよう、クラウディウスが言及した」事なのです。

(※2)
アントニウスとカエサルの血縁関係については、こちらのQAを参照にして下さい。
「マルクス・アントニウスの祖父ルキウス・カエサルは、ユリウス・カエサルとどれくらい近い親戚でしたか?」
赤の他人みたいなものですが、わたしは、母が「カエサル家から出たユーリア」であることが与える印象を重視します。

(※3)「ローマ人の物語 パクス・ロマーナ」より引用

◆誰が血への執着か(その2)

武則天。
中華の大地に君臨した唯一無二の女性の天子。
夫、高宗との間に一女四男を儲けています。

そんな武則天が選んだ後継者は、聡明な娘ではなく凡庸な息子でした。

なぜ?
女でも天子になりうると証明した彼女がなぜ、既存の概念に縛られた選択をした!?

大著「武則天」の著者、原百代氏は、「武則天は一度ならず、愛娘太平公主を皇嗣にと検討したであろう」と推測しつつ、それを自ら退けた理由のひとつに「女子が天子位につくことの困難さ」を挙げておられます。

男子であれば凡庸であれ愚鈍であれ、すぐに混乱を惹起することはあるまい。臣下を整えれば平穏無事に国を治めていくこともできよう。
けれど女子であればいかに聡明俊敏であったとしても、「女子」なるがゆえに周囲の反発を買い、治世を全うできない可能性が高い、と。

思いだされるのは、マリア・テレジアの登極と共に惹き起こされた「オーストリア継承戦争」です。

ハプスブルク家はサリカ法典に基づく男系相続を定めていたが、(中略)カール6世に男子がいなかったことから、マリア・テレジアは、やがて次期後継者と目されるようになった。カール6世は国事勅書を出して国内および各国に、マリア・テレジアのオーストリア・ボヘミア・モラヴィア・ハンガリーなど、ハプスブルク家世襲領の相続を認めさせた。(中略)
だが、その見通しの甘さはカール6世の死後すぐに露呈する。すなわち、彼が死ぬと周辺諸国は娘の相続を認めず、領土を分割しようと攻め込んできた。これがオーストリア継承戦争(1740年 - 1748年)である。 Wikipedia「マリア・テレジア」より引用、但し人名を一部補足し、地名を一部削除しています。)



マリア・テレジアが「男」であれば、これほどに手のひら返しの所業はなかったのではないでしょうか?
国情も取り巻く政情も違うとはいえ、暗愚と言われてさえ、ピョートルは滞りなくロシアの帝位を継承しました。玉座に君臨する資格なし、と、クーデターを起こした人々も彼が「男」ゆえに否定したのではありません。彼が愚昧だったからです。

「男」であるということは、王位帝位の継承において、コンセンサスを得る為に重要な要素なのです。

ひるがえって、ユリウス・クラウディス朝。
仮にアウグストゥスに血への拘りがなく、ティベリウスを養子縁組とも婚姻関係とも無縁で後継者としていても、それを元老院階級および民衆が受け入れたでしょうか。

女であることで、太平公主が、マリア・テレジアが、皇嗣としてコンセンサスを得られなかったのと同様に、養子縁組関係もなく姻戚関係もない人間を後継者とするのは国家の安定上、不可能だったのではないでしょうか。
実際、養子縁組があったとはいえ、「年代記」におけるタキトゥスのティベリウスに対する筆致は、家を荒らす継子への憎悪です。

思いつきにすぎませんが、アウグストゥスがティベリウスに強いたユリアとの婚姻も、後のゲルマニクス、ポストゥムスを養子縁組せよとの命令も、自分の為ではなく、ティベリウスの為であったのではないか、と思います。
婚姻で、養子縁組でティベリウスを守り、「他人」であるティベリウスへの支持を容易に得させるために。
アウグストゥス自身が「息子」同様に思っていても、他の人間にとっては、「継子」であり、クラウディス氏族の人間なのですから。
そう、継母がどんなに継子を大事に育てても、親子の間に流れる愛情を疑う世間の目のなんと多いことか。

ていうか、カエサル自身でさえ、オクタウィアヌスを後継者と名指しするだけでなく、養子とし名前を継がせています。
「人類史上最も幸福な時代」を築いた五賢帝も、養子縁組と婚姻関係で帝位を継承していきました。
いかに、「皇族王族(或いはそれに準じる家柄)との養子縁組」手段が人々のコンセンサスを得るために有効かわかります。

アウグストゥスの、一見、自身の血の継承に拘ったかのように見える振る舞いも、実は、後継者への支持を容易にし、後継者にとっても国家にとっても安定した治世を全うさせる為ではなかったのでしょうか。

やっぱり、アウグストゥス贔屓が過ぎますかね(笑)!?

しかるにリウィアは初代皇帝アウグストゥスにふさわしい、偉大なる貴婦人であった。

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