2016年07月11日 (月) | Edit |
(注意)ネタばれ、史実ばれに配慮していません。
文中、「天は赤い河のほとり」(篠原千絵著)のネタばれ有ります。







「薔薇王の葬列」6巻
作者:菅野文


1巻から5巻は、一冊につき4話収録でしたが、6巻は、21話から25話までの5話分収録されています。
Kindle版を購入。雑誌で21話、22話は既読。23話以降が初読みです。

◆DLしたものの、即、読む気持ちにはなれなくて後回しにしていました。
理由はいろいろですが、そのひとつは、22話の後のアン・ネヴィルとエドワード王太子が互いに抱く感情の変化を見たくなかったから。

読まなきゃどんな変化があったかわからないとの正論は置いて、性関係を結んだ男女の間にはしばしば「男が支配者、女が被支配者」の心理が成り立ちますので、「抱かれてしまえばその男のもの」と言わんばかりに、アン・ネヴィルがエドワード王太子に屈服していたり、逆に、初めて味わった女体(推定)の甘美さに、エドワード王太子が溺れてたりしたら嫌だなあと。
じゃあ、二人が距離を置いたままであればいいのか?と自問しても、そういう気持ちもなく。
自分の中で、こうあって欲しいとの確固とした願望もないので、よけいもやもやしてました。

まあ、結局読んでしまったのですが。

予想していたほど、不快感はないのですが、やはり、二人の親密度は増した・・・?
増したら嫌なのか。増したら嫌なのかあ、自分?
自分が何にもやもやしてるかよくわからないので、とにかく、言語化できる感想だけ書いときます。

(1) 二人の会話は噛みあっているのか?
一見噛みあってるのですが、話題の中心、リチャードの性別について、それぞれ受け止め方が異なるのではないかと。

エドワード王太子にとっては、リチャードは「女」。
しかし、アン・ネヴィルにとっては?エドワード王太子から「リチャードは女」と知らされたと言っても、実際に目にしたわけでなし、「女」だと受け入れたのではないと思うのですよ。

だから、エドワード王太子に対して発した問い、
「貴方は、リチャード様のどんなとこを好きになったの」を、リチャードをどう解し、どんな気持ちで、口にしたのか想像がつかなくて、なんかもやもやします。


(2) アン・ネヴィルが気に留めてないので、わたしがあれこれ口を挟むことじゃないけど、エドワード王太子って、天然ですか。無神経ですか。おバカですか。
性関係を結んだ「妻」の前で、他の女性(リチャード)へのアプローチを堂々と口にしてるんですから。

(この時、アン・ネヴィルが平然としてるのは、アン・ネヴィルの気持ちでは、「男」リチャードへの好意があるからかしら。男同士の恋は実らないから安心という意味ではなくて、アン・ネヴィルにとっては、リチャードは「男」だから、「夫」の「女」に抱くような嫉妬が湧かずにすんでいるのでは。)

て言うか、エドくん、「敵であろうが、王でさえあれば、手に入れられる」って、リチャードをどうするつもりですか。アン・ネヴィルをどうするつもりですか。
この後、アン・ネヴィルに対して、「何があっても、お前が俺の妻だという事実は変わらない。俺は父とは違う。男として、自分の家族は必ず守る!」と力強く宣言しちゃってますが、つまり、アン・ネヴィルを妻のままとどめ置いて、リチャードは愛人にするつもりですか?

てか、エドくん、アン・ネヴィルにものすごく思い入れてるじゃないですか。
少女まんがだから露骨に描写していないけれど、やはり、初めて味わった(推定)女体から得た快感が、そのまま、アン・ネヴィルへの好意に結びついてるのですか?

ええい、露骨ついでに、疑問を書くぞ。
この二人、マーガレット王妃立ち会いの初夜以降も性関係を結んでるんだろうか?

(3) エドくんてわたしが考えていたよりも開明的な子なのか?
アン・ネヴィルの「私達(中略)きっとお友達になれるわ」との言葉を受けて、嬉しそうな、そしてちょっと得意げな表情をしていたので。

ひょっとすると、本作は、「従来の少女まんがであれば、恋愛に発展するであろう、性関係を持った男女の仲を、『親友』へと展開させる」、画期的な作品なのかも。

ただ、23話、24話、25話と、コツコツと二人の親密度が高まっていってるからなあ。。。

ところで、つらつら書いてきて、自分の中のもやもやの原因のひとつは、やはり、「肉体関係を持ったことで、女が男に情を持ってしまう」展開は嫌いだからだと思いました。

作品名を出さないけれど、一例で、とある歴史もの。
男主人公が政略で結婚することになりました。結婚相手の姫君は成りあがりの男主人公との結婚などまっぴらごめんと高飛車に断りに来ました。男主人公は、そのまま姫君を拉致って、草っぱらで押し倒し(以下略)。ロングショットの一コマの後、頬を染めて、男主人公に寄り添う姫君の姿が。

わりと好きで読んでた歴史ものだったので、この展開、すごーく嫌な気分になりました。作品全体への好意どころか、作者さんの他作品への好意も吹きとばしてしまうくらい嫌な気分になりました。

もう一例挙げると、手籠めにされた女が、悲しみながらも加害者に情を抱いてしまう話もありました。これも、歴史ものです。多少は名が知れてると思います。

どっちも、「強姦された女が、強姦した男を愛してしまう」展開です。どちらも少女まんがでした。

アン・ネヴィルとエドワード王太子の場合は、婚姻の上(すなわち互いに同意)で、マーガレット王妃の催促があったから、強姦とは違います。それに、「結婚から始まる恋」ってのも、ロマンスもののパターンのひとつなので、アン・ネヴィルとエドワード王太子が互いに慕わしく想い合う展開を否定しちゃいけないと思うけど、アン・ネヴィル、貴女はそもそもリチャードが好きなんでしょ?抱かれたくらいで、エドワードに情を抱いてしまうの?と、なんかもやもやが湧いてきます。

二人とも、今のとこ、リチャード・ファンクラブみたいなノリですが、さっき書いたように、23話、24話、25話と、着実に、親密度は増している。
わたしにとっては、なんか気持ちよくないんだよなあ。

アン・ネヴィル、貴女が好きなのはリチャードでしょ?抱かれたぐらいで、エドワードに好意を持つの?
エドワード王太子、君が好きなのはリチャードだろ?抱いたくらいで、アン・ネヴィルに好意を持つの?
(不本意ながら、女←「抱かれた」、男←「抱いた」と、慣例的な表現に従いました。)

追記.
わたしは、「結婚から始まる恋」のパターンは好きだけど、「セックスから始まる恋」はあんまり好きじゃないんだと、書いてて思った。
ただ、「セックスから始まる恋」のパターンを今まで読んだか?と自問しても、思い出せないので、今後の展開を見ないと断定できないけれど、該当するとすれば、今回のアン・ネヴィル&エドワード王太子の二人が、初見かもしれん。

・・・初見かと思ったけど、里中満智子さんの「アトンの娘」で、メインじゃないけど、そんな展開がありました。
ツタンカーメンの王妃アンケスエンが、夫に先立たれた後、どうしても後継者(子ども)を作りたくて、自分の身分は隠したまま、「邪気払いの為に男と交わる必要がある」との理由をつけて、宰相アリが選定した男性(1名)と何度か交わりを繰り返し、そのうちに、男性の側がちゃんとおつきあいしたいと言い出したという展開が。

◆エドワード王太子のセリフで気になった二つ(どちらも23話)。

ひとつ目は、

あいつは絶対に俺を見ない・・・。
そこがいいんだ・・・。



エドワード王太子を見ようとしなかった人物は、もう一人います。
父、ヘンリー6世。

その子供のような瞳が、俺や母上を映すことはなかった。
(第11話)



二つ目は、

っお前は、その、こんな事になって、恨んでいるか、父親を・・・



なぜ「父親」?
なぜ、「恨んでいるか、俺を」ではなくて、「父親」?
あるいは、「恨んでいるか、母上(マーガレット王妃)を」ではなく。

仮説1.
a) たいていの人間の例にもれず、「自分が恨まれる立場でいたくない」との保身の心理が働いた。
b) 王族の傲慢さで、自分が恨まれる立場にあるとは微塵も考えなかった。
c) 天然なので、自分が恨まれる立場にあるとは微塵も考えなかった。

仮説2.
わたしは「こんな事」は、「性関係を結んだ事」を指していると解したのですが、エドワード王太子は、「政略結婚」の意味で用いた。
だから、アン・ネヴィルに、「政略結婚」を命じた「父親を」恨んでいるかと問うた。
(「政略結婚」の場合も、さらに大元は、マーガレット王妃ですが)

仮説3.
エドワード王太子の心中では、「父、ヘンリー6世」が重要な位置を占めている為、無意識に「父親を」との言葉が出た。



エドワード王太子は、リチャードが、自分を絶対に見ようとしないところが好ましいと言いました。
父、ヘンリー6世と同じく、自分を見ようとしないところが。

アン・ネヴィルの返答、「(前略)全ては神様の決めた運命だもの・・・」に対して、「神なんて信じるな」と声を荒げたのも、神だけを仰ぎ見る父、ヘンリー6世を意識したからでしょう。

25話でも、「俺は俺の父とは違う」と宣言していました。
なんだかんだ言いつつ、母親から「お前は男としてヘンリーより劣ってる」と挑発されて、アン・ネヴィルと契りました。
愛する女(リチャード)の為に貞操を守ることよりも、「父ヘンリーに劣る」と言われたことが重要だったのです。

ものすごく父を意識してるじゃん、この子。
しかも、嫌い憎んでいるかと思いきや、「あいつは絶対に俺を見ない・・・。そこがいいんだ・・・」とのセリフからは、そう断定することもできません。

難しいです。

追記.
つっこんだら野暮なんだろうけど、「あいつは絶対に俺を見ない・・・。そこがいいんだ・・・」と言いつつ、かっこよく剣をふるいつつ、「俺のこの勇姿を見ればあいつも・・・」って、矛盾してないか、エドくん。

それとも、無意識のうちに、アン・ネヴィルにアピールしてたのかい?

◆アン・ネヴィルとエドワード王太子の親密度アップにもやもやする原因のもうひとつは、アン・ネヴィルのセリフと、影武者バッキンくんの暗躍です。

アン・ネヴィルは25話でつぶやくように言いました。

恐ろしいの・・・
この戦いで何があっても・・・
自分の心が変わってしまうような気がして



うわあああああああ、なんてフラグを立ててくれるんだ。

しかも、この時、父親のウォリック伯は、「リチャード」(※)に殺されています。
アン・ネヴィルにとって、リチャードは父を殺した男になったわけです。

(※)リチャードの影武者を務めたバッキンガム公が、ウォリック伯を殺しています。
おそらく、真実は明かされず、「リチャード」がウォリック伯を殺したことになるのでしょう。

もしかして、父親をリチャードに殺されたと知ったアン・ネヴィルが、ますます、エドワード王太子に心を傾けていく展開になるのでしょうか?
ああ、心配・・・。

そして、リチャードの正体を知ったエドワード王太子が、リチャードを罵倒した為、リチャードに殺され、アン・ネヴィルはさらに、リチャードに憎しみを抱くとか。

これ以上、リチャードを追い詰めないで!

いや、作者さんは彼女を「ヒロインなのでとにかくかわいく」とメモってらしたから、たぶん、きっと、シセリィお母さま化はさせない、と、思いたい。

◆マーガレット王妃、大好きw
マーガレット王妃、サイコーw
顔芸王妃さま、バンザイ!!

このマーガレット抜きで国の大事を決するなど、絶対に許さない
(第24話)



この表情でご飯三杯お代りできます(笑)。

ところで、マーガレット王妃、なぜこうもイングランド王位に固執するのでしょう。
フランスから海を越えて、王妃になる為に嫁いできて、夫は国王で、息子がいるんだから、当たり前っちゃ当たり前なんですが、麗しい怒りの表情を見て、唐突に、ナキアさまを連想しました。

「天は赤い河のほとり」(篠原千絵著)を引っ張った、主人公の敵役、裏主人公とも言うべき、皇太后ナキアさま。
わたしは、ナキアさまが好きで、好きで、大好きで。

ナキアさまは、我が子をヒッタイト皇位につける野望の為に、ありとあらゆる権謀数術を駆使した「悪役」でありました。
そんな彼女を突き動かした動機は、単純に我が子可愛さではなく、踏みにじられた己の自尊心を取り戻すためであったとわたしは推測しています。

ナキアは、傾きかけたバビロニアの姫として、新興国ヒッタイトの老いた皇帝の後宮に納められ、愛してもいない男(皇帝)の寝所に侍る日々を過ごしました。
いっとき、北の国から買われてきた、同じ年頃の金の髪持つ神官の青年と心を通わせましたが、去勢された体を恥じた彼は、ナキアの求愛を拒みました。
愛した青年に拒まれたナキアは、やがて、愛してもいない皇帝の子を産み落とします。
生まれた男子は、母のナキアにも、実父である皇帝にも似ない金の髪。
そうして、北の国から買われてきた青年と、南の国から売られてきた王女は、その子をヒッタイトの皇位に就けることを目指して、共に生きることになったのでした。

ナキアさまを突き動かしたもの。
愛してもいない男に体を貪られ、愛してもいない男の子どもを産むことを余儀なくされたことに対する憤りであり、蹂躙された己の自尊心を取り戻す戦いではなかったかと思うのです。

ということで、ひょっとすると、マーガレット王妃の、凄まじいイングランド王位への執念も、愛もないまま敵国へ嫁ぎ、愛してもいない男の子どもを産むことを余儀なくされた憤りが源ではないかな~と。

◆23話、ヘンリー6世を探し求めるリチャードの前に現れたのはバッキンガム公。
リチャードが「ヘンリー!!」と呼ばわってたから、現れたのかな(笑)。
彼も「ヘンリー」なんですよ。

◆シェイクスピアが原案だからしかたないとはいえ、ジョージ兄ちゃんがいい人なのが癪に障る(笑)。

◆敵役が、主人公のペットを害する展開ってありますが、23話で、エリザベス・ウッドヴィルが、猪を初見で豚と見なしたのは、後々、リチャードと敵対した時に、捌いて調理して、「さあ、召し上がれ」とリチャードに供する伏線でしょうか。

セルフつっこみになりますが、多分、そんなことはない。

キー・アニマルなので、最後までリチャードの元に現れるんじゃないかな。

◆カラーカバーの表紙になってるウォリック伯にスポットが当たった第6巻です。
パパ・リチャードこと、ヨーク公リチャード&ウォリック伯ファンの妄想がきれいに形になったかのようです。

どこにいるかわからん、ヨーク公&ウォリック伯ファンなどと言わず、わたしの妄想がきれいに形になったと言い直します。
(ただし、特に、この二人のファンではない。)

ウォリック伯、最期に家族を想う。
そういえば、この人、子どもは娘二人でした。
エド兄さんに対する気持ちには、持てなかった息子への代替もあったのかな。

そして、ウォリック伯ですら、妻や子どもたちへの愛情があるのに、ヘンリーさんときたら(ヘンリーさんは、特殊な生い立ちではありますが。)

ウォリック伯って、メインキャラのなかでは、主役リチャードに、傾倒しない、あまり絡まない人物でした。

◆ヘンリー6世と、若い兵士の邂逅から終わりへの流れは好きなんですが、感想を言語化するのがしんどいのでパス。

ヘンリーさん、悪い人じゃないんだけどねえ・・・。
次男以下に生まれて、本人の望み通り羊飼い(聖職者)になれてれば、幸せだったんでしょう。生まれどころを選べぬ不幸は、本人の咎じゃないけどねえ・・・。

◆終に互いの身分を知る立場で相対したリチャードとヘンリー。
しかし、25話のひきでは、リチャードは、ヘンリーがヘンリー6世であると認識できるけれど、ヘンリーから見れば、まだ「故ヨーク公の息子」ではなく、「リチャードは人を殺せる兵士」の認識しかできないですよね?

これ以上、互いの正体を知らない形で引っ張ってもしかたないので、次回、「リチャード=故ヨーク公の息子」とわかるでしょうが・・・。

さあ、ヘンリーさん、あなたの大好きな少年は、あなたが大嫌いな流血を厭うことなく、人を殺せる人間であったのですよ。
さあさあ、ヘンリーさんどうでる!?

では、7巻の感想でお会いしましょう。

しかるにリウィアは初代皇帝アウグストゥスにふさわしい、偉大なる貴婦人であった。

↓「日本ブログ村」に参加しています。記事がお気に召したらクリックを!励みになります。
にほんブログ村 歴史ブログへ にほんブログ村 漫画ブログへ
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック