2016年08月29日 (月) | Edit |
(注意)ネタばれ有り。


  
↑一冊につき四話収録されてて、各話表紙付き(話数表記は「Life.××」)なんだけど、本(Kindle版)に目次が無いっ。なぜだ!?(なお、移動ページには「Life.××」と目次があります。)



ひょんなことで、「保健所犬の飼い主になる前に知っておきたいこと」(片野ゆか著)を読み、そこからずるずると、遺棄犬、実験犬、殺処分に関わる本を読み、さらに犬猫保護ブログを読み、と、その過程で知ったまんがです。

ジャンルとして大きくくくれば、動物まんが、あるいは、ペットまんがにあてはまるのでしょうけれど、わたしには、「ペット飼育をめぐるさまざまな問題を、未知の読者に向けて知ってもらうまんが」に思えました。

関連エントリ:
【片野ゆか「保健所犬の飼い主になる前に知っておきたいこと」、成毛厚子「ずっと犬が飼いたかった」、小池田マヤ「いもうとは秋田犬」他】


「知ってもらうまんが」なので、読者が入り込み易い設定をとっています。
主人公、雨野なずなは女子大生。動物を見るのは好きだし、可愛いと思ってるけれど、実物はちょっと苦手。そんな彼女が、ボロボロの犬を拾ったことをきっかけに、ペット飼育をめぐるさまざまな問題を知ることになります。

以下、だいたい各話ごとに感想を書いていきます。
話数の後の文言は、わたしが感じ取ったテーマです。

第1話 「不適切飼育と遺棄、そしてプロローグ」

全ての始まりはここにあった。
自転車で帰宅中、たまたま放浪犬(ウェスティ)を轢いてしまって、駆け込んだ先が「七宝診療所」。担当してくれたのは二村医師。
この導入部のなずなに、すっごく、「巻き込まれて、わけわかんない」感があふれています。

たまたま野良犬を轢いてしまいました。
状態が良くなさそうだから、とりあえず開いてる獣医さんとこに持ち込みました。
でも、自分の犬でなし、診察代金のことも、治療後の犬の世話をどうするのか、飼い主を探すのかすら考えていませんでした。
さらに、いざ飼い主探しをと考えても、どんな手段をとればいいのかもわかってませんでした。

衰弱してるにも関わらず、自分になついてくるこのウェスティをかわいく思いつつも、今住んでるアパートはペット不可なので飼い主探しに励みます。

ほどなく、飼い主は見つかりましたが、その人は既に飼育の意志はありませんでした。
碌にしつけもせず放置しておきながら、その自覚も持たない愚劣な飼い主になずなは言葉を失います。

そこに二村医師が現れ、元飼い主を叱りつけ、飼育放棄とみなしてウェスティを引き取ります。

そしてなずなは決意します。
お金を貯めてペット可物件に引っ越して、この仔を引き取り一緒に暮らそうと。

と言う事で、ウェスティの治療に通ううちに、動物に好かれ、患畜を落ち着かせる特技を持っていると判明していたこともあり、七宝動物診療所にアルバイトとして雇われることになりました(時給900円、食事代と交通費は別支給。大学の授業が終わってから夜22時まで)。

つかみはO.K.な第1話です。
なずなの目標がはっきりしました。
「お金を貯めてペット可物件に引っ越して、この仔(ウェスティ)と一緒に暮らす」。
そして、七宝動物診療所でアルバイトすることによって、「ペットって、ふつうに飼い主がいてみんな幸せなんだと思ってた」(第3話)、善良だけど無知な子が、飼い主によって不幸に落とされるペットたちがいることをはじめ、ペット飼育をとりまく様々な問題を知っていくことになります。

第2話 「ステップ、そして、ペット不可物件での飼育からの飼育放棄」

ホップ、ステップ、ジャンプのステップに当たる回に読めました。
起承転結で言えば「承」の回。
なずなは、ウェスティを「みらい」と命名しました。
この仔に幸せな「未来」を与える為に。

バイトで疲労しているなずなに、友人が「その犬を飼いたいだけなんだったら、引き取って、もっと楽で時給のいいバイトを探せばいい」と助言をくれます。
うちはペット不可だからと戸惑うなずなでしたが、「内緒で飼っちゃえば良くない?みんなやってるよ」と言われ、その気になってしまいます。

「みんなやってる」「案外平気」と聞いて、「ペット不可物件で内緒で飼う」事に後ろめたさのなくなったなずなは、そのまんま二村医師に申し出ます(なすなは、いい子なんだ、いい子なんだよ。ずる賢くごまかすなんて事をしないいい子なんだ。無知なだけで。)。

当然ながら、二村医師から大声で「馬鹿が!」と叱りつけられたなずなは、友人も侮辱されたこともあって、二村医師に反発し、みらいを連れて出てきます。
しかしなんとしたことでしょう。
散歩に連れ出しても怯えるばかりでみらいは動こうとしません。

飛び出したなずなを追いかけてきた診療所スタッフが声をかけます。
「その仔は多分散歩に連れていってもらったこともないんじゃないかしら。訓練が必要だと思うわ」
犬ってふつうに散歩大好きで、訓練しなくても散歩が出来るものだと思い込んでいたなずなでしたが、その思い込みを反省します。

そして、二村医師の元にいる猫(なずな命名「ぷちゃ」)が、ペット不可物件で内緒で飼っていた夫婦による保健所持ち込みの猫であり、殺処分寸前のところ(飼い主持ち込みによる処分は早い)を救われたのだと知り、二村医師が怒った理由を理解します。

なずなは、改めて自分がペット飼育に関わるもろもろを知らないことを自覚します。
そして、さざまなハンディを持ちながらも第二の生活を始める為に待機する、通称「問題児教室」の犬猫たちのお世話担当に任命されます。


「明日もいっしょにおきようね 捨て猫、でかおのはなし」
文:穴澤賢
イラスト:竹脇麻衣


なずな命名「ぷちゃ」の顔を見た時、「あ、でかおだ」と思いました。目つき悪いし、顔もでかいし(笑)。

ちなみに、でかおは、二度の筋弛緩剤注射にも関わらず生存した子です。
(以前、ネットで、獣医師さんによる「筋弛緩剤注射による殺処分は、人間の目には『安楽死』に見えるけど、本犬(本猫)は、ガス殺に劣らず苦しんで死ぬ」との文章を読んだ記憶があるんだけど、見つかりません。とりあえず、「読んだ記憶ある」って断りつきで書いときます。)

第3話と第4話 「みらいの避妊問題、そして繁殖犬」

問題児教室には、感情を見せず、無気力に、病の体を横たえたまま過ごす雌犬がいました。
他の犬にも人間(なずなたち)にも反応を見せないこの子を、戸惑いながらもなずなが世話するお話です。

4話の終わりに、この子が「繁殖犬」であったと明かされます。
(終わりにいよいよ明かされるという、構成の妙だというのに、ネタばれしちゃってごめんなさい。)

構成の妙と言えば、本話では、「みらいに避妊手術を施すか否か」の問題も持ち上がります(結論は次巻に持越し)。
一方に「避妊手術」を持ってきて、一方に「繁殖犬」を持ってくる。
上手いなと思いました。

避妊手術を施せば、当然、子どもを産めなくなります。
一方、繁殖犬は、当たり前ながら避妊手術を受けず、発情を強制され、妊娠を強制され、出産を強制され、授乳半ばで子どもを取り上げられ引き離されます。

避妊手術を受ければ、生殖器に関する病気を予防できると言われています(※)
繁殖犬は、避妊手術を施されないまま、悪性の乳腺腫瘍に罹患しました(「若いうちに避妊手術すればかなりの確率で防げる病気」)。

(※)本話中での避妊手術のメリットとリスクの説明。
メリット
1)発情による問題行動をなくす。
2)予定外・責任の持てない繁殖を防ぐ。
3)生殖器に関する病気を予防できる。

リスクは、全身麻酔による落命の可能性。



ところで、本話では「繁殖犬」がメインとなって登場していますが、読者には「繁殖犬」との単語とわずかな情報だけしか提示されていません。

頁数が足りなかったからか、あるいは、少女まんがで実態を詳細には描けなかったのか。
(繁殖犬の実態は酷い現実だからって理由だけでなく、繁殖仕事を悪しざまに描くってのは、商業誌では難しいのかと思いました。)

なので、繁殖犬の悲劇についてわかり易いとっかかりとして、二冊紹介します。
どちらも児童書です。わかり易く書かれています。
 
左:(文)井上夕香(写真)小関左智
「ばっちゃん 助けられた繁殖犬たち」

右:大岳美帆
「子犬工場 いのちが商品にされる場所」


本話の繁殖犬は雌犬、ばっちゃんも雌犬です。
しかし、当然のことながら、繁殖には雄も必要で、だから繁殖犬には雄犬もいます。

時々、犬猫保護活動ブログを拝見してまして、とあるブログで、繁殖業者の死亡によって、やっと解放された雄の繁殖犬の紹介と里親募集がかかっていました(里親さんは決まったそうです)。
十年以上、新聞紙が敷かれたダンボールの箱の中で暮らし、交配以外は外に出してもらうこともなく過ごし、白内障を患っても治療されないまま全盲となり、耳も聞こえなくなった雄の繁殖犬。

母と子の悲劇が物語として感動を作り易いからか、つい雌ばかりが頭にありましたので、改めて、「繁殖犬」とは、雄にももたらされる悲劇と認識しました。

「ペットショップで買う前に、保護犬(保護猫)の里親となることを考えて下さい」。
しかしながら、里親の条件と審査の厳しさに、ペットショップ(生体販売)に流れる人がいることも知ってます。
また、末端の店員さんには「動物を思いやってる人」もいるでしょう。
それでも、わたしが生体販売(ペットショップ)に賛成できないのは、これ(繁殖犬、繁殖猫、パピーミルの介在)ゆえです。



第5話と第6話 「みらいに不妊手術を施すか否か迷うなずな」

一度はみらいの避妊手術を決意したなずなでしたが、合コンで知り合ったみっちゃん(男子)の飼い犬ぽぽちゃん(チワワ)が、子どもを産むと知り、さらに、実際に出産を見守り、みらいにも子どもを産んで欲しい!と願うようになりました。

そんななずなが、再度、避妊手術を決意するまでのお話。

なずながその決意に至った動機は、彼女の心情を全てセリフやモノローグで説明していないので、わたしの推測になりますが、
「里親探しをしている仔たちの為のキャパを奪わない為」
かと、思いました。

詳しく書くと、
「自分の望みだけでみらいに子どもを産ませても、赤ちゃんたち全てを飼育することはでいない。里親さんを探すことになる。里親になれる人の数は限られている。自分の仔犬たちがもらわれることで、里親を探す別の犬猫たちが良縁を逃がす事になってしまう(ひいては殺処分の可能性もある)」
「ならば、絶対に、どうしても産ませる理由のない自分が、ただみらいの赤ちゃんを見たいとだけ望む自分が、みらいに子どもを産ませる必要はない」

わたしには、そう解釈しました。

わたし自身は飼い犬、飼い猫については「避妊あるいは去勢手術」一択で、全然迷いがないので、なずなの苦悩はあんまりピンとこなかったです。
なずなとわたしには、「妊娠」「出産」「生命」ってものに対する受け止め方、捉え方、考え方も大分違うみたいだし。。。

リアルではとても聞けない疑問を書きます。
先に書いた通り、なずなはぽぽちゃんの出産と赤ちゃんを見て、みらいの子どもをみたくなりました。
もし生まれたら大事にするし、里親さんを探すと言ってました。

「そっか、偉いね。無茶な複数飼いを背負い込まずに、里親さんを探すつもりだったんだね。
命ってスゴイ、そして、赤ちゃんを産む母犬も素晴らしい。
でもさ、みらいから赤ちゃんを産む喜びを奪うのは可哀そうだと思うのに、産まれた子どもを里親に渡すのはいいの?母と子を引き裂くのはいいの?」

ごめん、なんかすごく嫌味なこと言っちゃってごめん。

他に、本話の感想を。

(1) 作中での「犬猫の殺処分数約16万頭」は平成24年(2012年)の記録です(参考は環境省資料)。

なずなは衝撃を受けてましたが、昭和49年(1973年)は、約122万頭だったので、およそ40年かけて、九分の一の殺処分数にまで減少しています。

もちろん、時の流れに任せていたら自然にそうなったのではなく、行政と民間の不断の努力があってこそです。

(2) 百谷(ももたに)さん(女性)との会話で気になった点があります。
百谷さんが雄猫2匹を飼っていて、去勢済みと知ったなずなは、雄同士なら子どもは生まれないのになぜ?と問います。
百谷さんの返答から推測できる、彼女が飼い猫を去勢した理由を簡潔に書くと、
1)生殖器に関わる病気の予防。
2) マーキング予防(未去勢の雄は臭いつけを行う)。
3) 雄同士の喧嘩防止。

足りない、肝心なことが足りてないよ、百谷さん、と、わたしは思います。

不妊手術を施す最大の理由は、「子どもが出来ないようにする為」では?(と、わたしは思う。)
雄は妊娠しません。なずなが言ったように、雄同士ならば仔猫が生まれることはありません。
だけど、万が一脱走した場合(※)、未去勢であれば、そして、生殖能力のある外の雌猫と交尾すれば、猫は交尾排卵なので、ほぼ100%、仔が出来ます。

(※)百谷さんはおそらく完全室内飼いをしていることと推測し、「万が一脱走した場合」と書きました。
百谷さんが、飼い猫の外出を容認しているのであれば、必ず、わたしが書いた点、「外の雌猫を妊娠させない為」を去勢の理由に挙げると思ったので。




外で交尾して、外の雌猫に子どもが出来ても、百谷さんには直接関係ないです。父猫であるなんてばれることはほぼありませんから、野良あるいは飼い猫の雌(および飼い主)が認知や養育費を求めてくるわけでなし。
だけど、関係ないで済ませていたら、不幸な野良猫が増えるばかりです。

多分、二人が会話した後日、「飼い主によって飼育放棄された仔猫たち」「殺処分16万頭」の事実から、なずなが避妊手術を決意する展開する為に、会話時点で「脱走による交尾→繁殖」についての言及は避けたのかと思いますが。

なお、「路地裏しっぽ診療所」の出張版、「おしえて!しっぽ情報局」では、ちゃんと雄猫の去勢手術の徹底についても言及されています。

外部リンク:「おしえて!しっぽ情報局 vol.3」

おまけばなし。
ほんとうは恐いエピソードもある、「動物のお医者さん」(佐々木倫子著)(連載期間1987-1993年)。
菱沼さんの飼い猫フクちゃんは、未去勢のまま、「半ノラのフクちゃん」と二つ名がつくほどに外出していた。

私「フク、貴様は何匹の雌猫と交尾した?」
フク「おまえは今まで食ったパンの枚数を覚えているのか?」

初登場の28話で、「半ノラのフクちゃん」の異名とともに、その回で去勢手術で入院との情報が出てきますが、獣医学部の学生が未去勢のオス猫を外出させていた設定が通る時代だったんですねえ。
(菱沼さん擁護の為に、「フクちゃんは去勢手術ができない月齢だった」との仮説を考えましたが、そうなると、8ヶ月未満の仔猫を外出させていたということになり、どっちみち、菱沼さんの飼い主としての資質が問われますな。)

(3) ぽぽちゃんの飼い主、みっちゃん一家はいい人ぞろいです。
犬のお産は安産と信じ込んでいて、ろくに健診を受けさせなかった挙句が難産で、あわてて七宝動物診療所にかけこんできました(人間でいうところの、野良妊婦による飛び込み出産)。
こんな状況ですから、二村医師が怒るのは無理もないのですが、

「これだから素人のブリーディングは」(はーっとため息付き)
「ったく、自分の飼う犬のこと勉強くらいしろよな」(ブツブツとした嫌味な呟き付き)



・・・と、まあ、感じ悪いことこのうえない対応。

にも関わらず、みっちゃん一家は、「二村医師の尽力によって、ぽぽちゃんは無事お産を済ませた」事だけに目を向けて感謝してるんです。
今「目を向けて感謝している」と書いたけど、きっと、嫌味を言われた事は意識してない。
「嫌味を言われたけど、ぽぽちゃんを助けてくれたから感謝しましょう」ではなく、ただ「難産でお腹の仔もろとも死ぬかもしれなかったぽぽちゃんを助けてくれた」事しか意識していない。

すごく心根の美しい人たちです。

恋愛パートは、二村医師とみっちゃんの二人ヒーロー制なんだろうけど、わたしは、みっちゃんを推すぞ(笑)。

第7話と第8話 「ペット不可住宅での飼育、飼い主死亡後の行方」
この7話と8話、すごくいろんな問題提起がなされていると思います。
「高齢者が仔猫を飼うこと」
「高齢者死亡後に残されたペット」
「行き倒れの猫をみたらどうするか」
「家族全員の賛同のないまま飼うこと」
「ペット不可物件で内緒で飼うこと」
「嫁姑問題(他人同士が家族となること)」

自分の中で「感動を訴える場面を正しいと思っちゃいけない」との警報が鳴りました。
感想の結論を先に書いてしまうと、

ペットの終生飼育を全うするには、飼い主と他者との関わりが必須である。
言い方を変えれば、他者と関われない人間は、ペットを飼うべきじゃない(※)

(※)ペットの終生飼育を前提としての発言です。
自分が死んだ後、ペットがどうなろうとしるかよ、とか、わたしが死んだ後、身内が何とかしてくれるでしょ、あるいは、動物だもん、仮に放り出されても何とかなるでしょ、とお考えの方には通じないでしょうが。。。



どうしてああいう結論になったのか説明する為に、あらすじを簡単に書くと、

なずなと同じアパート(ペット不可)に住む原田のおばあさんは内緒で猫(雌・おひげちゃん)を飼っていた。
偶然その事情を知ってしまったなずなは、原田さんが骨折で入院した時、猫の世話を申し出る。おひげちゃんの様子の報告をかねて見舞ううちに、原田さんにとって、行き倒れの仔猫だったころから8年育ててきたおひげちゃんが娘のような存在であると知る。
ところが、ある日、息子さん一家が原田さんのアパートを訪れ、猫を連れていってしまった。息子さん一家と面識のないなずなは、元気のなくなった原田さんを心配しつつも、様子がわからずもやもやを抱えて過ごす。
そんな時、院長が、飼い主持ち込みの保健所猫を連れて帰ってきた。その猫はおひげちゃんであった。

で、猫なんて世話できない、飼えない、なんで猫なんかにそんなに入れ込むのか、そもそもペット不可でなんで飼ってたんだと、飼育放棄を主張する息子さん一家、というより、奥さん(原田さんの息子さんの妻)を説得して、いろいろあって、おひげちゃんを飼いましょう、お姑さん(原田さんのこと)とも同居しましょうとなるエンドです。

「いろいろあって」の一言で端折りましたが、元々、気優しい穏やかな気性の原田さんは、気丈でしっかり者の嫁と相性があわず、逃げ出すように(推測)別居していたという事情があり、それだけに、おひげちゃんを可愛がっていました。

おひげちゃんと一緒に同居しましょうとのハッピーエンドですが、その後エピローグのように、なずなにだけ打ち明けた原田さんの本心が語られます。

これで、あの仔を一緒に連れていかなくてすみますね。
私が、もし、先に逝かなくちゃならなくなったその時、最後の力をふりしぼってでも、あの仔、おひげを連れて、一緒に海にでも潜ろうかしら
・・・・・・て、そう思ってたんですよ。
ひとりぼっちで残してく位なら・・・、拾った時にね、外の暮らしでボロボロになってたから、それよりは一緒に・・・・・・
(第8話)(句読点を適宜補ってます。)



なすなは優しい子なんですよねえ・・・。
この述懐に悲しみ、原田さんにいたわりの言葉をかけてたんだけど、わたしゃ腹が立ちました。

無理心中(※)かよ!!
寂しい暮らしに慰めをもたらしてくれたおひげちゃんを、無理やり死なせるつもりだったのかよ!殺すつもりだったのかよ!!

(※)「心中」ではなく「無理心中」と書いた理由は、猫には「死にたくない」の意志表示は出来ないから。そして、一般的に、「猫は自殺しない」。言い方を変えると、人間のような「苦難を乗り越えても生きる」という高度な意志の働きはないけれど、「猫はどんな状態になっても、生きようとする」から。

「猫はどんな状態になっても、生きようとする」例。
リンクは貼りませんが(元エントリを知りたい方から問い合わせがあれば、お伝えします)、とある団体さんが保護した猫さんは、片方の目は潰れ、体中に傷を負い、腸内には腫瘍を抱え、体はガリガリ、まさに満身創痍でありましたが、それでも、ご飯を食べることを諦めなかった、即ち、生きようとしていたんです。

だから、自分が逝くときに一緒に海に潜ろうって、無理心中、すなわち、猫殺しにほからないと思います。



おひげちゃんをひとりぼっちで残していったら、遺族から保健所に持ち込まれて殺処分(飼い主持ち込みは処分が早い)(成猫は里親がみつかりにくので、保護団体の引き出しからもれやすい)か、外に放り出されて、登場当初のみらいのように、ボロボロで放浪の挙句に野垂れ死(飼い猫であった子が野良として生きるのは困難)になる可能性大ですよ。

だけど、だったら、「自分が死んだ後にこの子を託せる新たな飼い主を探そう」でしょうが。

ここで再び感想の結論。
ペットの終生飼育を全うするには、飼い主と他者との関わりが必須である。

他者って赤の他人だけを指すんじゃないです。
家族だって、立派な「他者」です。

原田さんの場合だと、よりよい手順は、息子夫婦に相談して、一戸建てである彼らの家で飼ってもらえてたら(そもそも保護した時点で・・・)。
・・・それが出来ないから、アパートで一人暮らしだったんですけどね。
次善の策としては、わたしなら、保護ボランティアに相談するって手段を取ります。
・・・原田さんの年齢だと、野良猫のことで他人様を煩わせてはいけない意識があったり、そもそも、犬猫保護ボランティア活動すら知らないかもしれんのですが。

人間の子どもならば、月日とともに成長し、大人になり、親から離れていきます。また、そうならなければなりません。
でも、犬猫は、成長しても、飼い主から独立できません。言ってみれば、永遠の被保護者です。被扶養家族です。
そして、飼い主が人間である以上、貧病老死の可能性は常につきまといます。
そうなった時、人間ならば、不十分とはいえ、一応セーフティネットがありますし、「人間を死なせてはなりません」との常識もありますが、犬猫には殺処分が厳然と存在します。

人間は嫌いです。人間と関わりたくありません。
でも寂しいから犬猫を飼ってます。
犬猫は裏切りませんから、犬猫に慰めてもらってます。
・・・でも人間は嫌いで人間と関わりたくないから、自分が死んだ後の飼い主を探す為に、人間と関わるなんてしたくありません。
あるいは、人間と関わるのに疲れたから、飼い主探しなんてできません。だから自分が死ぬときはこのこを連れていきます。
そんなんじゃだめなんですってば。

結句、犬猫たちが天寿を全うするまで飼育する為には、家族であれ、赤の他人であれ、相談し、託すことの出来る他者との関わりが必須なのです。

そういえば、原田さん編(7話と8話)の結びって、

最後まで一緒にいたいって、それだけなんです



わたしも願うよ。そう願いますよ。
でも、「最後まで一緒にいたい」から、「飼い主である自分が死ぬとき道連れにする」であるのは肯定できません。

ということで、しつこく書いとく。

ペットの終生飼育を全うするには、飼い主と他者との関わりが必須である。

第9話と第10話 「水頭症のチワワ」
第11話と第12話 「白血病の猫」
ごめん、しんどくなってきたので、3巻収録の第9話から12話については簡単に。

作者さんのフリートークから一部引用します。

3巻のテーマは「QOL」(Quality of Life)です。
病気やその他の事情で寿命よりも短い生涯を終えなくてはいけないペットの事を、ほんの入り口ですが取り上げています。
どう生きるか・・・。
(後略)



偶然なのか、独り言にも似た、「どう生きるか・・・」との作者さんの述懐は、同じ3巻で言及してらっしゃる、ある方の人生にも重なり、読者に向けて「どう生きるのか」と問いかけているようにも感じ取りました。



感想その他。

◆5話冒頭のおばあさん、再登場はあるんだろうか?

◆なずなの居住地域のペット可物件の一例は、「1DK 80,000円」也(5話)。
交通の便も考慮しなければなりませんが、うちの方はもう少し安いです。やっぱ東京(推測)、そして多分、大学近くで利便性があると高いのね。

◆なずなは何学部?
大学が終わってから七宝動物診療所で22時までバイトのスケジュールからして、理系ではなかろうと見当をつけていたところ、文学部在籍でした(第9話)。

しかし、文学部と判明したら、新たな心配が。
就職はどうするんだーい。
文系女子って、かなり不利なのにのんきだなあ。

3年生になるのに、就職活動する様子が全然ないよ(「んー、まだ全然考えてないや」)(第9話)。
同じ9話で、15年後(みらいの寿命)の自分たちを想像できず、お金が貯まってなかったらどうしようと悩んでましたが、今の調子ならそうなる可能性大です。不況を甘くみるなよ。
おねーさんは、心配です(大きなお世話)。

◆なずなを見てて、いいなと思った二点。
わたしはなすなのことを何度か「無知」と評してますが、好感の持てる善良ないいこだと思ってます。

2話、ペット不可物件で飼っちゃえ!の件も、小狡いこなら、「ともだちが大丈夫って言ってたから~」とは言わず、適当にごまかします。
それだけ、なずなが「ペット不可物件で飼うことの害」を知らない、即ち、無知である証しなんですが。

ただ、なずなは無知なだけのこじゃありません。
素直なこなんです。
ともだちに、「ペット不可でも内緒で飼っても大丈夫よ」と言われれば、その気になってしまうのと同様に、ペット不可物件で飼うことが、動物に害をもたらすことを知れば、自分の愚かさをちゃんと恥じ入る。
それっくらい、素直なこです。

そして、いつもニコニコじゃなくて、怒る時には怒ってるし。
「怒る」って重要です。「怒りとは、女にとって、もっとも禁じられた感情だった」(出典不明)(ぐぐったらキャロライン・ハイルブラン著「女の書く自伝」がヒットしたけど、読んだ覚えがないので、不明にしとく)。

では、いいなと思った点ひとつめ。
友だち思い。
なずなは、友だちの為に怒ってました。

第2話感想で書いた通り、二村医師は、友だちから、「みんなやってる」「案外平気」と聞いて、「ペット不可物件で内緒で飼う」事を申し出てきたなずなを大声で叱りつけました。
怒りはなずなだけでなく、無責任な助言をした友だちにも向かいました。

「おまえ馬鹿だと思ってたけど、ホンットに馬鹿だな!!
その友だちはさらに最悪だ。
(中略)
おまえと友だちで馬鹿と馬鹿でバカバカだ。ばか!!!」



この時なずなは自分の為だけでなく、友だちを悪く言われたことに怒りました。

まあ、二村医師の言い分に理がありますけどね。

いいなと思った点ふたつめ。
「おまえ」呼びに怒った。

現代ものを読む時に耳障りというか、目障りであるのが、男から女への二人称「おまえ」呼び。
「おまえ」とは元々「御前」であり、敬意を表する二人称だったと言われても、現代では目下を指す、場合によっては見下した意すら含む二人称です。
親密さの表れである場合もありますが、じゃあ、女から男へ「おまえ」呼びが通常ですか?どんなに親しくても、女が男を「おまえ」呼びすると、女の側が批難されます。

とはいえ、男から女への「おまえ」呼びが幅を利かせている現在、一々怒っていてはまんがも小説も読めないので、ヒーローがヒロインと同い年かそれ以上であれば、腹の虫をこらえて流すように努力しています。
しかし、同い年とか、時には年下男から、「おまえ」呼びされている女たちを見てると、気が滅入ります。

本作の場合は、二村医師はなずなより年長だからと腹の虫をこらえて読んでました。

だから、なずな本人が「おまえ」呼びを不愉快に思っていたとわかって気持ちよかったです。

「前から思ってたんですけど、あたしの事、「おまえ」とか「馬鹿」とか言うのやめてもらえますかっ。あたしにもちゃんと名前があるんです!!」
(第4話)



残念ながら、その後も、二村医師による「おまえ」呼びは続きますが、なずなが「おまえ」呼びに怒ったという事実にわたしは慰撫されました。

◆七宝動物診療所の名前あるキャラは数字付き。
院長さんは七宝(男)。
二村医師(男)。
五藤医師(男)。
研修医の百谷さん(女)。
他、お名前不明の、女性の助手さんたち(動物看護師さん?)。

五藤医師って、「コウノドリ」(鈴ノ木ユウ著)の、四宮医師みたいな過去があるのかしらん。

◆七宝動物診療所って日曜日(午前中のみ)もやってるんだ(担当二丸医師)。
休診は、木と日の午後。

◆男が女を指導するパターン、あるいは、男が主人で女が教えを乞うパターン。
たまたまなんだと思うけど、「路地裏しっぽ診療所」を知って、目に触れた獣医まんががどれもそのパターンで。
目に触れた程度です。きちんと読んでないので、思い違いがあればお許し願います。

「獣医ドリトル」(夏緑原作・ちくやまきよし作画)。
外出先に置いてあった「ビッグコミック」で1話分読みました。
男獣医に、ヒロイン枠とおぼしき女動物看護師さんの組み合わせでした。

「動物ER ワンコはワンコ」(星野めみ著)。
書店のまんがコーナーで平積みされており、目に入りました。
紹介文を読んだら、私見では、珍しく女性獣医が主人公のようでしたが、彼女を上回る伝説の獣医は男。

「MF動物病院日誌」(たらさわみち著)。
これまた外出先でほんの2話分ほど読みました。
これまた、獣医師は男、女は嫁で看護師ですがな。
なお、たらさわみちさんは獣医まんがを多くてがけてらっしゃるもよう。

そして、本作「路地裏しっぽ診療所」も、男(獣医)に女が指導されるってパターンで。

いや、まあ、商業まんがである以上、読者に受け入れられ易い、そして読者人気が取れるパターンを選ぶのは当たり前で、だから、こういうパターンになるってことは、読者が望んでるってことなんだろうなあ。

自分のもやもやの原因を、言語化しにくいので、もやもやするってことだけ書いときます。

「動物のお医者さん」(佐々木倫子著)は、今の目で読むと、動物飼育についてところどころはらはらする箇所があるのですが、「男が主人、女は従者」のパターンがなくて気持ち良かったな。。。ああでも、菱沼さんが秘書代わりにお茶出ししてる場面はあったっけ。

そう言えば、斉藤倫さんによる、地域猫をテーマにしたWeb連載「ノーにゃんこ ノーライフ」は、愛猫に先立たれて、引きこもり状態の男を、女が導く形になりそうな気配・・・?

外部リンク:「ノーにゃんこ ノーライフ~僕らの地域ねこ計画~」

◆もやもやついでに書くと、なずなが、「二丸先生って、男がイイんですか?」と尋ねたことにも、もやもやしてるぞ、わたしは。

百谷さんたちから「二丸先生って女のコより・・・」と聞いた、なずなが、「女のコよりって?その先は?」と疑問を抱いて、口に出した言葉が「男がイイんですか?」。

日本の現状では、まだまだ同性愛への偏見が強いのに、同性愛者か否かを聞くこと自体が失礼では?
二村医師が、真実同性愛者であっても、「ああ、そうだ」なんて答えられるもんか。

どうも、否定されること前提で聞いている気配があるんだけど、それならそれで、否定前提ってのが失礼だし。

ここでのやりとり自体が、「同性愛いじり」「同性愛をネタにして笑う」行為の延長線上にあるように思えて。
そりゃ、長い間「同性愛」は笑いのネタとして扱われてきたけど、ずっとそれでいいの?今もそれでいいの?

なんかもやもやする。

他に、みらい(雌犬)が、雌猫(名前はおひげ)に好意を表す様子を見ていた子どもたちが、

「みらいちゃんはおひげちゃんが好きなんだー」
「えー、片思いだよ」
「だって女の子同士でしょ」



この子たちに悪意がないのはわかるけど、「女の子同士だから(恋は実らない、或いは、恋はあり得ない)」って考え方を、こんなに幼くして身に着けてしまってるんだなあと。
君たちの同じクラスの女の子が、同性愛者かもしれないのだよ。そして、「異性愛のみが常識、異性愛のみが正常」と決めつける世の中で、人知れず悩んでいるのかもしれないのだよ。(話題の流れ上、「女の子」と書いたけど、「男の子」も同様です。)

◆女性獣医はいないのか?
います。
いるんだけど、まんがでの女性獣医の登場って少なくないかい?
このジャンルのまんがを、あんまり読まないので断言はしませんが。

「路地裏しっぽ」に登場する百谷さんは研修医ってことなので、獣医さんです。
他には、「しらたまくん」(稲葉そーへー著)で、しらたまくんのかかりつけの獣医師さん(男性)の娘さんも獣医って設定だったな。でも、父親の補助みたいだけど(もしや研修中?)。
それに、先に紹介した「動物ER ワンコはワンコ」(星野めみ著)も、女性獣医が主人公ですね、一応。

目の前にパソコンがあるので「獣医 まんが」でぐぐりましたら、ありました。獣医まんがを紹介するページがいくつか。
そこを拝見するに、「Dr.さくらの動物カルテ」(高村加南著)とか「ハートのしっぽ」(あやせ理子著)が、女性獣医師まんがみたいです。

「ハートのしっぽ」既刊56冊は、最新巻を除いて、Kindle読み放題になってました。読ませてもらいまいしたよー。よくぞ、こんだけネタが尽きないものだわ、脱帽。

しかるにリウィアは初代皇帝アウグストゥスにふさわしい、偉大なる貴婦人であった。

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