2016年12月23日 (金) | Edit |
効果のほどはわかりませんが、検索避けで「ななみん」と表記しています。悪しからず。

◆ななみんはクレオパトラが嫌い(その1)



「女に冷たいとの批判に答えて」との一章が含まれていて、自分が女を書かない理由を述べておられます(女は歴史の脇役。脇役にスポットを当てればゴシップに落ちるから)。
(余談。いろいろ言い訳というか、理屈を述べてらっしゃるけれど、「名誉男性」かつ「オタサーの姫」気質の人なんで、「優れた女は自分だけ=他の女はバカばかり」と見下してるんだろうなと思う。)

実質、「ローマ人の物語 ルビコン以後」におけるクレオパトラの人物像について寄せられた批難への反論で、わざわざ一章の半分以上を費やしたところを見ると、読者からのクレームが手痛いものだったのでしょうか。
「カエサルに愛されたクレオパトラに嫉妬してんだろ、見苦しい」てな具合に。

嫉妬じゃないわよ、理性的に判断してクレオパトラは浅はかバカよ、と反論しておられるのですが、舐めまわさんばかりにカエサルを囲い込んでいる人の言ですから、「理屈こねても、結句、嫉妬ゆえじゃない?」と、色眼鏡で読んでしまいました。

◎「ローマ人の物語」における、ななみんのクレオパトラへの底意地悪いポイント(その1)

「カエサルの最愛の女はセルウィーリアである(世に喧伝されているクレオパトラじゃねえんだよっ)」、と読み取れる、セルウィーリア・プッシュ。

ユニウス・ブルトゥスと死別後、ユニウス・シルアヌスと再婚しているセルウィーリアのことを、「再婚話をけってカエサルの生涯の愛人であることを選んだ女」と堂々と記述なさったくらいです。

ユニウス・シルアヌスとの間に儲けた娘の一人は、カエサル暗殺の主犯であるカッシウスと結婚してるんだけど、そこんとこはどう記述する気かなと興味津々読んだら、しれっと「ブルトゥス(初婚で儲けた息子。カエサル暗殺の主犯)の義弟にあたる」とのみ触れてました。
詳細を書けば矛盾になるから、ごまかしたな。

・・・ついでに述べると、ななみんは、こういう「創作」をなさるので、「ローマ人の物語」をはじめとする、ななみん本は「小説」とみなすのが一番適切だと思います。
参考資料の量と質は素晴らしいけれど、言ってみれば、大ペテンは下地がしっかりしていればいるほど本当に見えるものですから。

◎「ローマ人の物語」における、ななみんのクレオパトラへの底意地悪いポイント(その2)

わたしが、ななみんが抱くクレオパトラへの意地の悪さを感じた一番のポイント、
「クレオパトラの生前に、カエサリオンは殺された」。

王宮に連れてこられて、クレオパトラははじめてオクタウィアヌスが、彼女の子たちにどのような運命を与えたか知った。
十七歳になっていたカエサリオンは、オクタウィアヌスの命令で殺された。
(「ルビコン以後」より引用)



プルターク「英雄伝」では、カエサリオンはクレオパトラの死後に殺されたことになってます(アントニウス-82)。

「英雄伝」の記述が絶対正しいとは言えないし、わたしの知らない史料ではクレオパトラの生前の処刑と記載されているかもしれないのですが、ともあれ、生前か死後かの選択肢のうち、ななみんは「カエサリオンはクレオパトラの生前に殺された」方をお選びになった。

えげつないね、ななみん。

母としては息子を殺され、一国の王としては後継者の血統を絶たれた絶望の立場にクレオパトラを追いやりたかったの?

ななみん自身は、息子に夢中な母バカっぷりが著作の随所からうかがえるので、「母クレオパトラは息子カエサリオンが殺されたことを知った」展開にしたことは、たんに「歴史小説家」としての判断ではなく、「カエサルを寝取った女」への嫉妬の発露ではないかと感じました。

「女にとって一番大事なのは息子である。どんなに夫婦仲がいい場合でもそれは揺るがない。わたしも女であるからそれを断言する。」
(「わが友マキャベリ」中「マキャベリの妻」の章より記憶引用)



ここまで言い切る女(ひと)ですからね~。

だからこそ、「『「その大切きわまりない息子」が殺された事をクレオパトラは知った』」という展開にした事に、クレオパトラを徹底的にうちのめしてやろうと言わんばかりの、ただならぬ嫉妬を感じるのです。

「ローマ人の物語」以前の「男の肖像」や「男たちへ」の頃は、クレオパトラを高く買っていらしたようなのですが、いったい何があってこうも陰険に叩くようになられたんでしょ?

◆ななみんはクレオパトラが嫌い(その2)

「ルビコン以後」(1996年)ではクレオパトラを徹底的にこきおろしているななみんですが、それ以前の「男の肖像」及び「男たちへ」ではクレオパトラを高くかっています。

該当作品タイトルを出版年順にならべます。

◆「ユリウス・カエサル」(「男の肖像」収録)1986年

「男の肖像」収録の他の人物は、ななみんの視点で書かれていますが、「カエサル」のみ、カエサルの手によるクレオパトラへの恋文の体裁をとっています。
政略軍略を語るかと思えばクレオパトラへの愛を綴る実にユーモアと技巧にあふれたもの。

ななみんは、「カエサルがラブレターを書く相手はクレオパトラしか思いつかなかった」と述べておられます。

◆「マザコン礼賛」(「男たちへ」収録)1989年(初出はおそらく「花椿」1985年4月号)

なにかと風当たりの強い「マザコン」を採りあげ、マザコンにも質の高いマザコンがある。
すなわち、息子もなかなかの出来なのだが、母がそれを上回る為、母の意見を拝聴しなければならなくなるタイプのマザコンであると提言。
例としてアレクサンドロスとカエサルを挙げておられます。二人の共通点は、賢母の元で十二分にその才能を開花させたことと、可愛いだけが取り柄の女に惚れなかった事。

「これは女性を尊敬するのが当たりまえの環境に育った男性の特徴ではないだろうか。なかなかの出来の母親を見ているから、なかなかの出来の異性を見ても反感を持たないのであろう」(記憶引用)

カエサルが愛した「可愛いだけが取り柄でない女」の例としてクレオパトラを挙げ、「男に互して立派にやっていける女」と高く評価されています。

なしてああなった、「ルビコン以後」でのクレオパトラへの酷評・・・。

「ユリウス・カエサル」と「マザコン礼賛」は1985年ごろの執筆です。
10年もたてば考え方が変わることもあるでしょう。
わたしだって時の流れとともに、好きなものへの関心が薄れたり、嫌っていたものを好きになったりしています。その反面、好き嫌いが変わっていない物事もありますが。

ひとつの仮説が、わたしの頭にあります。

クレオパトラへの酷評は単なるクレオパトラへの嫉妬ではなく、「カエサルの息子を産んだ女」への嫉妬ではないかと。

ななみんはカエサルの息子を産むことはどうしたって不可能だから、カエサルの息子を産んだ女が許せなかった。

ななみんのクレオパトラへの仕打ちのむごさは尋常じゃないと思います。
プルタークの記述を無視して、「カエサリオンはクレオパトラの生前に殺された」ことにしているくらいです。

プルタークの記述通りであれば、息子を亡命させたクレオパトラは、一抹の不安はあっても、希望を残して死んでいけたでしょう。
でも、ななみんの記述では、母として愛する息子を殺され、女王としてプトレマイオス王朝の断絶を突き付けられた絶望の中で死んだことになります。

クレオパトラを徹底的に痛めつけてやらずにはおくものかという嫉妬の炎を感じずにはいられません。息子に夢中な母バカっぷりが、著作の随所からこぼれでるななみんだけになおさら(愛する息子を殺される母の悲哀は身に染みて想像できるでしょうに・・・)。

「ルビコン以後」では、母アウレリアと愛人セルウィーリアがプッシュされています。
母親プッシュであるのは、息子に夢中な傾向のあるななみんとして当然としても、セルウィーリアにいたっては、これまた、再婚して娘三人を儲けた事実を捻じ曲げてまで、カエサルへの愛ゆえに再婚話をけって独身のままであると捏造して後押ししています。

二人に共通するのはカエサルの子供を産んでいないこと。
母アウレリアは、当然、息子カエサルの子供を産むことなど許されません。
また、セルウィーリアもカエサルの子を産んでいません(ブルートゥスの父はカエサルだとの噂についてはななみんは否定的なご様子です)。

カエサルの息子を産めなかったななみんだからこそ、同じ立場の女であるセルウィーリアを強烈にプッシュしたのではないでしょうか。

彼女について語るななみんの文章からは、カエサルの息子はおろか一人の子も産んではいないけれど、セルウィーリアはカエサルに操を立て、何の見返りも求めずに、あるがままのカエサルを愛したのよ!息子を産んだクレオパトラよりもセルウィーリアの愛の方が上等よ!!との高らかな叫びが聞こえてくるようです。

さらに、「カエサルの息子を産むのは不可能」について、単に時空的に無理というだけでなく、女の年齢的なものとしても不可能になったから、あの酷評につながったのではないかなと。

女性には、妊娠も出産も不可能となる時がきます。
(ついでに書くと、男にだって子を儲けることが不可能となる時はきます。女よりも猶予期間は長いけど。男だって「老化」し、「劣化」するんですよ~。)

「男の肖像」、「マザコン礼賛」と「ルビコン以後」の間に、ななみんもその時期を迎えている可能性があります(生年から推測すると、前二者執筆時期はギリ可能性は残ってる頃かと)。

クレオパトラ評価の変化は、その時期を迎えたゆえの、「カエサルの息子を産んだ女」への嫉妬ではないのかなぁ・・・。

念のため。
子どもを産めなくなったら女は僻みっぽくなるとか、子どもを産める他の女を敵視すると言いたいんじゃありませんので。
ななみんの心情を考慮したななみん限定の仮説です。

しかるにリウィアは初代皇帝アウグストゥスにふさわしい、偉大なる貴婦人であった。

↓「日本ブログ村」に参加しています。記事がお気に召したらクリックを!励みになります。
にほんブログ村 歴史ブログへ にほんブログ村 漫画ブログへ
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック