ここはローマ帝国初代皇帝アウグストゥスの妻リウィアのファン・ブログですが、だいたい、まんが感想で成り立っています。
2017年01月26日 (木) | 編集 |
少々扇情的なタイトルですが、元々は、とある小説の一場面だけを話題にするつもりでした。
けれど、その小説の題名を思い出せないので、思い出せないことを正直に書いて、場面だけをネタにしようと方針を決めたら、次々といろいろ話題が浮かび、浮かぶままに書いていったらこんなエントリが出来上がりました。

なお、不穏当な「種無し」との表現を用いている理由は終盤に記載しています。

◆中国の小説に登場した、とある種無し疑惑夫。

タイトルを覚えていません。作者名も覚えてません。あらすじも覚えてません。
覚えているのはとある場面と結末のみ。

昔々の中国に、子なし夫婦がおりました。
妻は社稷が絶えることを憂いて夫に妾に勧めましたが、夫は今は科挙に合格することが優先だからと妻の助言を斥けていました。
しかし、実は、自分が種無しではないかと疑っていて、だから妾の件を取り合わなかったのです。

このくだりを読んだ当時の自分の感想も覚えていませんが、わたしのことなので、きっと次のように思ったことでしょう。

七去のひとつに不妊をかかげ、妻を離縁する口実としながら、おまえの種無しは放置かよ!目をつぶるのかよ!黙っとくのかよ!卑怯者があああああ!!!
おまえが種無し(疑惑)なら、奥さんを離縁してやれよ!
「子なきは去れ」なんだろ!?だったら、「種無し」も去れよ!!
おまえのような種無しに連れ添わせないで、とっとと離縁してやれよ。
卑怯者がああああ!!!!

本作は、夫は種無しではなくて、中国ものにふさわしく、妻にも妾にも子どもができて、子孫繁栄万々歳な結末であったと記憶しています。しかし、ハッピーエンドであろうとも

(1) 男も、「不妊の原因は女性だけとは限らない。男性にもあり得る」との認識を有していた。
(2) にも関わらず、また、妻を離縁する口実のひとつに「女の不妊」をかかげるくせに、男の側が原因である場合には口をぬぐって知らんふり。

以上の卑劣さは拭えますまい。

この作品、たぶん平凡社の中国古典文学大系に収録されていたと思うので、たまに図書館でページをめくって探してたのですが、見つかりませんでした。
くだんの書籍は今は書庫入りになっちゃったので、出してもらうのも手間で、ますます調べにくくなりました。

もし作品に心当たりがある方がいらっしゃったらご一報を。

いわずもがなですが、このての卑劣さは日本男児も有してるでしょう。

◆前項では、「不妊の原因は女性だけとは限らない。男性にもあり得る」との認識を有しているにも関わらず、男の側に子どもができない原因である場合は口をぬぐって知らんふり」する男は卑劣だと申しました。

では、「不妊の原因を有するのは女だけ!」と本気で思い込んでいて、常に女を責める人間は?
無知だから可哀そうなのか?
いいえ、はた迷惑な超弩級のバカです。卑劣でないからといって、その愚劣さ、醜悪さ、まきちらす害悪が免罪されるものではありません。

◆本エントリの題名の元ネタは「嫁して三年子なきは去れ」です。

ところで、古代ギリシアでは猶予は5年らしいです。

the rhetorical schools often took as a theme a custom that approved divorce if a couple failed to produce a child within five years.
(PhD E.D.Huntsman“The Family and Property of Livia Drusilla”p89 注釈欄)



知った当初は、3年ではなく5年も待ってくれるなんて、古代ギリシア進んでる~と思いましたが、ふと、「不妊の原因が男の側にあって、女の側は健康体の夫婦であれば?」との考えが浮かびました。

女がめちゃ損だ!

3年であるにしろ、5年であるにしろ、「子なきは去れ」の根底には、「不妊の原因は女の側にある」との決めつけがあります。

しかし、男の側が不妊の原因を有している場合もあるのです。
そして、男の側に不妊の原因があれば、猶予期間が長いほど女が損害を被ります。

だって、男女ともに年取れば繁殖能力が衰えるとはいえ、女の方が繁殖最適期は短いのですから。
それに、年を喰ったら、妊娠と出産による身体への負担も大きくなります。
種無しに3年も5年も付き合わされるなんてたまったもんじゃありません。

だから、「婚して1年、種無しは去れ」(※)。
これで文句はないよね。
だって、多くの子なし妻が、「嫁して3年子なきは去れ」を錦の御旗にされて、不妊の原因を一方的に押し付けれられてきたんですからね。

種無し男が同じめにあっても文句はござませんよね。

(※)1年て早いかなと思ったのですが、語呂のよさと、なんせ女の卵子は老化するそうですから(←皮肉ですぜ)、「種無し」に1年以上つきあわせるなんて無駄無駄無駄ァァァァってことで1年としました。
そして、便宜上「種無し」と表記しましたが、種無し以外の男性不妊全て含みます。
白人女権社会となった「家畜人ヤプー」(沼正三著)では、「石男(うまずお)」なんて造語があったなあ。

◆タイトルから「種無しは去れ!」と思いっきり飛ばしてますが、わたしは、男女いずれであれ、「不妊であること=人間性の欠損」とは思ってません。
だから、「種無しは去れ」とは思いません。「子無しは去れ」と思わないのと同様に。

また、「子どもができない夫婦は欠損品」および「子どもを作らない夫婦はおかしい」(※)とも思ってませんし、「結婚すること=子どもを作るのが当たり前」とも思ってません。

むしろ、子どもの頃からの憧れた夫婦像は、「子どものいない仲のいい夫婦」です。
だから、リウィア&アウグストゥス夫妻が好きなんです(あの二人自身は、子どもを欲していたと思いますが)。

ただし、現状では、
「結婚=子どもを持つのが当たり前」
「夫婦になる=子どもを作るのが当たり前」
との決めつけが幅をきかせているうえ、
「子どもを作れる身体だけど、子どもを作らない」ことと、「不妊症で子どもができない」ことがいっしょくたにされていて、さらに、
「不妊の原因は女だけ」との思い込みが世間にではまだまだ根強いです。
おまけに「男性不妊」の知識があっても、「男の人のプライドを大事にしてあげましょう。女が代わりに不妊の責を負ってあげましょう」と、とことん、女に重荷を背負わせる世の中なので、

「婚して1年、種無しは去れ」

と、声を大にして訴えて、やっと「男性不妊」が認識される現状かと。

(※)「子どもができない夫婦」と「子どもを作らない夫婦」を分けた理由。
前者は「不妊症で子どもができない」を含むけれど、後者は「子どもを作れる体だけど子どもは持たない」のみを指すので、不妊症は除外だからです。
不妊で「子どもができない」のと、健常体で「子どもを作らない」は雪と火ほども違うと思うんだけど、両者をごっちゃにして語る人が多くて、うんざりします。

なんでごっちゃにする人が多いかというと、たぶん、
「この世の男女は大人になったら、子どもを欲しがるはず(特に女は絶対欲しがるはず)」との決めつけから一歩もでることができなくて、「健常体だけど、子どもを持たない生き方」を志向する女(男性も含む)がいるってのがまったく理解できなくて、「子どもを作らない=不妊症」と短絡的に決めつけるんだろうな。

しかるにリウィアは初代皇帝アウグストゥスにふさわしい、偉大なる貴婦人であった。
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